第三十七話「偽装事件 下編」
伝聞紙によると、銀行強盗団が捕まったらしい。
あの現場で死亡していたのは、強盗で得た金を持ち逃げした人物で、犯罪仲間から恨みを買っていた。
バルツァー警部の眼力は、今回も冴えわたり、まるで彼が「犯行現場を見ていたような推理」を、発揮したと言う事になっている。
世間一般としては、それで良いだろう。
だが、エミルが警察に――半ば強引にでも――協力させられている事が、表面には出て来ない情報として広まってしまっているのだ。
身の安全を考えるなら、誰にも行き先を告げずに、引っ越してしまったほうが良いのかもしれない。
新しい店にまで、バルツァー警部が出入りするようでは、引っ越した意味がないからだ。
であるが、少なくともマリーナには、行き先を告げておく必要があるだろう。
ドローテの遺産の在処への、鍵を持って居るのは、エミルなのだから。
「引っ越したい?」と、エミルの店に呼び出されたマリーナは、目を瞬いた。「何故、突然、そんな事に?」
エミルは答える。
「私が、警察に協力していると言う事が、何処からか漏れたらしいんです。それで今回、事件に巻き込まれそうになって」
マリーナは頷いた。
「それは確かに、大変ね。だけど、引っ越す先に当てはあるの?」
「資金はあるんですが、当てはこれから探さないと」
「それなら、良い家があるわ。私が口利きしてあげる。そうね……話をつけるまで、数日待って」
エミルが頼みますと言う前に、マリーナは乗り気で店を去った。
引っ越しまでの間に仕事を片付け、新しい店舗を構えるまでの間は、休暇を取る事にした。
女王陛下に向けて、「これ以後は、バルツァー警部には協力できない」と、言う旨の手紙も出した。
あの、眼力警部に付きまとわれない場所等、本当にあるのだろうか。
そんな風にぼんやり考えていると、マリーナは明るい顔で、再びエミルの店を訪れた。
紹介してもらったのは、劇場の上に在る、住み込みの使用人のための部屋だった。
店舗の方は、家とは別に構える事となった。
エミルは、部屋にいる間は、劇場で使われる衣装の繕いをする。
その技を見ながら、同居する事になった先住の掃除夫は、「見事なもんだね」と呟いた。
「バルタザールは、何時から此処に?」と、エミルは先住者に聞く。
老齢の同居人は、胸を開いて、両腕を広げた。
「もう四十年はいる。掃除をするだけで、最高峰の演劇と演奏が、見放題聞き放題だ」
その言葉に、エミルは目を細め、笑みを返した。




