第三十五話「偽装事件 上編」
赤い薔薇の花束が、店に届いた。添えられているメッセージカードを読むと、こうである。
「愛しいエミルへ。貴方の豊かな美才に対し、最高の栄誉を与えたい。その表彰を受け取るためには、下記の住所を訪れたし」
エミルは、妙な内容に目を座らせた。
電話を手に取り、バルツァー警部に、事と次第を話した。
警官数名と共に、指定された住所に行ったバルツァー警部は、其処で、首を括っている男性の亡骸を見つけた。
遺体の状態から、死後数日は経過している。
遺体を部屋の外に運ぼうとしたバルツァー警部達は、廊下の途中でうろうろしている、別の男性に声をかけた。
「貴方はどなたです? お名前は?」
「私は……ルドルフと言います。このアパルトメントに住んでいるのですが、何の騒ぎでしょう?」
その返事を聞いて、バルツァー警部は遺体を運び出そうとしていた二人の警官に、亡骸にシーツをかけろと指示を出した。
バルツァー警部は、亡骸から脱がせた灰色の上着を、エミルの店に持って来た。
「何時もの通りに頼む」と、バルツァー警部は残し、店の外に出て行った。
エミルは店を閉め切ってカーテンを引くと、作業台に乗せた上着の肩を叩いた。
空中に浮いた上着は、肘を折り曲げて、首の周りに手を持って行っている。
「お。う」と、男性の声が聞こえた。「ぐ。ぷぐ」と。
首吊りのシーンかと思ったが、腕は胸を掻きむしるように上下に動かされる。
宙に浮いていた上着は、一度床に倒れた。
「恨むなよ。ロベルト」と、男性の声がする。
上着の両腕が、背の方から持ち上げられる。誰かが着ている形のまま、何かに引っ掛けられたように、ぶらぶらと揺れ始めた。
「恐らく、毒殺されてから、首を吊って死んだように偽装されたんでしょう」
そう聞かせると、バルツァー警部は、「その場に居たのは何人だ?」と尋ねてきた。
「それを調べるのは、あなた達の領分では?」と、エミルは一度突き放したが、「少なくとも、被害者の他に、二人か三人はいたでしょう。上着の持主は大柄だった。その遺体を持ち上げたのですから」と答えた。
バルツァー警部は、次の問いを投げる。
「何故、遺体のある住所に、お前を呼びつけたんだ?」
「知りませんよ」
そう言って、エミルは上着を突き返した。
翌日の伝聞紙を読むと、「謎の毒殺事件。首吊りに偽装」と、エミルが言ったままの情報が、バルツァー警部の見解として載っていた。
一体、誰がエミルを現場に呼び寄せようとしたのだろう。




