第三十三話「切り裂かれたもの」
ずたずたなった、かつて衣服だった物が運び込まれた。
エミルはそれを見て、「これは、何ですか?」と聞く。
その布は犬の牙の痕が残り、全体的に赤黒く、原形は、さっぱり分からない。
「息子のシャツです」と、それを持って来た夫人は言う。「此処に来れば、どんな服でも、直して下さいると伺ったので」
「息子さんに、一体何が?」と、エミルは思わず聞いてしまった。
夫人は、怒りに潤む目を、ハンカチで叩く。
「犬に噛み殺されました。でも、警察は『証拠がないから、罰せない』と」
「つまり、犬が噛んだ穴は直さなくて良いと?」
「そうです」
エミルは、布色が赤黒いのは、乾燥した血液のせいだと気づいた。
夫人は「大事な証拠ですから、洗ったりしないで下さい」と訴えてきた。
依頼は引き受けたが、血液まみれの物を、そのまま置いておくわけに行かない。
普段は包装紙に包み、作業の時は台に伝聞紙を敷いて、薄い布手袋をするようにした。
八つ裂きにされていた服は、一週間をかけて繕い直した。
細かい針使いは出来なかったが、全体の形が分かるくらいまでには。
服を引き取りに来た夫人は、仕上がりに目を瞬いた。
子供が着るサイズのシャツは、襟も袖も身頃も整っている。
その分、犬の噛みついた痕はハッキリと分かった。
襟と、右肘の内側、そして左の脇腹に、特に深い犬の牙の痕が残っている。
「出来る限りの事はしました。後は、貴女の意志次第です」と、エミルは言った。
夫人は、瞳を凛と輝かせた。
後日の伝聞紙に、「恐怖 少年を食んだ飼い犬」と言う、センセーショナルな見出しが出ていた。
本来は猟犬として、充分な躾の下に成長するはずだった飼い犬を、人間の赤ん坊のように育てた事で、その犬が、近隣に住む少年を噛み殺したと言う話だった。
伝聞紙の中では、子供がどんな風に噛まれたのかと、被害を法廷に訴えた母親の勝訴が、報じられていた。
後日、先の夫人が繕い屋を訪れた。
「これは、お仕事のお礼です」と言って、上等な絹の布を差し出してくる。
「お礼金は頂いていますが」と、エミルは遠慮しようとした。
「いいえ。貴方は、服を繕ってくれただけではありませんもの」と、夫人は言う。「私の戦う意志を、後押しして下さいました」
そう言い切り、頭を下げる夫人を見かね、エミルは「それでは、この絹で……貴女の子の、新しいシャツを仕立てましょう」と述べた。
夫人は目を見張ったが、目を潤ませて微笑むと、「お願いします」と答えた。




