第三十一話「アルフォンス・アンゼーエン」
告白の前に、アルフォンスの長は、自分の名前と年齢と出身地を述べていたが、フリードリヒは「匿名の情報提供者」と、伝聞紙に記載した。
アルフォンスの長は、自分の告白が載る事になる伝聞紙が発刊されるまでの間、エミルの家に滞在していた。
エミルは二階に隠れているように言ったが、彼は時々店舗に降りてきて、エミルの仕事を見たがった。
「死ぬ前に、悔いは残したくないものでしょう?」と、彼はドレスを着ているトルソを見ながら言う。「こんなに素晴らしい美術館が、この町に存在するなど、知りませんでしたよ」
「御冗談を」と、エミルは作業をしながら受け流した。
アンゼーエンと名付けられた一団の一人が、エミルの店に来た事がある以上、彼等がエミルの仕事や能力を把握していなかったわけがないのだ。
一日一日と日付は進み、遂に「アンゼーエンの告白」の掲載された伝聞紙が世に出た。
この国の建国の物語を知っている者達は、記事を読んで「謎が解けたような顔」をしていた。
それと同時に、警察官達が、フリードリヒの伝聞社につめかけた。
社の総監督であるフリードリヒは、署までの同行を求められ、こってりと尋問されたが、「伝聞紙に載っている情報以外、私は何も知りませんよ」を貫いた。
伝聞社の中を、すっかり捜索しても、フリードリヒが何かを知っている証拠は出て来なかった。
「アンゼーエンの告白」が、紙に掲載されるまで時間がかかったのは、勿論、証拠を消すための時間が必要だったからだ。
アルフォンスの長から直接聞いた言葉のメモは、断裁機に掛けられた上、既に焼却炉の中で灰に成っている。
一週間にわたる拘禁と尋問の後で、フリードリヒは解放された。
しかし、私服の警察官が、常に彼の周りをうろつくようになった。
それでも、フリードリヒの伝聞紙の売れ行きは、数週間の間、絶好調だった。
波止場まで、エミルはアルフォンスの長を見送りに行った。
エミルは彼と握手をし、「お体に気をつけて。どうぞ、お元気で」と声をかける。
長はやはり笑顔を浮かべ、「ええ。精々、よく食べてよく眠ります。いや、むしろ少し痩せなきゃならないか」と、冗談を言った。
エミルも笑顔を浮かべると、二人は互いに頷き合い、手を離した。
大海を渡るための客船に乗った長が、何処の港で降りるのか、何処から何処へ旅に出るのか。
その事は、エミルも聞かなかった。
静かに夕日が暮れて行く中、蒸気式の客船は、ゆっくりと港を離れて行った。




