第二十九話「糸の切れたカイト」
凧上げをしている子供達を遠くに眺め、エミルは冷たい風が吹く公園で、ぼんやりしていた。
怪盗アンゼーエンを名乗る人物は、複数居る。
彼等は、この国の王族に奪われた、かつての自分達の財を取り戻すために活動している。
それは分かったのだが、彼等が何者なのかの答えは出なかった。
コルネリアは、怪盗達が使命感によって、「王室からの盗み」と言う罪に手を染めていると言っていた。
エミルは、女王陛下に手紙を書こうか迷った。
もし、怪盗達を擁護する手紙を書いても、聡明な女王陛下は王室の歴史から、この国を治める時に弾圧した、当時の権力者達を突き止めるかもしれない。
歴史が下り、弾圧と迫害から逃れた者達は、再び罪を犯している。
反逆罪を背負えば、法の裁きに引き出され、告白の場を得ても、彼等には極刑が下されるだろう。
エミルはフランツとの別れ際に、「この件は、私に任せてくれ」と申し出た。
フランツも、「ああ。任せるよ。私には、荷が重すぎる」と述べた。
このまま事件に関わり続ければ、老齢のフランツにとっては、有り余る心労になるだろう。
エミルは、あの美しい刺繍の方法を教えてくれた師を、「こんな事」で、早々に失いたくなかった。
空に浮く凧が、風を受けて右へ左へと弧を描いている。
そのうちに、子供達の両手にあった凧の糸の片側が、切れた。
コントロールを失った凧は、しばらく風圧に靡いたが、はらはらと地面に落ちた。
凧の糸が切れた子供は、残念そうに糸を手繰り、手元に引き寄せる。
ふと、エミルの頭に思い浮かんだ。
記憶を手繰り寄せれば、あるいは……。
彼は、暫く考えてから、帰路に就いた。
怪盗の残したサインの伝票と、フランツから預かった書類を作業台に乗せ、両方をポンポンと叩いた。
伝票と書類が作られた時の記憶が再燃される。
その途中で、エミルは再び伝票と書類を叩いた。
エミルは、平日の午後に教会を訪れた。
懺悔室に入ったが、懺悔をしに来たわけではない。
「アルフォンスの追憶について、尋ねたい」
そう言うと、網戸の向こうの神父は、網戸越しにエミルの手元をよく見た。
「印証は?」と聞いてくる。
「生憎」と、エミルは答えた。「アルフォンスの行く末を知っている、唯の……繕い屋ですから」
神父は目を見張り、「貴方は、『力』をお持ちの人ですね?」と聞いて来た。
「ええ。少し」とだけ、エミルは答える。
その言葉を聞いた神父は、暫く黙ってから、諦めたように「礼拝堂へ」と促した。




