第二十六話「夢の追憶」
バルツァー警部が、男物のジャケットを持って来た。併せて、女王陛下からの直筆の手紙も。
エミルは苦虫を嚙み潰したような顔をしたまま、手紙を読んだ。
思った通りに、バルツァー警部に協力してほしいと言う懇願だった。
エミルは、ジャケットを受け取り、バルツァー警部を外に追い出した。
ドアに鍵をかけ、カーテンを閉める。
作業台の上に置いたジャケットの肩を叩く。
ジャケットは人が着ているように膨らみ、行動し始めた。
複数の足音が聞こえる中、両腕を振り、走る動作をする。塀らしき何かを乗り越え、ロープを伝って下方に移動した。
再び走る動作をし、ある場所で足音が止まると、ジャケットは脱ぎ捨てられた。
足音は止み、逃げていた誰かは呼吸を落ち着ける。
ジャケットを脱ぎ捨てた人物は、静かな足取りでその場を去った。
その様子を、バルツァー警部に知らせると、「あのタイミングで変装を変えたのか」と、独り言ちる。
どうやら、思い至る時系列がある様だ。
エミルがジャケットを突き返すと、バルツァー警部は礼も言わずに店を後にした。
後日、伝聞紙に「怪盗アンゼーエン。ズィルバーヴァイス宮殿より、『夢の追憶』を盗み出す」と言う見出しが銘打たれた。
夢の追憶と言うのは、女王陛下が王太子妃にプレゼントした、大粒のパールと小さな無数の金剛石を飾る、指輪である。
王太子妃は、その指輪を大層大切にしていて、公務の時に身に着ける他は、しっかりと金庫に保管していた。
怪盗アンゼーエンは、王太子妃のための金庫を破り、夢の追憶だけを選んで盗み出した。
何故? と、エミルは考える。
王太子妃のための金庫と言うなら、貴重品で溢れていただろう。であるのに、何故、怪盗は指輪一つしか盗み出さなかったのか。
以前、ファルベが伝聞紙を持って来た時に、怪盗が「『夢の追憶』を頂きに上がる」と言う犯行声明を送って来たと言う内容が分かっている。
狙ったものしか盗み出さないと言うのが、怪盗の矜持と言う事だろうか?
そんな風に思い浮かべてみたが、怪盗が王室を狙い続けるのは、唯の強欲や名声の獲得以外の、執念のようなものを感じる。
エミルは、ずっと以前に子羊の手袋を繕った時の、伝票を取り出した。
其処には、「アンゼーエン」と言う名前が、花文字で記されている。
電話の受話器を取り、エミルは番号を回した。交換手と話をし、一度受話器を置く。
数分待つと、ベルが鳴った。
受話器を取り、「フランツ。私だ」と呼びかけた。




