第二十三話「金色の林檎 上編」
二階のリビングのテーブルの上に、見慣れないものがあった。
小さく切られた羊皮紙のメモだ。
「まるで猫の子のような林檎。綺麗な丸い大きな林檎。真っ赤な色はしていない。
金の林檎は子猫の瞳」と書かれている。
何処かで見た覚えのある字だが、何処で見たのかまでは思い出せなかった。
後日、以前繕い屋を訪れた事のある、ベネディクタと言う「賢い女性」が、再び現れた。
「今日は、これをお願いしたいの」と、ベネディクタは布を縫い合わせて作った、小物入れを差し出してきた。
「普段は、中に油紙を敷いて、キャンディー入れにしていたの」
様子を見てみると、小袋の口を縛るための飾り紐の片側が外れ、何時も手が触れていたらしい小袋の口がほつれていた。
「今回は、刺繍をする必要は?」と聞いてみる。
「無いわ。ほつれを直して、紐を通してちょうだい」と、依頼主は言う。
「承知しました」と答え、書類にサインを求めた。
ベネディクタのサインを見てから、エミルは「先日見た羊皮紙のメモの文字」を思い出した。
羊皮紙を持ってきて書類の文字と押しなべて見ると、文字の癖や綴りの遊びがそっくりだ。
この羊皮紙のメモの言葉は、一体何を示しているのだろう。
エミルは、たまたま店に来たファルベに、抱えている疑問を打ち明けた。
「金の林檎」と、ファルベは復唱する。「伝説の中では、『金色の林檎』って、不和の象徴だけど」
「正確には、どんな伝説なの?」と、エミル。
「えーっと。神様の宴に呼ばれなかったエリスって言う女神が、『この中で最も美しい女神に』って言って、宴の中に金色の林檎を投げたのね。
そしたら、美の女神のアプロディーテと、戦いの女神のアテーナと、ゼウスの妻のヘーラーが林檎を取り合ったの。
その女神達の不和から、人間の世界で戦争が起こったんだって」
それを聞いて、エミルは「そうなのか」と呟いたが、謎が解けた表情には成らなかった。
その晩。眠っていたエミルの耳元で、囁き声が聞こえた。
「金の林檎を飾らねば。金の林檎を飾らねば。お前は鍵を持って居る。金の林檎を飾らねば」
目を開けると、囁いていた者は闇の中に溶けるように消えた。
エミルが持って居る「鍵」で思い当たるのは、ドローテの姪から預かっている、秘密の地下室への鍵だ。
あの地下室には、部屋全体を埋めるほどの金貨や金塊が収められている。
ベネディクタは、あの地下の「お宝」を狙っているのだろうか。
悩んでいても、疑問は晴れなかった。




