第十一話「空色のストール」
青いストールから、香木の香りがする。それを持ってきたのは、かつて魔女として狩られた部類の、「賢い女性」の一人である。
ベネディクタと名乗っていた。
「繕いの時に、この模様を刺繍してほしいの」と言って、女性は複数の図形を描いた紙を差し出した。
その模様は、何かの傷痕のようにも見えた。
一部の世界で、「ルーン文字」と呼ばれている物だ。
エミルは模様を縫い込む事を承知して、依頼品を受け取った。
眠っている間に、耳元で何かが囁いている声を聞いた。
「あの女を信じるな。お前は騙されている」と言う囁きが、何度も聞こえる。
姿無き者の囁き声は珍しくないが、今回はあまりに煩い。
二階の寝室で起きたエミルは、トルソに巻き付けておいたストールの様子を見に行った。
蝋燭を片手に、室内を見回すと、他のトルソの影に成っていたストールが、ぼんやりと光っている。
何らかの「力」の気配があった。
エミルは蝋燭を低い棚の上に乗せ、トルソからストールを外し、作業台に持って行く。
布地を軽く叩いた。
その後、エミルはストールに文字を縫い込む作業を急いだ。線を糸一本で表すのではなく、細かい針使いで、しっかりと模様に成るように糸を重ねる。
眠る時の囁きは毎晩煩く、睡眠を妨げてくる。エミルの気力が、一週間持つかどうかと言う所であった。
六日目の晩は、姿無き者の声は囁きと言うより、既に怒鳴り声だった。
眠れない時間を埋めるように、エミルは刺繍に打ち込んだ。
引き渡し日。エミルは、目を真っ赤にした状態で、カウンターの椅子に背を凭れていた。
ストールの持主が、面白そうに笑みを浮かべて、ドアを潜る。
「その様子では、だいぶ大変だったようね?」と、女性は言った。
「ええ。まぁ」と、エミルは短く受け答え、椅子から立ち上がると、トルソに巻き付けられているストールを広げて見せた。
生地の空色の中に、淡い灰色の糸が、美しい模様を描いている。
「素晴らしい仕上がりね」と、女性は絶賛した。「それでは、貴方に憑りついている者を何とかしなくちゃ」
エミルが客人を見つめ返すと、女性は唇の前に人差し指を立て、スーッと息を吸った。
エミルの周りを包んで居た、生ぬるい気体のようなものが、次々に離れ、女性の口の中に吸い込まれて行く。
「これで大丈夫。今日からは、ゆっくり眠って?」
女性は礼金を払うと、ひらひらと片手を振りながら、エミルの店を後にした。
何であれ、その日からはゆっくりと熟睡できたのだ。




