親友と書いてマブダチと読む
雪がしんしんと降る半年前 岳斗の家
岳斗、十次郎と新吾は冬休みを利用して、クトゥルフ神話TRPGの長編シナリオを遊んでいた。 その合間休憩でお菓子を食べながら、テレビを見ていた。 当時日本中で大人気なアイドルグループ『CLOW FIRE』が東京の日本武道館で大勢の観客の歓声を浴びながら、蝶の如く優雅に踊っている。
「うひゃ〜。 すげーな」
「ダンスのキレもいいな。 さすが日本ナンバーワンのグループだ」
しばらく聴いているうちに、曲が終わって、メンバーたちが観客に手を振りながらステージを後にした。
「いや〜。 やっぱりいい曲だ」
新吾が心底から満足して、呟いた。 と、先ほどまでリズムに合わせて、上体を揺らしながら陽気に楽しんでいた十次郎がポテチを口に入れながら、少し寂しそうな顔をしていた。
「ん……? どうしたんだ、十次郎?」
「あぁ……武道館で踊ってる奴ら、俺と対して変わらない年だろ? そんなに早くからスターになって、すげーなって……」
「そうか……。 お前もアイドルを目指してたんだったな」
「えっ?」
岳斗が驚いて、ポッキーを噛み切った。 折れたポッキーがこたつ布団の上に落ちる。
「そりゃ、初耳だぜ! イケメンだから、おかしくはないが……」
「フッ、どーも。 俺、物心がついた時から、テレビでアイドルが踊っている番組を見ては真似っこしてたみてーだ。 親も一緒に踊ってくれて、楽しかったぜ。 幼稚園では、遊戯会で脇役貴族として、社交ダンスを披露して、大拍手だった。 その流れで小学4年の時にジャパニーズというアイドル養成事務所に応募して、書類審査を通ったんだ。 それで二次審査は札幌、最終審査は東京の事務所でやって、合格したぜ」
「んだって!? そりゃ、すっげーだろ!」
「あぁ。 晴れて、少年ダンサーになれた俺は新吾たちクラスメートと別れて、東京に転校した。 東京には伯父さんが住んでるよ」
「へぇ……てっきり最終審査で落ちたかと思ったぜ。 でも、どうして今はやってないんだ?」
「あぁ……怪我だ」
「怪我? どうしたんだ、事故か?」
「レッスン中、ジャンプして、右足を捻挫したんだ。 やれやれ、無茶しちゃったぜ」
「まさか……それで踊れなくなったのか?」
「いや、完治して退院したから、踊ること自体は出来る。 出来るんだがな……トラウマって奴? それで、体重をかけきれなかったり、回転が遅れたりしてさ。 周りは前踊った時よりも上手くなってるのに、俺だけ遅れてる……。 スッゲー焦ったわけよ。 そして、大晦日にやる紅白歌合戦のバックダンサーに選ばれなかった時、俺の心はポッキリ折れちゃまった」
言い終わって、しんみりしながら俯いた。
「十次郎……」
岳斗が心配そうに呟いた。 その一言で、十次郎が突然弾けたように、おちゃらけた笑顔に戻った。
「おいおい……んだよ、岳斗ぉ〜!! そんな顔すんなってばよ! 今、俺は幸せ者だぜ! こうして、親友たちと一緒に遊んだり、お菓子を食べてダラけられるだろ? アイドルやってたら、練習ばかりでそんな暇ねーからな」
「そ、そうか……」
そこで話を切り上げ、TRPGを再開する岳斗たちだった。
2ヶ月後 雪が減り始め、春の訪れを予感する三月の終わり
岳斗たち三人はタクシーで帯広駅まで行って、現在は札幌までの特急電車に揺られていて、所々雪が残る集落が見える。
「いや〜。 まさか、商店街福引券で札幌市民ホールのアイドルコンサートチケットを引き当てるなんて、俺の運、神じゃね?」
十次郎が3枚のチケットを手でヒラヒラさせながら、景色を見ている。
「あぁ、本当だよな。 お前は昔から運が良かった。 バリバリ君のアイスも四回に一回当たってるしな」
「しかも、今をときめく『CLOW FIRE』だもんな……。 へへっ、スタンド使いならぬ、アイドルは引かれ合う運命かもな! なあ、岳斗ぉ〜!」
廊下を挟んだ反対側の席にいる岳斗の方に呼びかけた。 だが、岳斗はつばが広い茶色のフェドーラ帽、くすんだ黄色のワイシャツ、チョコレート色のレザージャケット、ジャケットより少し明るめな色のズボンを着こなした青い瞳の老人と英語で何やら話している。
「……プラトンが記した『ティマイオス』と『クリティアス』によると、アトランティスはジブラルタル海峡の外側にあると考えられていたんだ。 当時の学者たちはアトランティスをプラトンの妄想だと片付けたがね」
「妄想ですか……。 でも、少なくともプラトンは確信していたと思いますよ! 実際プラトンは南イタリアからアテネに帰って、アカデメイアを建てた後、ピュタゴラスとヘロドトスの報告を基に地球が丸いことを証明しようとしてました。 実際、紀元前5世紀には、北に歩くと北極星の高度が高くなり、南に行くと低くなるという旅行者の証言から、地球球体説が現実を帯びました」
「ほう、よく知ってるね。 ちなみに、そのヘロドトスの『歴史』の第4巻によると、紀元前6世紀にエジプト王ネコ2世がフェニキア人にアフリカ大陸の周航を命じて、3年後に帰還したと書かれている。 その途中で突然太陽が右手に見えたと記しているんだ! 南半球に入った証拠さ。 ヘロドトスは信じなかったが、今では常識として受け入れられてる。 もう一つ、プラトンは天動説を信じていた。 天動説の理論では、地球は回らないとされてたんだ」
「ええ。 加えて、万物……例えば海とかは地球の中心に落ちるはずです」
「うむ、そうだね」
「そこで矛盾が起こります。 仮に東半球のヨーロッパ、アフリカ、アジアだけを地上に出して、西半球の大陸を海から出てる分をナイフで削り取って、海に沈めておきます。 すると、地球の中心は東半球側に動いて、そのままでは海が西半球側に偏って存在することになりますよね?」
「うん。 結果、海も東半球側に移動し、標高が高い別の大陸が西半球に新しく現れる」
「まあ、東半球の大陸に標高が高い塔を多数建てれば、西半球を全て海で覆い、かつ東半球での空中生活が可能ですが、当時の人口である数万人の体重を支える空中庭園は当時の技術では不可能だと思います」
「しかし、実にユニークなアイデアだ。 トムに言っておこうかな? ともかく、プラトンもそう考えていたかは憶測の領域を出ないが、少なくとも、未知の大陸があるとは考えていた」
「その発想自体はアメージング……と言いたいんですけど、アメリカや日本の可能性もありますね。 ひょっとしたらムー大陸なんてことも……」
「ハハハ……ロマンではないが、そうなんだろうね。 プラトンは一晩でアトランティスが沈んだと言ったが、地球科学的には不可能だ。 ミノア文明もサントリーニ島を襲った火山噴火で滅んだという話から、アトランティスのモデルになっているが、時期が大きくズレていて、信憑性はないだろう」
「はぁ……やれやれ。 ロマンって追い求めると、大概あっけないもんっすね」
「まあな。 だが、面白いことに現実となったロマンもある。 ハインリヒ・シュリーマンが1870年からトロイアを発掘して、トロイア戦争が実際にあることを証明したのだ! 幼き頃に興味を持ったホメロスの叙事詩がまさか、こんな偉業に繋がるとはね……フフフフ、これだから考古学者は止められない」
「確かに……。 俺はいつか宇宙に行きたいですね。 きっとスッゲー冒険が待ってるんだろうな〜」
「ハハハ……! そうだ、宇宙といえば……」
別の話に移った2人。 ずっと岳斗の方を見た十次郎が一言呟く。
「英語分かんねえけど、なんか楽しそうだな……」
札幌駅で愉快な考古学者老人と別れて、会場である札幌市民ホールの近く、大通公園に来た三人。
「さて、早く着きすぎたな。 後2時間もあるぜ」
「さっぽろ時計塔にでも行って、時間潰すか」
時計塔の場所を確認して歩き出した瞬間、後ろから声がかかった。
「オオッ! 十次郎君じゃあないか!」
「えっ、この声は……?」
振り向くとスーツ姿の物腰が柔らかそうなおじさんが片手を上げて、入り口から歩いてきた。 もう一方の片手はコーヒー缶を持っている。
「関根さん!? 久しぶりです!」
十次郎が慌ててお辞儀をした。
「ははっ、5年ぶりだねえ。 元気なようで良かったよ」
「はいっ」
「おや? そちらのお二人は友達かな?」
「はい、江戸新吾です。 幼稚園の頃からの幼なじみです」
「澤宮岳斗です。 2人はいい友達ですよ」
「ははっ、そりゃ良かった。 いや、まあ……あんなことになって、東京を去る君を見て、正直心配だったんだよ」
「そうですか……この通り、俺は大丈夫ですよ! へへっ」
「そのようだね。 じゃあ、私は行くよ。 君たちも楽しんでくれよ」
「はい! 久しぶりに会えて良かったです!」
十次郎が嬉しそうにお辞儀した。 関根が去ろうと足を動かしたその時、胸ポケットに仕舞った携帯電話が鳴った。 携帯電話を手に取って、耳につける。
「ん? 堺マネージャーから? もしもし」
数ラリーほど会話していたが、突然関根が驚いたような声を上げた。 そこからいくらかの会話をし、電話を切った。 新吾が聞く。
「どうしたんですか? 何やら問題が起きたような感じに見えましたが」
「あぁ……バックダンサーの1人が高速道路の渋滞に捕まったんだ。 何でも10キロ先でトラックが横転して、数台巻き込んだんだ。 その一台のダンプカーに引火して、一時的に煙が上がったらしい。 だが、消防車がすぐに対応して火は消し止められた。 今は車線規制中になってる」
「それで……間に合うんすか?」
「いや……無理だろうね」
「なっ……!?」
三人の間に激震が広がる。 関根が少し焦りながら言った。
「今までの経験だと、2時間30分から3時間ってところだな。 しかし、開場までは2時間しかない……」
「そんな……」
「あの、代役とかはいないんですか?」
「うーん……難しいね。 何しろ札幌だからな」
「1人欠けた状態で出来ないんですか?」
「ダメだね。 今回の曲とダンスは前6人と後ろ6人、合わせて12人いてこそ成り立つものだ。 今更11人用にシフトチェンジする時間もないしな……」
と、関根の目に鋭い光が宿った。
「そうだ……! 十次郎君、代わりに出てくれないかね?」
「ええっ!? 関根さん、そりゃ無茶ですよ! もう5年も踊ってないんです」
「そうだが……あの時の君のダンスは天才だった。 蝶のように舞い、蟻のように刺し、花のように大きく咲き誇るッ! 私はあの時、君は日本、いや……世界を代表するトップダンサーになると信じていた……!」
「それはお世辞でも嬉しいですが……」
「お世辞じゃないよ! それに……私は今回の日本横断コンサートに懸けてるんだッ! 『CLOW FIRE』の人気を不動のものにする数少ないチャンス……私はそれを逃したくない」
「関根さん……そういうことなら、なおさらダメですよ! 一度夢を諦めた俺なんかが出て、もしこのコンサートにケチがつくなんてことが起きたら……! 俺は……俺は周りとの差に打ちのめされて、逃げ帰った意気地なしなんです。 そんな俺に……こんな大事な……大事なチャンスを握らせないでください!」
言い終わって、唇を噛み締めながら、首を振る。
「……どうしても無理か?」
関根が藁にも縋るような表情で十次郎を見つめた。 十次郎は罪悪感から逃れるために、目を閉じて、汗を一滴流しながらも頷こうとした。
「……すみません。 ですが、無理で……」
「無理じゃねえよ!」
「ッ!」
十次郎の目が驚きで開かれる。 喝をかけた岳斗の方に振り向いた。
「岳斗……?」
「十次郎、2ヶ月前のことを覚えてるか?」
「2ヶ月前?」
「お前がアイドルを目指してたってことを初めて知った日だ。 あの時初耳と言ったが……ありゃ、嘘だ!」
「ええっ!?」
「一年前くらいだったかな? タクマさんと早朝ランニングをしていた時、河原でお前が音楽プレーヤーを付けて踊ってるのを見た。 あの時のお前、ミスしたところで止めて、何度も最初から踊り直していたよな? 時々気になる振り付けを細かく確認してた。 その時、どこか……もがいてるような表情だった。 真剣にやらなきゃ、あんな努力は出来ねえ。 増してや、朝早くからだ」
「おいおい……知ってたのかよ? なら、なんで……」
岳斗が雲流れる青空を見上げて、しばらく黙ってから目を閉じて言った。
「誰だって……弱い自分は見せたくないもんだろ? 例えどんなに心を許した人にでもな」
「……ッ」
十次郎の目尻が赤くなった。 だが、涙は出さない。
「岳斗…………」
まだ冷たい春の風が吹いて、岳斗たちの髪を揺らす。 十次郎が拳を握って、関根の方に振り向いた。
「関根さん……」
「十次郎君……」
「俺……やります! やるからには、一切手を抜かないつもりです」
「ええっ!? 十次郎君……いいのか?」
「……はい」
開場まで2時間。 十次郎は2階の会議室で、1時間分の振り付けを一から覚え、最後の30分でメンバーと共に踊るリハーサルをできる限り繰り返した。
2時間後 札幌市民ホール 一階
座席が一つ残らず埋め尽くされて、人々の期待が雰囲気となって感じる。 岳斗と新吾は右側にいた。
「十次郎、大丈夫だろうか……?」
「そりゃ、あいつ次第だな。 俺たちはただ見るだけだ」
と、開演ブザーが鳴って、幕が上げられた。 暗闇に覆われた無人のステージに12人のアイドルが入ってくる。 岳斗から見て、後列の右端にいた十次郎は久しぶりのステージでいくらか緊張している。
と、音楽が流れ始め、12人をスポットライトが辛うじて照らした。 それも消えかけの蝋燭の火のように揺れた。 前列6人が右腕をゆっくり上に向けて、手を広げながら低音で歌い始める。
『Darkness Field ―星標―』
「〜〜〜〜♫…………
月さえ隠れた Darkness Field
揺れる蝋燭の 儚い Flame
もう一歩さえも 踏み出せず
影に縛られた My Heart」
足は床に根を張ったように動かない。 と、音楽が唸りを上げて、波のように暴れ始めた。
瞬間、12人が同時に左腕を左に差し出した。
その左腕を下げて、右腕を右に。
左腕を前に差し出す&右腕は曲げて、拳を腰に置いた。
そして、両手を上げて、体を大きく反らした。
そこから、体を戻して、空を仰ぎ見る。
「左右前後 迷う鼓動
選べないまま 立ち尽くす」
と、スポットライトが完全に消え、暗闇となった。 その中で6人の歌がやけに大きく響き渡った。
「答えはどこ? 光はどこ?
闇だけが 増えていく」
今度はスポットライトの代わりに全体を照らす照明が、12人を朧気に照らし始めた。
12人全員が左右の手で蝶々を作って、両目を覆う。
「死神の翼が
僕らの瞳を 覆うなら」
前列6人が少し後ろに歩いて、後列6人と入れ替わる。
そして、後列6人が膝をつくように崩れ落ちた。
「零れ落ちる星よ
どうか教えて——」
前列6人が後列6人の頭上に腕を突き出した。 そして、何かを掴む動きをした。
「闇の奥にも
光はあるのか?」
前列が再び前に出て、後列は後ろに戻る。 そして、12人全員でジャンプして、前後の足を入れ替えることを何回か繰り返す。 走る真似だ。
「光があるなら
どれだけ走ればいい?」
片足の膝を付いて、上体を倒した。
「闇に潜む刃が
僕らを裂いても
痛みは生きてる証」
ここでスポットライトがパッと点灯し、12人を明るく照らした。 12人が素早く横一列となって、胸に左手を当てた。
「ほら 心臓が燃えてる
光はここにある
そう——僕ら自身が星」
最後の一文で右腕を天に突き上げて、右手を開く。
ここで宇宙の静けさを表す間奏に入って、再び二列に戻った。 前列のスポットライトが消えて、後列だけとなった。
後列が腕を伸ばして、前にある何かを掴む動きをした。
前列にスポットライトが再び照らされ、胸に左手を当てながら仁王立ちした。 と、前列の一番左以外のスポットライトが全て消えた。
「諦めないで
君の鼓動は消えてない
君が輝けば
誰かの夜を照らす」
左から二、三番目……とスポットライトが点灯して、静かな音楽から徐々に盛り上がっていく。 前列全員のスポットライトが点灯した瞬間、全体の照明が一斉に眩しく光り、ステージが明るくなった。 同時に音楽の激しさが最高潮に達する。
「堕ちゆく漆黒の中
導かれる その先へ」
前列6人が歌いながら、ステージの中央に集まって、円陣を作る。
「12の星が結ばれて
ひとつの未来になる」
ここで後列6人が前列より大きい円陣を作って、前列円陣を囲む。 前列6人がゆっくり手を上に上げた。
「君が輝いていれば
闇の牢獄の誰かが
君を光の標にする
——さあ、進め」
全員で空を仰ぎ、静止した。 音楽が止まると同時に大拍手が響き渡った。
「うおおっ……! すげえ盛り上がりだな」
「ああ。 やっぱりハイレベルだぜ! だが、十次郎もすごかった」
「確かにな。 飛び入りとは思えんくらい、完成してた。 それに……心の底から楽しんでる顔をしてた」
観客に手を振っている12人。 その中にいる十次郎は目を輝かせて、頬を紅潮させていた。




