名状しがたい恐怖
「るり子……!?」
「十次郎君と新吾君も……?」
北三郎がサンダルを履いて、縁側を降りた。
「北三郎さん……本当にすみません。 どうしても心配で来てしまいました」
「……」
北三郎が黙ったままるり子を見据えていると、新吾と十次郎がるり子の前に出た。
「北三郎さん! るり子さんは悪くないです!」
「ええ、僕たちが行くって言い張ったせいです。 るり子さんも、子供たちだけで行かせられないって言って……」
「でも、紅葉たちは英一郎さんのところで待っています! どうか、るり子さんに怒らないでください! 怒るなら、俺たちを怒ってください!」
新吾と十次郎が同時に頭を深く下げた。 それを見て、るり子も慌てて頭を下げた。 沈黙が再び場を支配する。
「…………はぁ〜。 しょうがねえな」
「えっ!」
3人が頭を上げて、目を見開く。
「るり子、どうやらお前も関係してるみてえだ」
「私が?」
「ああ、上がって話を詳しく聞いた方がいいかもしれん」
「……わかりました。 では、上がらせていただきます」
るり子が縁側に座って、靴を脱ぐ。 北三郎が十次郎と新吾の方に振り向いた。
「お前たちはどうする……? かなり重い話だ。 帰ってもいいんじゃないか?」
「い、いえッ! 僕にも聞かせて下さい!」
「自分で言うのもおこがましいけど、俺と新吾は岳斗の親友です! それに、シャルルも俺たちの弟みたいなものです。 その岳斗とシャルルが……」
岳斗とシャルルの胸の穴を見た。 唾を飲んで、覚悟を決めた目つきで北三郎を見据える。
「こんな大変なことになってるなら、俺たちも力になりたいッ!」
北三郎も二人の目を見据える。 目を閉じて、口を開いた。
「……ありがとう。 なら、靴を脱いで上がってくれ」
「はい!」
るり子、十次郎、新吾も居間に入った。 ゼロが三人の前に立つ。
「さて、お前らに同じ説明をする時間はない。 一気に情報を流すから踏ん張れ」
言い終わると同時に手を前にかざした。 瞬間、三人の脳内に情報が急激に流れ込んだ。
「うわああああーーー!! 頭がッ! パンクするッ!!」
数十秒ほど頭を抱えて、情報処理によるオーバーヒートの冷却で大量の汗を流す3人。 邦子が出した麦茶を飲んで、テーブルに座った。
「成程……状況は分かりました。 けど……あまりにも残酷すぎる! いくらなんでも選べる訳なんかねえ……」
「でも、選ばなきゃ、岳斗とシャルルが完全に死ぬ……。 本当に何とかならないのか!? あっ、魂を作るのは?」
「いいえ、不可能です。 魂は世界が誕生すると同時に、決められた数だけを世界に送ります。 後から魂を減らしたり、増やすことなど、たとえこの世界を創った神といえどもご法度……」
「そんな……! ねえ、光はまだ気づいてないの?」
「あぁ、今のところ……」
瞬間、空間が一瞬で漆黒に包まれた。
「なっ!?」
全員驚愕して、辺りを見回す。 と、上で空間が裂け広がり、目となった。 赤い瞳が北三郎たちを鋭く見据える。
「な……何?」
「不知火零ッ! 貴様、見ているな!!」
「……ッ!!」
光の憎しみに溢れた声が響き渡った。 瞬間、ゼロとエリス以外の全員が全身に鳥肌が立ち、真夏にもかかわらず悪寒を感じた。
「……やっと気づいたか」
ゼロが口角を上げて、嘲笑に近い表情で瞳を見つめ返した。
「おのれ……ッ!」
「ククク、その様子だと、魂が不足して麒麟が通る門を開けない……ってところか。 残念だったな、麒麟様との対面が延期になって」
「……ッ! とぼけるな! 貴様が閻魔に手回しして、真の力の情報をこの世界の外に移したのだろう!」
「やれやれ、鋭い勘を持ってるな。 だが、気付くのが少しばかり遅かったようだ、ククク……」
瞳の瞳孔が細くなり、声のトーンがさらに険しくなった。
「小癪な真似を……! そうだ、あの時も貴様は私から――を奪った」
途中、何故か声が途切れる感覚に襲われた。 その不自然な静かさが更に恐怖感を増やす。
「貴様とこれ以上話す気はない。 今度こそ二人の息の根を止めなければ……ッ!」
そこで会話が打ち切られ、目が閉じられ……
「貴様らァァァァァァァ………………!」
北三郎たちが安堵しかけた……その時、深淵のさらなる底からおぞましい声が大きく響いてきた。
「人の分際でェェェェェ……この神に逆らおうなどとォォォ……ゆめゆめ思うでないぞォォォォォォォォォ!!!!!!」
北三郎たち一人一人を埋め尽くすように無数の腕が漆黒の闇から生えてきた。 手先から腕の根っこまで無数の眼が次々と開かれながら、腕が北三郎たちの胸に勢いよく突き刺さった。
「ッあ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙…………!」
血が大量に出て、激痛で悶え狂いながら叫ぶ北三郎たち。 無数の胸が渾身の力で心臓を勢いよく潰した瞬間、意識が糸のように切れた。
ドクンッ! 中から心臓の音が響いた。 それを引き金に意識が戻った。 先ほどまでいた居間だった。
「ハァハァハァハァ……ハァハァハァ…………ハァッ……!」
手を震わせながら、胸にかざす。 紛れもなく自分の心臓の衝撃波が手を一定……いつもより遥かに高いリズムで波打っている。
「げ、幻覚……? それにしては生々しかった……」
「な……何だ? ば、化け物だ……! 岳斗と加那江、シャルルはあんなのと……あんな化け物と戦っていたのかよぉ…………!?」
「くっ……! クトゥルフのTRPGをやっている時でも、ここまで恐怖を感じなかった……ッ!」
十次郎が床に拳を叩きつけた。
「クソッ! 覚悟は決めてきたはずなのに!」
「十次郎君……」
北三郎が唇を震わせながらも、質問した。
「ゼロ……時間はあとどのくらいだ?」
「魂の量から考えて、5分ほどだろう」
「5分!?」
十次郎が思わず立ち上がった。
「そんな……嘘だろ? あと5分で俺たちは……俺たちはッ…………」
言葉にしたくない。 どの結末になっても、あまりにも最悪すぎる。 覚悟を決めたと思い込んだ数分前の自分を殴ってやりたい。 そして、引き返せと言いたい……ッ! どっちみち、凡人の俺の覚悟なんて、いとも簡単に砕け散るんだ……!
膝を落として、正座で座り込む十次郎。 自分の心臓を潰そうと襲いかかってきた不気味な無数の腕が頭にこびりついて、恐怖に押しつぶされそうになる。
(悪い……。 正直、怖くて……怖くて何も考えられねー。 本当に……本当に…………無理……)
無理じゃねえよ!
「ッ!?」
岳斗……? 岳斗の声が聞こえて、大部屋の方に振り返った。 岳斗は変わらず、胸から薔薇花と茎を出して、寝ている。
「ぁ……。 俺の幻聴か……」
瞬間、岳斗との思い出が脳裏を駆け巡った。




