二つの世界に宿る秘密
北海道 十勝
牛たちは暑さ対策の為に、クーラー付き牛舎内に収容している。 誰もいない牧場を広く見回せる高台に生えた大樹の影に北三郎が腰を下ろしている。 首のタオルで汗を拭きながら、空を見上げる。
「岳斗……。 シャルル……。 今どこでどうしてるんだろうな? 楽しんでいるといいんだが」
一言呟き、横に置いた麦わら帽子を手に取った。 そして帽子をかぶって、立ち上がった。
「さて、牧草を見てくるか。 そろそろ収穫だし、様子を見とかねーとな」
高台を降りて、平地の木影に止めてあった軽トラに向かう北三郎。 と、目の前に黒いゲートが現れた。
「……ッ!? なんだ、この黒い渦は?」
警戒して数歩後ずさる。 と、ゲートが波打って、1人の男が出てきた。 彼の顔を見た瞬間、北三郎の目が大きく開かれた。
「な――」
「ようやく会えたな。 澤宮北三郎」
ゼロ・ラグナイド。 凶暴化した岳斗に切り刻まれたはずのゼロだった。 北三郎が額から大量の汗を流し始めた。 暑さだけのせいにするには多すぎる。
「嘘だろ……? これって……ドッペルゲンガー!?」
「まあ、そうとも言える。 なぜなら、貴様は俺という存在から作られた――いわば、クローンのような存在だからだ」
「ク、クローン?」
「おっと、話しすぎた。 貴様を訪ねたのは他でもない」
黒いゲートに手を突っ込んで、愛用の大剣を取り出した。 そして、北三郎を見据えながら言った。
「貴様には死んでもらう。 この世界の運命の為にな――」
言い終わると同時に剣を斜めに斬り下ろす。
「ッ!」
咄嗟に左に跳んだ。 振り下ろされた剣が地面に激突し、衝撃波が前に走り始め、高台と大樹を真っ二つに切り裂いた。
「ッ……! なんて威力だ!?」
驚きながらもすぐにゼロの方を振り向き、格闘式の戦闘態勢を整えた。
(どうする……? 車は奴の後ろだ。 何とか攻撃を避けて、隙をついた一撃をお見舞いするしかねえ!)
作戦を立て終え、ゼロ目掛けて走り始めた。
「クク、死を急ぎたいか。 まあ、良かろう」
横から剣を薙いだ。 瞬間、北三郎が上体を下ろして、小さく転がった。
「む……!」
「はぁッ!」
回転の勢いを利用して立ち上がり、右拳をゼロの脇腹に叩きつけた。
「……クク、いいパンチだな」
「バカな!? 渾身のパンチなのに!」
フードの下は黒シャツ一枚を挟んだのみで、皮膚の感覚を感じられた。 しかし、ダメージは与えられなかった。 動揺する北三郎。
「この俺に触れられただけでも褒めとくぜ。 あばよ」
肩を上げて、剣を上から突き刺す。 北三郎も動きを予測して、跳んだ。 そして、体を回転させて、空中回し蹴りをゼロの頭にかまそうとした。
「うおりゃあああーーーッ!」
しかし、北三郎の右足がゼロの頭に届く前にゼロの剣が地面に突き刺さった。 その衝撃波に押されるようにゼロ周辺の地面と北三郎が空中に大きく飛び上がった。
「うわあああッ!」
加速度を失って、落下を始める北三郎。 と、ゼロが上に剣を構えて、腰を下ろした。
「クク、運はなかったな。 空中では動けまい、死ね!」
ゼロが跳んだ。 その勢いで落ちていく北三郎を刺そうとした。 北三郎の体に冷や汗が流れ始める。
(くそったれ……! これじゃ、まるでスワンプマンじゃねえか! 死にたくねえ……ッ!)
「させません」
「え――」
近くで白い髪を束ねた女性が瞬間転移で現れ、手をかざして光線を発射した。
「ッ!」
ゼロが反応し、咄嗟に光線を叩き落とした。 しかし、その反動で数メートルほど後ろに飛ばされた。
「チッ……あんたかよ。 邪魔すんじゃねーよ」
「貴方こそ何をなさっているのです」
北三郎は突然の展開に驚きながらも、着地した。 女性の方を見る。
「え……?」
北三郎の目が大きく見開かれた。 髪こそ白いが、顔や髪型・体型を見て、確信した。
「邦子――?」
その女性――邦子が口を開いた。
「貴方が北三郎さんですね。 訳あって、今は邦子さんの体をお借りしています」
「あ……あんたは?」
「エリス・フィッシャー……この世界ではそう名乗っています。 そして、貴方を襲ってきた人はゼロ・ラグナイドです」
「あ、あぁ……」
北三郎が力なく頷く。 と、遠くからるり子が息を切らしながら走って来る。 エリスの横に来たところで、腰を下ろして肩で息をしている。 汗も滝のように流れ出していた。
「はぁはぁはぁ……。 一体何なの? 邦子さんが突然何かに取り憑かれて、髪が白くなるし、何故か北三郎さんのそっくりさんがいるし……」
「わかりました、説明しましょう。 ですが、人間の感覚では暑い環境のようですし、涼しいところに行くことをお勧めします」
「そうか……分かった。 なら、家まで車で送り届けるが……」
そこまで言って、ゼロとエリスを交互に見た。
「お前らのこと……信用していいのか? ゼロは俺の命を取りに来たからな」
「心配ない……と信じてもらうしかないでしょう。 私が見張っておきますので」
「……分かった、とりあえずは信用しよう。 だが、自分の方でも警戒はしておく。 それでいいか?」
「ええ、構いません。 ゼロ、いいですね?」
エリスがゼロを睨みつけた。 ゼロも肩をすくめて、同意した。
「……しょうがねえな、行くとしようぜ」
しばらくして、家に到着した。 るり子に紅葉たち3姉妹を預けて、車で英一郎のカフェに行ってもらった。 るり子の車が見えなくなったのを見届けて、居間に入った。 中では、エリス(邦子)とゼロ(マントとフードを横に置いて、黒シャツとズボンだけ)がテーブルを挟んで座っていた。 北三郎もエリスの隣に座った。
「それでお前ら、目的はなんだ? 確か、さっき世界の命運のために死ねって言ったような……」
「あぁ。 一言で言うと、今の世界は滅亡の運命を歩んでいる」
「えっ!? どういうことだ……?」
「今、世界の命運を背負っているのは岳斗、加那江、シャルルの3人だ」
「ッ!」
思わず、北三郎の腰が浮いた。
「岳斗とシャルルが!? それに加那江も……? しかし、それと俺を殺す事との関係が分からねえぜ! 関係があるとすれば、俺の家族が命運を背負っているってくらいだよな……?」
「その岳斗とシャルルが死んだ」
「ッ――」
今度こそ完全に立ち上がった。 そこから凍ったように動けない。
「……え? えっ……は?」
ゼロを見据えた。 しばらくするうちに激怒が心の中で沸々と湧き上がってきた。
「お前……そんな事ぁ、冗談でも言うんじゃねえッ!」
テーブルに足をかけて、ゼロのシャツを鷲掴みにしながら、鬼気迫った表情で睨みつける。
「な……何だよッ!? その冗談はァッ! それともお前が……殺したのか!?」
「待ってください! 殺したのはゼロではありません」
エリスが横から北三郎の肩を掴んだ。 北三郎が振り返る。
「えっ? ……なら、誰って言うんだよ!」
「ツォン・クリラーディです。 またの名も不知火光、私とゼロの息子です」
「なッ! む、息子!?」
「ええ。 私は白神凪、嫁いでからは不知火凪になりました。 ゼロは不知火零とも名乗ります。 そして……ここからは落ち着いて聞いてください」
「え……?」
正直最初から落ち着いて聞けない情報だらけだったが、そのせいで逆に感覚が麻痺し、黙って頷いた。
「では言います。 ……この世界は元々あった世界を私が複製した並行世界なのです」
…………
……………………
………………………………えっ?
「貴方は零という存在を複製した存在。 岳斗は夜――光の兄から。 邦子は……」
「ちょ……待て待て待て、待てッ!!」
我に帰った北三郎が慌てながら、エリスに制止をかけた。 そのまましばらく口を開けたまま声が出ない。 人差し指をゆっくりエリスの方に動かして…………言った。
「……待て。 えっと………………………………何を言ってるんだ」
「事実を言っています」
エリスの一言で、衝動的にテーブルを拳で叩き下ろした。 2人とも表情を変えないでいる。
「いいや、今のは質問とは違うッ!! 俺は質問を言ってるんじゃねえッ!!! 疑問はあるが、質問ではないッ! 大体、俺の命の恩人だったが、あんただって十分怪しいッ! いきなり邦子の体を乗っ取って、勝手に味方ヅラしてんじゃねえーーーーーッ!!!!!」
極限の混乱でエリスに声を荒げた北三郎。 しかし、体は邦子なので、乱暴に掴みかかれない。 歯を食いしばって、飛び掛かりたいのを堪えているとエリスが頭を少し下げた。
「あぁ、言われてみればそうですね。 いきなり、ご家族の体を知らない人に乗っ取られるのは、流石に無礼でした。 肉体を生成して、そこに邦子さんの魂を移しましょう」
言い終わると同時に、台所への扉の前に白い粒子が所々現れた。 粒子が集合し、人の形を作っていく。 数秒後、それは邦子になった。
「あっ……邦子!?」
北三郎が邦子?に駆けつけ、肩を掴んだ。
「おい、邦子! 邦子なのか?」
「えっ……? 北さん……?」
「その声は邦子……待てよ? 念の為に確認しよう。 えっと……俺と邦子が付き合ったばかりの時、俺が出来心で浮気した女の子の名前は?」
「ええっ、私たちしか知らないとはいえ、ぶっ飛んでる質問ね! んん……レイチェル」
「正解。 そのレイチェルの家にお前が乗り込んで、大騒ぎになったよな」
「うん、よく覚えてるよ。 結局、レイチェルの叔父さんの仲介で3人とも仲直りしたっけ」
「クエスチョン! レイチェルの叔父さんが高校2年生の時、どんなスポーツの大会に出場して、どんな結果になった?」
「アイスホッケー! 1961年、ミックスフォードアカデミー主催の第52回大会! それで、叔父さんはレッドフォックスというチーム名だったね。 ええと、準決勝戦でグリーンイーグルと46−54で敗退したけど、他のチームと比べて最も多く得点を取れたって自慢してたっけ。 実際グリーンイーグルは優勝したしね」
「やれやれ……そんな細かいところまで覚えてるとあっちゃ、本物だな。 疑って悪かったぜ」
「いや、気にしないで。 それより、エリスを通じて、今までの話を聞いたけど……」
そこから先が続かない。 唇がこれ以上ないほど重いが、なんとか動かし始める。
「岳斗とシャルルが…………その、死んでるって」
「いや、正確に言うと死ぬ運命はまだ確定されていない」
「え」
北三郎と邦子が同時に声を揃えた。 ゼロが続けて言う。
「ジョー! 岳斗とシャルルをここに連れてこい!」
瞬間、隣の大部屋に黒いゲートが渦巻いて、そこからジョーが現れた。 右肩で大きい直立体の氷を担いで、左腕で小さい氷を抱えていて、それぞれ岳斗とシャルルが入っている。
「……氷?」
「これは漆黒の魔粒から肉体を保護する特殊な氷さ。 中に入ってるよ」
「んなッ! シャルルと……あれ? 誰なんだ?」
ジョーが岳斗とシャルルを畳に置いて、指を鳴らした。 瞬間、2人を覆う氷が一瞬で霧散した。 2人を畳に置いて、岳斗の上半身の服を脱がせると体を所々抉られて、心臓がない穴が目立つ。
「……ッ!」
「マダム邦子、座布団ないかね?」
「えっ……ああ! 今持ってくるわ」
岳斗のベッドにある枕を持ってきて、ジョーに手渡した。枕を入れようと横向きにしたその時、背中を傷つけた大きい三本の傷が目に入った。瞬間、北三郎が驚いて、叫んだ。
「……ッ! この傷はッ! 岳斗に違いない!!」
「……ッ!」
北三郎と邦子が岳斗とシャルルの側に座って、呼びかけた。
「おい……ッ! 岳斗! シャルル!」
「今は目を覚まさないよ。 これから2人の生命維持薔薇をつけるが、いいかね?」
「えっ……よく分からんが、それで何とかなるならとっととやってくれッ!」
「了解した」
ジョーがそれぞれの手を岳斗とシャルルの胸にかざした。 瞬間、2人の胸を突き破るように薔薇が咲いた。 さらに花の根本から何十本ものの茎が生えて、畳を貫通しながら地下を掘っていく。
「これでこの星の生命エネルギーを吸い取って、2人に送ってくれる」
「ああ、ご苦労さん。 2人の様子を見ててくれ」
ジョー、岳斗、シャルルが見えるように襖を開いたままにしておく。 北三郎たちは再び居間に戻って話を再開した。




