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汚いこの世界で唯一美しいもの  作者: 濵之字
出会い
3/6

第2話 必要のない嘘

 就職祝いとしてレディースのリクルートスーツを買ってもらった。普通の人なら嬉しいものだと思うけれど、私はそうは思わなかった。


      《私は大学に行きたかった》


 高校2年生の秋頃、母は私に淡々と言った。

「あなたは進学じゃなくて就職だからね」と。

周りの子たちが希望を抱いて大学生活をスタートしている中、私はパソコンとにらめっこする生活がスタートした。それでも必死に仕事をしていたのだけれど、会社には馴染めなかった。なぜかというと、私が体を売っているなどの身に覚えがない噂が会社中に広まったからだ。

 噂を広めていたのは同期の子らしいのだが、彼女がなぜそのような事をしたのか今でもわからない。

小さい会社だから噂はすぐに広がり、私は会社内で孤立した。元々就職なんてするつもりも無かったし、その上会社でも孤立してしまったので私は会社を辞めると母に伝えた。

 しかし、母はその時も淡々と私に言った

「それはあなたの問題でしょ。辞めるなんて許しませんからね。それに辞めたら約束した10万円はどうするの?」

 約束した10万円。

それは、入社式の前日にいきなり言われた。

月々10万円を給料日に母に渡すこと。嫌なら今すぐ家から出ていくこと。無茶苦茶なことを母は私に言った。無茶苦茶だと思ったが、私は「わかった、10万円ね」と言った。

 怖かった。とにかく母が怖かった。父が出て行った理由がこの時何となくわかった気がした。


 1年、2年と時間が流れていった。人の噂も七十五日というが二十歳になった今でも私は孤立している。

 

        《さすがに限界だ》

 

今朝、退職届を上司に渡したらあっさりと受理された。最後に行った業務は私が使ってたデスクの片付けだった。

「仕事の引き継ぎは……」

と言った私に上司は、

「あー大丈夫だから、今までお疲れ様でした。」

と、こうなると思ってたと言わんばかりの対応だった。

 会社から家に帰り、玄関で靴も脱がず鞄も肩に掛けたまま母に仕事を辞めたと伝えた。

 それを聞いて母はまた淡々と私に言った

「あたなんか、もういらない。さようなら。」

それを聞いて私は家から飛び出した。外は雨が降っていたが、傘も持たずに家から出た。


       《嫌だ、嫌だ、嫌だ》


 何が嫌なのか解らないまま、そう思いながら走り家から離れていった。

 走って行った先にコンビニがあった。買いたいものは無いが中に入った。びしょ濡れになった体から雨を滴らせながら店内を歩いている、ハサミが目に入った。

「税込580円…。」

呟き鞄の中から財布を取り出し中を見ると、2500円ほど入っていた。私はハサミを購入した。レジで対応してくれたアルバイトの人は私を見るなり、難しい顔をしていたが会計を済ませてくれた。


 コンビニを出てから近くの公園に行った。ベンチに座り、ハサミで手首を切ろうとしたが体が動かなくて出来なかった。代わりなら何故か髪を切っていた。今まで人生で一番短く髪を切った。そこから先は自分でもよくわからない、川沿いの道をひたすら歩いた。大雨でしかも2月、寒いというか痛かったがそれでも歩き続けた。

「明るい」

目に入ったのはネオンの街だった。

小さい頃、確か子供だけでは行ってはいけないと大人たちから言われてた場所だ。

でも私はそっちの方に進んで行った。その後は右へ左へ、思ったのはやっぱり子供が来る場所ではないということ、あと汚い街だと思った。

奥の方に進んでいくとアパートあることに気がついた。ボロボロのアパート、壁の塗装は所々剥がれていて鉄部は錆びれていていかにも古いアパート。

「あっ」

目に入ったのはグレーのパーカーだった。

背中に大きくとロゴがプリントされていて、今では雨でびしょびしょになっていて可愛そうな姿になっている。でもなんか懐かしいような気もする。


 そうだ、私は知っている。あのパーカーを見たことがある。確かあれは、いつだったか。たまたま中学校のクラスメイトだった男の子と駅で会ってその時その子が着てたような気がする。あまり関わりは無かったが大人しくてあまり目立たないような人で、

名前は……覚え出せない。それでも私は、そのパーカーが干してある2階の部屋の前に行った。扉には表札もなにもなく部屋番号だけが書いてある。ついチャイムを押そうとして、ハッとなった。


       《私は何をしてるの?》


そう考えてしまうと体が動かなくなった。結局チャイムは押さずその場に座り込んでしまった。

 雨はますます強くなり、体はどんどん冷えていく。もうどれくらい座ってるのか解らない。解るのは体が動かないということだけ。


カツ、カツ、カツっと音が聞こえた。

誰か来た。怖い。怖かった。

視線を感じたが、しかし顔を上げる事は出来なかった。何秒か雨の降る音だけが聞こえて、その後声が聞こえた。


「あの、そこ僕の部屋なんですけど何かご用意ですか?」


声をかけた時、体をビクリとさせこわばらせてしまった。でも、知ってる声だった。あのパーカーを着ていた彼の声だった。でも、すぐに顔を向こう側に向ける事は出来なかった。2、3秒俯き深呼吸をしてそれから顔を向けた。

 間違えない、彼だ。記憶の奥の方にしまわれていた彼の顔そのものだった。返事を返そうと思って息を吸ったがしかし、何と返事をしていいのか、言葉が出なかった。そうすると彼からまた声をかけられた。それは思いもよらない言葉だった。


「えーとっ、はじめまして。僕は、川端 仁です。君、名前は?」


まさかはじめましてと言われるとは思ってもいなかった。しかし、私はその「はじめまして」につられて返事を返してしまった。


「はじめまして、すずです」


私の第一声は、必要のない嘘だった。

 

ご覧くださりありがとうございます。

感想やアドバイスがありましたらコメントしていただけるととても嬉しいです。


あとTwitter始めました。

濵之字 @hamanoji_ で活動を始めます。よければそちらの方もチェックしてみて下さい。

ありがとうございました。

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