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転生した脇役令嬢は、国一番の冷酷公爵をヤンデレにしてしまいました  作者: 桔梗


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6/10

なんだか、雲行きが怪しいです

王宮の大広間は、春そのものだった。

天井から吊るされた巨大な玻璃の燭台が、磨き上げられた白い床へ金色の光を落としている。

壁際には白薔薇や薄桃色の薔薇が惜しげもなく飾られ、開け放たれた窓からは夜風に乗って花の香りが流れ込んでいた。


「綺麗……」


思わず呟く。

こういう瞬間だけは、自分が前世で読んだ小説の世界にいることを忘れそうになる。

ーー挿絵には描かれていなかった音。

ーー文章では伝わらなかった香り。

ーー背景としてしか存在しなかった人々の声。

ここにいる人間は、誰もが自分の人生を生きている。

もちろん、リゼもその一人だ。


「リゼ!」


聞き慣れた声に振り返ると、友人であるアメリア・ロズウェル子爵令嬢がこちらへ歩いてきた。


「やっぱりいた!」


「あら、ごきげんよう。アメリア」


「その言い方。せっかくのデビューなのに全然楽しそうじゃないわね」


アメリアが笑う。

こういう、何でもない会話が好きだ。

王太子も、聖女も、悪役令嬢もーー関係ない。

普通の令嬢として、普通に友人と話す。

そう、私はこれでいい。


「そうだ!」


アメリアが、急に私の腕を掴む。


「聖女様、見た?」


「まだよ」


「ほら!」


アメリアが大広間の中央を示す。

人垣の向こうに、王太子がいて、その隣で、セシリアが微笑んでいる。


「……」


彼女は、前世で見た挿絵より、ずっと綺麗だった。

原作で、彼女の金髪は、『春の光を溶かしたよう』と表現されていた。

大袈裟だと思っていたけれど、今ならわかる。


「綺麗でしょう?」


アメリアが言う。

その言葉を聞いた瞬間ーー鼓動が早くなるのを感じた。


この場面だ。

原作第三巻ーー私が登場するところ。


(ーーよし!)


なんだか、試験本番のような気分だ。

アメリアの隣にいた令嬢が、ため息混じりに言った。


「まるで物語のお姫様みたいだわ」


私はセシリアを見る。

そして、原作通り言った。


「まあ、本当にお綺麗な方ですこと」


一言目は無事に言えた。


ーー次に、別の令嬢が「さすが聖女様ですわね」と言ったので、私は微笑む。


「ええ。さすが聖女様ですわね」


リゼの胸の中では盛大な拍手が鳴り響いていた。


(やった!終わった……!!)


ーーこれで終わり。本当に終わりだ。

原作におけるリゼ・アスティメイラの役目は、これで全部。

ここから先、彼女は物語に登場しない。

なら、もう何も怖がる必要はない。


この一年、物語は原作通りだった。

そして今夜の自分の役割まで、きちんと原作通りに終わった。

やっぱり、大丈夫だったのだ。

一年前ーー、私がイヴァンへ手を貸した程度で、物語が変わるはずなどなかったのだ。


(ーー自由だ!!)


「……リゼ?」


「何?」


「なんでそんな晴れ晴れした顔してるの?」


「人生の大仕事を終えた気分なの」


「何言ってるのよ。聖女様を褒めただけじゃない」


「私にとっては重要なの」


「変な子ね」


(いいわ、何とでも言ってちょうだい!)


私は今ーー、最高に気分がいいから。

この一年、原作通り。

そして、今夜ーー私の出番も原作通り。


やっぱり、あれくらいじゃ何も変わっていないんだ。

一年前、イヴァンをほんの少し助けたことくらい、物語にとっては何でもなかったのだ。


***


私は給仕から葡萄のジュースを受け取ろうと、壁際へ向かった。

ーーその途中で不意に、背中へ視線を感じた。


「……?」


立ち止まる。

気のせいだと思い、そのまま歩こうとした。

けれどーーどうしても気になってしまった。


そして、ゆっくりと振り返ると、大広間の反対側ーー何人もの貴族に囲まれた、イヴァン・ハインリヒがいた。

そして、目が合ってしまったのである。

夜をそのまま纏ったような黒髪。

血を思わせる赤い瞳。

漆黒の正装には銀糸で精緻な刺繍が施され、腰には儀礼用の剣。

一年前、毒に侵されていた彼にはどこか青年らしい危うさがあった。

けれど、今のイヴァンにはそれがない。


(……大丈夫よ、大丈夫)


私はすぐに視線を逸らした。

お願いだから、こっちへは来ないで。


ーーそう祈っていた時だった。


「一年ぶりだな」


私は、恐る恐る振り返った。

赤い瞳が、真っ直ぐにこちらを見ていた。


「……」


どうしてーーさっきまで、あんなに離れたところにいたはずなのに。


「……ごきげんよう。何か、ご用でしょうか?」


私は微笑んだ。

自分でも、ひどく間抜けな挨拶だと思った。

イヴァンの瞳が、ほんのわずかに細くなった。


「……覚えていないのか?」


「はい?」


「俺を」


「……もちろん存じ上げております」


私は笑顔を崩さない。


「イヴァン・ハインリヒ様ーーいえ、ハインリヒ公爵ですよね?」


「ーーそういう意味ではない」


イヴァンは、しばらく私を見つめる。

その視線が顔をなぞる。

ーー髪。

ーー目。

ーー口元。

まるで、自分の記憶と照らし合わせるように見ていた。


「正直ーー顔には、自信がなかったんだ」


「……え?」


「あの夜は暗かったし、毒も回っていたからな」


(ーーなら、まだ誤魔化せるかな?)


「でも、声は覚えていた」


私の儚い希望は、一瞬で消えた。


「お前が関わりたくないと言ったから、この一年、探さずにいたんだぞ」


「なんのことだか……」


「ーー最初は、借りを返したかっただけだと思う」


「……」


「だが……、いつまで経っても忘れられなかった」


「……」


「忘れろと言われたから」


一度、息を吐く。


「忘れようともした」


「……」


「それでも駄目だったんだ」


「……」


「だからーー今度こそ、お前の名前を、教えてくれ」


「……」


一年前、何度も拒絶した質問だ。

でも、今はもう逃げられない。


「……リゼ」


私は小さく答える。

イヴァンが、聞き逃すまいとするように、私に顔を近づける。


「リゼ・アスティメイラ……です」


「……リゼ」


初めて名前を呼ばれた。

イヴァンはそれからしばらく、何も言わなかった。


「そうか」


そして、ほんの少し笑った。

ーーその瞬間、大広間がざわめいた。

私は意味がわからず、周囲を見渡す。

何人もの令嬢がこちらを見ている。


(……どうして?)


アメリアまで、呆然としていた。


私はイヴァンを見る。


「……ハインリヒ公爵」


「イヴァンでいい」


「……結構です」


「なぜだ?言ってみろ。ほらーー」


この感じだと、言うまで引いてくれそうにない。

私は観念して、小さい声で「……イヴァン様」と言った。

イヴァンは、満足したように微笑んだ。


「ああ、なんだ?」


「あの……」


私は姿勢を正す。


「名前もわかったことですし……」


「……」


「これで、一年前のことは、全部終わりですね」


イヴァンの表情が曇る。


「……何?終わりだと?」


「……ええ」


「なぜだ?」


純粋な疑問のようだった。


「なぜって……」


赤い瞳が、まっすぐこちらを見る。


「だって……あなたは、私が誰だったのか気になっていたのでしょう?」


「ああ、そうだ」


「なら、もう知れたので……満足なのでは?」


私は戸惑っていた。

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絶対絶命!?…の予感♪が…ドラマチックに押し寄せる! (はょ~♪!щ(゜▽゜щ)次!次!)
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