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転生した脇役令嬢は、国一番の冷酷公爵をヤンデレにしてしまいました  作者: 桔梗


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4/10

軌道修正?

「……!」


ーーその瞬間。

自分が何をしたのか気づいた。


(待って……)


まずい。

セシリアに見つかってはいけない。


今夜の私は、アスティメイラ男爵家の娘として正式に夜会へ出席している。

まだ社交界へ本格的に出てはいないとはいえ、父と一緒に挨拶回りもしている。

もしセシリアに顔を見られたらーー後になって、

『ハインリヒ様と一緒にいた方』として身元を辿られる可能性がある。

ーーそれだけは絶対に駄目だ。


イヴァンだけではない。

セシリアとも関わってはいけない。

セシリアはこの物語のヒロインで、神殿から正式に認められた聖女。

そしてこれから、王太子や王族たちと深く関わっていく人物なのだから。

私は脇役らしく、物語の外側にいなければならない。

だから、イヴァンと一緒にいるところを、見られていいはずがない。


(私の馬鹿!どうして呼んじゃったのよ!)


「どなたかいらっしゃるのですか?」


セシリアの声が近づく。


(どうする……!)


セシリアがこちらへ向かって歩いてくる。

私は咄嗟に大樹の影へ身体を滑り込ませた。


「こちらに……人が倒れています!」


できるだけ顔を出さずに、声だけを飛ばす。


「……え?」


「毒を盛られたようです!」


セシリアの足音が速くなる。


「毒!?」


「はい!お早く!」


(よし、完璧でしょ!)


セシリアは声を頼りにこちらへ来ているようだ。

あとは、私が彼女がこちら側へ回り込む前にここから消えればいいだけ。


振り返ると、イヴァンがこちらを見ていた。

意識はぎりぎりあるようだ。

意識朦朧の中、赤い瞳はまだ私を追っている。


「……行く……のか?」


「ええ」


私は小さく答えた。


「聖女様が来てくださいましたから、もう大丈夫ですよ。安心して下さい」


「名前を……」


ーーまただ。

私は首を横に振る。


「ごめんなさい」


「なぜ……」


「先ほども申し上げましたでしょう?」


私は微笑んで言った。


「これ以上、関わりたくありませんから」


「……」


近づいてくる足音ーー時間がない。


「あなたには今から、きちんと助けてくださる方が来ます」


そうーー本来、あなたが出会うべき人。

あなたを助け、あなたが心を寄せ、物語を動かしていくヒロイン。


「ですからーー今日のことは、どうか忘れてくださいませ」


私は一歩後ろへ下がる。


イヴァンが何かを言おうとしている。


ーーその時、大樹の向こうからセシリアが登場した。


「大丈夫ですか!?」


(ヒロインきたーーー!!)


私はイヴァンへ向かって、咄嗟に口元へ人差し指を立てた。


――言わないで。

という意味を込める。

通じたかどうかはわからない。

そして、イヴァンがいる場所の反対側ーー薔薇の生垣に沿って、静かに後退する。

幸い、王宮の薔薇園は複雑な造りになっていた。

庭師たちが手入れに使う細い通路が、生垣の裏側へ続いている。

私はそこへ滑り込み、ドレスの裾を両手で持ち上げ、走った。


「まあ……!ハインリヒ様!?どうなさったのですか!」


背後からセシリアの声がした。


(……よかった)


そして、次の瞬間ーー生垣の向こうから柔らかな白い光が漏れた。


ーー聖女の力だ。


(これで原作通りね。軌道修正成功だわ!)


このあとは、セシリアが毒を弱め、イヴァンは助かる。

そしてーー彼は聖女へ興味を持つ。

そこから、本来の物語が始まるのである。


「……」


私は歩きながら、自分へ言い聞かせた。

大丈夫、何も変わっていない。

少しーー余計なことをしただけ。

名前は言っていないし、身分も明かしていない。

顔だって、毒で意識が朦朧としていたから、きっとーーすぐに忘れるだろう。

いや、忘れてもらわなくては困る。


なのに、なぜだろう。

胸の奥に小さな棘が刺さっている。


ーー『何も望まず、他人を助ける人間など――いない』


イヴァンの、あの言葉。

信じられないものを見るような赤い瞳。


(駄目よ!)


情を移してどうする。

彼は原作の主要人物。

私は脇役。

生きる場所が違うのだからーー。


今夜限り、それでいい。

そうしてーー私は薔薇園を後にした。


***


「……ハインリヒ様?」


セシリアは、倒れているイヴァンの胸元へ手を翳した。

淡い光が掌から溢れる。


「これは……かなり強い毒ですね……」


苦しそうに眉を寄せる。


「でも、大丈夫ですよ!」


光がイヴァンの身体を包む。

荒れていた呼吸が、徐々に穏やかになっていく。


「……」


イヴァンはゆっくり瞼を開いた。

最初に目へ入ったのは、月明かりを受けた金色の髪の美しい少女。


「よかった……!」


セシリアが微笑んだ。


「お気づきになったのですね」


「……」


「安心してください。もうすぐ人を呼びますからね!」


原作ならここでイヴァンは、自分を救った聖女を特別な存在として、セシリアを見る。

けれどーーイヴァンの赤い瞳は、セシリアを見ていなかった。


「……?」


セシリアが不思議そうにイヴァンを見ている。


「どうかなさいましたか?」


「……女は」


「はい?」


掠れた声。


「ここに……女がいただろう」


セシリアは少し考える。


「確かに、先ほど、声は聞きましたが……でも、姿は……」


そこまで言って。

首を傾げた。


「……そういえば、お見かけしていませんね」


「……」


「ハインリヒ様?」


『今日のことは、どうか忘れてくださいませ』


「……」


イヴァンは、そっと目を閉じた。


女の顔を思い出す。

ーー淡い髪。

ーー揺れる瞳。

ーー呆れたような声。


「……ハインリヒ様?まだお加減が優れませんか?」


セシリアが。

心配そうに呼びかける。


「……いや、問題ない。感謝する」


ーーその日の夜、イヴァンがいつまでも考えていたのは……

聖女セシリアのことではなく、名前すら知らない女のことだけだった。

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