脇役令嬢なので、物語には関わりたくありません!
ーー王宮の薔薇園。
夜会の喧騒から遠く離れたその場所で、私は一本の大樹の陰に身を隠していた。
その向こうで、白い石畳の上に、一人の男が倒れている。
夜空を写したような黒髪、ルビーのように赤い瞳。
そして、苦痛に歪んでなお恐ろしいほど整った横顔。
間違えようがない。
彼は、イヴァン・ハインリ。
ハインリヒ公爵家嫡男にして、王国が誇る聖騎士団団長である。
そしてーー、(原作最大級の地雷男……!)
私は両手で口を押さえた。
叫ばなかったことを褒めてほしい。
「……っ」
低いうめき声が響いた。
肩がぴくりと跳ねる。
イヴァンが胸元を押さえた。
顔色が悪い。
唇にもほとんど血の気がなかった。
ーー毒だ。
(あれ……そういえば……、毒って誰に盛られたんだったっけ?)
所々記憶が曖昧だがーー、私は知っている。
今夜、イヴァンは毒を盛られ、この薔薇園で意識を失う。
そこへ偶然通りかかったセシリアが彼を発見し、セシリアは聖女の力で毒を浄化し、イヴァンの命を救うのだ。
それが、二人の最初の出会いであり、イヴァンがセシリアへ執着する、すべての始まりだった。
私は周囲を見回した。
ーー誰もいない。
ここには、倒れている次期冷酷公爵ーー、そして脇役令嬢一名。
嫌な予感しかしない。
(……セシリアは!?)
いや、原作通りなら来るはずだ。
夜会で酒に酔った貴族に絡まれたセシリアが、逃げるように庭へ出て噴水の近くでイヴァンを発見するーーその場面を私は覚えていた。
なぜなら、その場面には挿絵まであったから。
ーー月明かり。
ーー白薔薇。
ーー倒れたイヴァン。
ーー彼に手を差し伸べる金髪の聖女。
とても綺麗な場面だった。
私がするべきことは簡単である。
何もしない、ただそれだけだ。
あと数分もすれば、本来ここへ来るべき人が来る。
私は脇役だ。
物語の歯車に指を突っ込んではいけない。
(帰ろうっと)
私はそっと一歩下がった。
ーーその時。
「……誰だ」
嫌な汗が背中を流れる。
いや、何も聞こえない。
私は何も聞かなかった。
(うん、早く帰ろう。帰らなきゃ!)
「そこにいるのは分かっている」
(……ですよね)
私は観念して木陰から顔を出した。
「……こんばんは」
我ながら間抜けな挨拶だった。
地面に倒れている人間へ向かって言う台詞ではない。
イヴァンの赤い瞳が、ゆっくりと私を見る。
その目を見た瞬間。
ぞくり、と背筋が冷えた。
綺麗だった。
そして怖かった。
原作の挿絵よりずっと鋭く、ずっと冷たい目だった。
アルヴィスが石畳へ片手をついている。
肩で息をしていた。
額から汗が落ちる。
さっきより明らかに悪化している。
(こんなに苦しそうだったっけ……)




