第九話 収納取出速度
それぞれ朝食を終え、食後の茶で一息ついていた時。
不意に「あ、そうそう」とセインが声を上げた。
「グレイヴにお願いがあるんだけど」
「ヤダ」
「即答!?せめて聞いてから断ってよ」
不服そうに顔を歪ますセインに「断っていいなら聞く」とグレイヴは素っ気ない。
「なんか俺への対応酷くない?」
「因果応報」
「だな」
ルシエルも黙って頷き、セインは「ええー」と肩を落とした。
「……で、何?」
仕方ない、とばかりに頬杖をつくグレイヴに、セインは腰元のフックから己の籠手を外して差し出す。
「収納取出速度上げて欲しいんだよね」
ごとりとテーブルに置かれたそれは、グレイヴと同じく重装タイプのもので、彼の鎧と同じく白い塗装がされている。
手に取ることはせず眺めていたグレイヴは、紋章の赤線を見て眉を顰めた。
「あんた、一級だったのかよ」
「あれ?気付いてなかった?」
きょとりと目を瞬かせるも「ま、そんなに人の紋章マジマジ見ないよね」と納得して「それより」とグレイヴの方に籠手を押しやる。
「お願いできないかなー?」
「ムリ」
またしても即答で断られ、セインが頬を膨らませた。
「なんでさ!」
「ルシエルに勝手に改造するなって言われてる」
あんたも聞いてただろ、と言われセインが「ぐ」と言葉に詰まる。
「……妙なとこ生真面目だよね、君」
がっくりと項垂れるセインを尻目に、レオンがグレイブに視線を投げる。
「改造って何したんだ、お前?」
「収納の取出速度上げた。…ら、勝手に改造するなって怒られた」
「支給品の改造は処罰の対象だと言ったまでだ」
淡々としたルシエルの声が割り込む。
「それを強要しようとする者も処罰対象なんだがな」
目を細めセインを見据えるルシエルの声は低い。だが、セインは「だって絶対有用でしょ」と譲らない。
「緊急時の武器の取り出し時間のラグは命取りだよ?」
「あー、まぁ、それは確かにもうちょい早い方がありがてぇな」
レオンもセインに同意し、グレイヴに向けられる期待の瞳が増えた。
だが、グレイヴはレオンを一瞥してあっさり首を振る。
「レオンのはあんまり変わらねぇと思うぞ?」
「なんでだよ」
「お前の武器、軽いから」
「…………軽い」
レオンの耳が一瞬だけ後ろに流れ、尻尾がすとんと落ちる。そんなレオンを置いてけぼりにしたまま、グレイヴは当たり前の事実を述べるように淡々と理屈を説明しだす。
「収納空間から取り出す時って、斥力で押し出してんだよ」
「斥力?」
「空間側が“重さ”を感知して反発する。重いほど押し出しが強くなる」
「意味がわからん」
レオンの言葉に、グレイヴはしばし考え「つまり」と続けた。
「俺の武器は“勝手に飛び出す”。お前の双剣は“制御して押し出す”」
だから変わらねぇ、と言いながらグレイヴはカップに残っていたお茶を飲み干した。
レオンが腕を組んで納得の声を漏らす。
だがそれ以上に、セインが「名案を思いついた」と言わんばかりに身を乗り出してきた。
「それって俺にはめちゃくちゃ相性良いってことだよね?」
「知らん」
あんたの戦い方に興味ない、とグレイヴはばっさりだ。
「ねぇ、もうちょっと俺に興味もたない?」
「もたない」
「ちょっとぉー」
塩対応しか返さないグレイヴに見切りをつけ、セインはターゲットを変更した。
勢いよくルシエルの方を向くと、身を乗り出す。
「許可!出して!今すぐ!」
ルシエルは大きく息を吐き出した。
「今すぐには出せん。支部長と協議の上で決定する。──グレイヴ」
名を呼ばれ、グレイヴはルシエルに視線を合わせる。
「収納取出に関するレポートは提出できるか?」
「レポートほどまとめてないっす」
設計図とかメモ書きならあるっすけど、と答えるとルシエルは「それで構わん」と頷いた。
「明日、…いや明後日でいい。私のところへ持って来い。術式申請を通す。それと、可能ならば作業手順書をまとめておいてくれ」
「わかったっす」
「──いいのか?」
不意に、ルシエルの声のトーンが落ちた。真剣な眼差しを向けられ、グレイヴは小首を傾げる。
「何がっすか?」
「お前の技術を取り上げる形になる」
ルシエルの言葉に、セインやレオンも口を噤んでグレイヴに視線を集めた。だが、当の本人はけろりとした顔で返した。
「別に取り上げられるとか思わないっすよ」
それに、とグレイヴは心底嫌そうな顔をした。
「こんなふうに一々詰め寄られるくらいなら、一般普及してもらった方が良いっす」
一瞬の沈黙の後、「そうか」と、ルシエルは静かに苦笑した。




