第十話 打ち合い
意識が浮上する。
窓から差し込む陽射しが、部屋の床を白く照らしていた。
眩しさに顔を顰めながら身を起こし、グレイヴはぼんやりと窓を見る。
「……昼?」
誰に問うでもなく呟き、軽く首を回した。
あの後、部屋へ戻ったグレイヴはそのまま作業へ取り掛かろうとして──。
背後から無言で回ってきたレオンの腕に、容赦なく首を絞められる羽目になった。
『このまま強制的に落とされんのと、自分から布団に入るの……どっちがいい?』
凄みのある笑みで脅してきたレオンに降参し、素直に布団を被ったのが四時間ほど前の話である。
おかげで、すっきりとした目覚めとまではいかなくとも、疲労感は随分軽減されている。
ベッドから降りて、思いっきり伸びを一つ。
簡単に身支度を整え部屋を出る。──と、扉の横。
壁にもたれたレオンの姿があった。
「ぅわっ!」
驚いて肩が跳ねるグレイヴに「お前、相変わらず気配感知ザルだな…」とレオンは呆れ混じりの苦笑を浮かべた。
「……悪かったな、ザルで」
自覚があるだけに、声が小さくなる。
「つか、何でいんだよ?寝てる間ずっといたのか?」
「んな訳あるか。お前が動く気配がしたから様子見に来たんだよ」
肩を竦めるレオンをグレイヴはじっと見る。
「…………今までどこにいた?」
「自分の部屋」
「お前の部屋って、廊下の突き当たりだよな?」
「ん?ああ」
グレイヴはレオンの部屋のある方へと視線を向けた。
グレイヴの部屋との間には三つの扉があった。
「なんで俺が動いた気配わかるんだよ……」
「わかるだろ、それくらい」
「……わからねぇよ。魔力でも揺れたならともかく」
グレイヴは渋面を作る。
「そりゃお前がザルだからだろ?」
「……むぅ」
不服そうに唸るグレイヴを見て、レオンは声を出して笑った。
「んなことより、行くぞ」
打ち合いするんだろ?とレオンは先に歩き出す。
並んで宿泊棟の廊下を進む。
昼時のためか人影は少なく、窓から差し込む陽射しだけが白く床を照らしていた。
「そういや今、セインが見習い達の剣術指導してるらしいぜ」
「セインが?……出来んのか?」
余計なこと言って見習い泣かしそうじゃね?と続いた言葉にレオンは苦笑する。
「怒るんじゃなくて泣くのかよ」
「あいつに『君、才能ないんじゃない?』とか、あの胡散臭い笑顔で言われたら泣くだろ」
言いそうだし、とグレイヴは肩を竦めた。
「……否定できねぇな」
そんな他愛もない会話をしながら屋外訓練場へと辿り着く。
足を踏み入れた瞬間、乾いた金属音が耳を打った。
踏み固められた土の訓練場を囲むように石壁が高く築かれ、その内側には段状の観覧席まで設けられている。
円形闘技場じみた構造の中では、既に何組もの巡界士や見習いたちが打ち込みや模擬戦を行っていた。
その一角で、妙に目立つ白鎧が見えた。
彼の前に初々しい見習いたちが整列している姿を見て「マジでやってる…」とグレイヴは小さく呟いた。
「ああやって見ると結構サマになってんじゃね?」
「だな」
折角真面目に指導しているなら気を散らすのも悪いだろう、と訓練用の武器置き場へと向かう。
刃引きされた訓練用武器の並ぶ棚を眺め、グレイヴは眉を寄せた。
「……普通の剣しかねぇな」
「当たり前だ。訓練所だぞ」
レオンは呆れた視線をグレイヴに向ける。
「普通はお前みたいに武器にギミック搭載しねぇの」
言われグレイヴは「いや、でもなぁ…」と、手に取った剣を眺める。
「せめて第二固定軸くらいは欲しい」
「そりゃもう普通の武器じゃねぇんだわ」
言いながら、レオンは適当に一本抜き、軽く振る。
「あれ?お前もそれでいいのか?」
「別に問題ねぇよ」
「短剣とかないのか?」
「あるけど、訓練でわざわざ慣れた武器使う意味も薄いだろ」
レオンの言葉の意味を掴み損ねてグレイヴは一瞬、沈黙した。
「……訓練とは……?」
「どこに基準を置くかって話だろ」
周囲を見渡していたレオンが「あそこ空いてんな」と顎で示す。
「そういやお前、鎧は?」
「打ち合いならいらなくね?」
多少痣ができるくらいだろ、と事も無さげに言って、レオンが示した場所へと向かう。
「せめて籠手は着けとかねぇ?」
レオンの視線が腰のフックに吊られた黒い籠手へと落とされた。
「……うっかり色んなもん取り出しそうだからいい」
「………そうか………」
レオンは何とも言えぬ顔で頷く。
「さて、始めるか」
レオンの静かな声が鼓膜に届いた、その瞬間。
背筋が粟立った。
──ギィィィン!!
金属音が訓練場に弾けた。
「っ、いきなりかよ!」
踏み込みと同時に剣がぶつかる。
グレイヴが刃を斜めに差し込み、そのまま押し返す。
「戦場で待つかよ」
レオンが笑いながら体重を乗せる。
剣が軋む。
一瞬、圧が緩んだ。──その隙間に、腹へ衝撃が走る。
「っ……!」
後ろへ滑る。
だが止まる。
踏み止まって、すぐに振るう。
金属音。
レオンが横へ流れる。
「危ねぇ危ねぇ」
「余裕かよ」
踏み込む。
斬り上げる。
レオンが身を捻る。
刃が空を切る。
──その瞬間。
レオンの剣が首へ走る。
グレイヴの手が剣から離れる。
空中で柄を掴み直す。
体を捻って振り下ろす。
剣がぶつかる。
「……今のは無茶だろ!」
筋痛めるぞ!と顔を顰めるレオンに、グレイヴも負けず劣らずの渋面を作る。
「首落とす気だった奴に言われたくねぇし」
「落とすかよ」
「嘘吐け」
グレイヴは「あれは落としに来てた」とレオンを睨んだ。




