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黒鎧の魔道具技師-巡界士は副業です-  作者: 古河実


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第七話 大浴場

 湯船に並々と張られた、やや熱めの湯に浸かる。と、グレイヴの肩までがちょうど湯線に沈んだ。

 身体の緊張が解かれていく感覚に思わず声が出る。


「あー…」

「おっさんみてぇな声出すなよ」


 笑うレオンもまた、湯船に浸かって声を上げた。レオンの尻尾が水面にゆるく揺れた


「人のこと言えねぇじゃん」

「これはしょうがねぇ…」

「確かに…」


 湯船の縁に頭を預けて息を吐く。

 浴室内に漂う石鹸の匂いが、酷使した脳を程よくリラックスさせる。

 たちのぼる湯気をぼんやりと眺めていると、ゆっくりと瞼が落ちてきた。


「…おい、寝るなよ?」

「んー…」


 レオンに返事はするものの、目を開く様子はない。


「おい」


 返事がない。

 レオンは呆れたように息を吐くと、湯を掬ってグレイヴの顔へぶちまけた。


「っぶ!?」


 グレイヴが勢いよく飛び起き、湯面が大きく揺れる。


「起きたな」

「起きたな、じゃねぇよ!起こし方!」


 顔についた湯を乱暴に拭いながら、グレイヴはレオンを睨みつける。


「風呂で寝るやつが悪い」


 溺れ死にたくねぇだろ?と、レオンは鼻で笑った。


「それはそうだけど!もうちょっと他にあっただろ!」

「あったかもしれねぇな」

「絶対考えてないだろお前!」


 湯船を叩く勢いで抗議するグレイヴに、レオンは悪びれもなく肩をすくめる。


「起こしてやっただけありがたいと思えよ」

「それは感謝してるけどな!?」


 即答したグレイヴに、レオンは思わず吹き出した。


「そこは素直なんだな」

「──朝から騒ぐな」


 レオンの言葉と被るように、低い声が響く。

 いつの間にか浴室入口に立っていたルシエルは、呆れ半分の視線を二人へ向けていた。


「ああ、すまん」

「っす」


 素直に謝る二人に、ルシエルは小さく息を吐く。

 そしてその視線は、ゆっくりとグレイヴ一人へ向けられた。


「グレイヴ。ここ数日のお前の状況は聞いている」


 荒げているわけではないが、背筋が冷える声音がグレイヴを刺す。


「研究熱心なのは結構だが、自己管理も巡界士としての責務だ」

「──はい……」

「これ以上自己管理を怠るようなら、書庫への立入を禁止する」


 一瞬、グレイヴの表情が固まった。


「それは嫌っす!」


 露骨に青ざめた様子に、レオンが呆れたように笑う。


「なら気を付けろ」

「っす……」


 書庫禁止という最悪の未来を突き付けられ、グレイヴは項垂れる。

 そんな彼を一瞥したあと、ルシエルは桶を手に取り、何事もなかったかのように洗い場へ向かった。


「……本気で効いてるな」


 隣でレオンが苦笑した。


「当たり前だろ……。研究止まるし」


 グレイヴはそこで一度言葉を切る。


「……まだ読めてない資料も山ほどあるのに」

「お前、あそこにある本、全部読む気なのか……?」


 若干引いたような声に、グレイヴは心外そうに眉を寄せた。


「読んだことある本もあるから全部じゃねぇよ」

「そ、そうか……」


 全然安心できねぇ、とでも言いたげな顔でレオンが頷く。


「ここの蔵書すげぇんだぞ?古い魔導理論書から他国の論文まで普通に置いてあるし、下手な学術都市より揃ってる」


 さっきまで眠そうにしていたのが嘘みたいに、グレイヴは熱っぽく言葉を続ける。

 そんなグレイヴを見ながら、レオンは呆れたように肩をすくめた。


「お前、ほんと本好きだよな」

「知らない理論とか構造とかが目の前にあればワクワクするだろ?」


 当然のように返され、レオンは僅かに顔をしかめる。


「……しねぇよ」

「そうなのか?」

「本読むより身体動かしてる方が楽しいだろ、普通」


 少し考えるそぶりを見せた後、グレイヴは小首を僅かに傾げる。


「…どっちも楽しい」

「お前らしいわ」


 レオンは呆れたように笑いながら、肩まで湯に沈む。


「あと、魔道具弄るのも楽しい」

「それは程々にしろ」

 

 離れたところでルシエルのため息が聞こえた。

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