第六話 研究バカとオカン
レゾナ支部仮所属五日目──。
協会宿泊棟の上層階にある仮所属者用区画の部屋は、一般宿泊室より一回り広い。
グレイヴに割り振られた部屋の中。
自前の作業台を部屋の中央に広げ作業に勤しむグレイヴの姿があった。
備え付けの本棚には、借り受けた資料が分野ごとに並べられている。
背表紙の高さまで揃えられているあたり、妙な几帳面さが窺えた。
対して作業台の上は惨状だった。
計算紙、分解途中の魔導部品、開封された工具箱。
魔石固定具のネジが端へ追いやられ、その隣では導線代わりの銀線が無造作に絡まっている。
机上の小型灯具が、じわりと熱を持つ。
灯具の光は、窓の外の薄明かりに少しずつ押され始めていた。
だが、期待した成果は未だ得られていない。
「……また熱変換で逃げてるのか」
余剰魔力を逃がす放出口付近の刻印を指でなぞり、グレイヴは眉を寄せた。
現在主流の灯具は、魔力を熱へ変換し、その発光を利用する構造だ。
単純で壊れにくい反面、とにかく燃費が悪い。
光量を上げればその分だけ魔力消費が増え、魔石が一瞬で空になる。
「光らせたいだけなんだよなぁ……」
グレイヴは唸るような声を上げ、分解した魔導基板へ視線を落とす。
ぶつぶつと呟きながら、回路を書き換えていく。
と、そこに扉をノックする音が響いた。
「おいグレイヴ」
返事をする間もなく扉が開き、怒りと呆れを綯い交ぜにしたような表情を浮かべるレオンが姿を現す。
一瞬だけ部屋の惨状を見て、深く息を吐いた。
作業台にかじりついていたグレイヴは、顔すら上げずに「んー」と生返事を返す。
袖を無造作にまくった濃色のシャツ。
革ベルトをいくつも通したワークパンツ。
腰には籠手と分解用の工具がぶら下がり、指先には薄く油が染みている。
もはや“生活”というより“作業場の延長”だった。
レオンは遠慮なくグレイヴの後頭部を叩く。
「痛っ!何!?」
「何、じゃねえわ。お前、また徹夜してるだろ」
何徹目だ、と詰め寄られ目を泳がせる。
レオンは部屋の惨状をもう一度見回し、視線を机上に止めた。
「……で、今度は何やってた」
「灯具の効率化」
「効率化?明るくするってことか?」
レオンが工具と銀線の山に目を落としつつ首を傾げる。
「それもある。けど、そもそも熱変換のロスがデカすぎるから、経路変えてる」
「熱変換?」
聞き慣れない単語に、レオンは眉をひそめる。
グレイヴは軽く指で灯具を示す。
「魔力はそのまま光にできない。一回熱にしてから光にする。その段階でかなり無駄が出る」
「ふーん……」
レオンはわかったような、わかってないような顔で頷いた。
「つまり、今より明るくしたいって話だろ?」
「ついでに省エネ」
「じゃあ最初からそう言え」
レオンは短く言って、机を軽く叩いた。
「ややこしい言い方すんじゃねぇよ」
グレイヴは少しだけ肩をすくめる。
「聞くから答えただけだろ」
レオンは銀線の絡まりを見て、わずかに顔をしかめる。
「んで?成功しそうなのか?」
「まだ」
「目処は?立ってんのか?」
グレイヴは少し考えてから、そっと視線を外した。
その沈黙で十分だった。
レオンは一度だけ息を吐く。
「じゃあ今はその“もう少し”をやめとけ」
「え?」
目を瞬かせるグレイヴの目の下を指差し、レオンは眉を顰めた。
「隈、ひでぇぞ」
「……そうか?」
「おう」
即答だった。
レオンは工具の山を軽くまとめるように押しのける。
「こういうのは一回止めてからの方がいい。多分」
「多分って何だよ」
「経験」
それだけ言って、グレイヴの首根っこを掴む。
「風呂行くぞ」
「いや、あとちょっとでまとまるんだけど」
グレイヴは抵抗しながら作業台を振り返る。
だが、そこにあるのは解体された灯具と散らばった部品だけだった。
「……まぁいいか」
小さく呟くと、手の力が少し抜ける。
レオンはそれを見て軽く頷いた。
「それでいい」
そのまま二人は部屋を出る。
宿泊棟の廊下は、研究室じみたグレイヴの部屋とは違い無機質な静けさが漂う。
「ほら行くぞ」
「わかった。わかったから、いい加減離してくれ」
首が絞まる、と両腕を上げて降参のポーズをとるグレイヴを一瞥し、レオンは手を離した。
解放されたグレイヴは深呼吸を一つして、体を伸ばす。
バキバキと色んな箇所の関節が音を立てた。
「お前最近、部屋籠りっきりよな」
「…そうか?」
自覚はあるだけに声が小さくなる。
「こっち来てからずっとじゃねぇか」
「資料多いんだよ、ここ。設備も揃ってるし」
バツが悪そうに言い訳を並べるグレイヴに、レオンは呆れたように息を吐く。
「だからって寝なくていい理由にはならねぇ」
バッサリと切り捨てられ、グレイヴは押し黙る。
「昔、同じ事してぶっ倒れただろうが」
「ちょっと気絶しただけだし」
「それを倒れたって言うんだよ」
頭を小突かれ、グレイヴは不服そうに口をへの字に歪める。
そのまま軽く首を回すと、また嫌な音が鳴った。
レオンはそれを聞いて眉をひそめる。
「いい加減身体動かせよ、鈍るぞ」
「んー……。それもそうだな。後で打込み付き合ってくれ」
「いいぞ。但し飯食って寝てからな」
だいたいお前は、と続く説教を聞き流しつつグレイヴは気怠そうに歩く。
「……オカンかよ」
ぼそりと呟いたグレイヴの頭上に拳骨が振り下ろされた。




