第五話 支部長とルシエルとセイン
パタン、という扉の閉まる音に重なるように、低い女の声が落ちた。
「──最後は気付いたのかと思ったが」
いつからそこにいたのか。
部屋の隅。影のなじむ壁際に、緩やかに波打つ赤髪の女が腕を組んで寄り掛かっていた。
「お前が本気で気配を隠せば、気付ける者はそういない」
ルシエルが淡々と応じる。
「レオンからできる奴だと聞いていたから期待したんだがな?」
レオンなら気付いただろう?と女は肩を竦める。
「奴の気配察知は一線を画している」
あれのレベルを求めるな、とルシエルはセインに視線を流した。
「こいつも途中まで気付いていなかったしな」
「…ぐっ」
痛いところを突かれたのか、セインが露骨に顔を顰める。
「一体いつからいたのさ、支部長」
「お前達が来る前からだが?」
悪びれもなく返され、セインの顔が引き攣った。
「なんでこんなデカいのに気付かないかなぁ」
言った瞬間、セインの頭上に衝撃が走る。
音もなく。一瞬で距離を詰めた女の拳骨が落ちたのだ。
「いったぁい!」
「レディに対してデカいとはなんだ、デカいとは」
腰に手を当てセインを睥睨するその人物は、ルシエルやセインより頭二つ抜けて背が高い。
「……で、お前たちから見てどうだ?使えそうか?」
「俺は良いと思うよ?」
頭を抑えつつ、セインは言う。
「俺のこと普通に嫌ってるのに、必要な話はちゃんと聞いてたからね。感情で判断全部ひっくり返すタイプじゃない。納得したらちゃんと飲み込むし、変に意地張らない」
素直で良い子だよね、と笑うセインに支部長は「ほう」と軽く眉を上げた。
「珍しいな。お前がそこまで褒めるのは」
随分と嫌われたようだが、と笑う女にセインは口を尖らせる。
「二回も嫌いって言われちゃったんだよね。傷付くなぁ」
「どうせ余計な事を言ったんだろう?」
面白がる女と、息を吐くルシエル。
それぞれの反応を気にした風もなく「──だって」とセインは片目を閉じた。
「その方が素の反応見れるでしょ?」
低く落とされた言葉に、一瞬、間が空いた。
「……相変わらず、性格の悪い観察方法だな」
ルシエルは再び息を吐く。
「お褒めに預かり恐悦至極」
セインは芝居がかった仕草で胸に手を当て、恭しく一礼してみせた。
「っていうか、俺よりルシエルの方が珍しく甘くなかった?」
「私が?」
唐突に話題を振られ、ルシエルは僅かに眉を寄せる。
「あれ、自覚なし?今まで書庫の使用許可なんて出したことなかったよね?ましてや貸出なんて断固拒否してたでしょ」
「…そうだったか?」
思わぬ指摘だったのか、ルシエルはしばし考え込んだ。
「そうだよ!俺が貸してって言っても絶対貸してくれないでしょ?」
「それはお前の本の扱いが雑だからだ」
心底嫌そうに顔を歪めるルシエルに、セインは口を尖らせる。
「グレイヴだって雑かもしれないじゃない」
「それはない」
即答だった。
「なんでさ」
「あれだけ興味を惹かれていても、手を伸ばさなかっただろう?」
目を輝かせ、うずうずと本棚を見上げるグレイヴの姿を思い出し、ルシエルは微笑する。
「グレイヴの籠手は爪先まで覆うタイプだ。本に傷を付けまいとする配慮があった」
言われてみれば、とセインは瞬きした。
「──そう言えばお前、坊やの改造についてもアタシに確認とってたな」
いつもなら規則は規則だ、でバッサリなくせに。支部長は愉快そうに目を細める。
「……収納の取り出し速度に関しては、以前からもう少し早くならないかと意見が上がっていただろう?」
淡々と続ける。
「有用性があるなら、頭ごなしに潰す理由もない」
「ほぉ、随分評価が高いな」
支部長が面白がって片眉を上げる。
「……並の改造なら簡易更新時点で弾かれる。正式同期まで発覚しなかったのは、既存術式への干渉があまりにも自然だったからだ」
「ふむ、そこまでか」
感心したように女は息を漏らした。
一瞬、話が途切れる。
その時。
「あ、そうだ。さっきコレ借りてきたんだった」
ぽん、と手を打ったセインが紋章から一本の槍を取り出す。
「船喰の雷撃を集めたのと同じ物らしいよ」
「ああ、さっき補足の報告が届いていたな」
差し出された槍を、支部長が受け取る。
柄をなぞるように指先を滑らせ、僅かに目を細めた。
「……なんだ?この刻印」
支部長は首を傾げる。
「熱源スイッチだって」
「熱源?何のためだ?」
支部長が刻印に触れる。起動する。
「……熱ッ」
「そう!熱いんだよ、それ!」
支部長みたいに皮ぶ厚くても熱いんだ、と笑うセインの脳天に再び拳が落ちる。
「……失敗作って本人は言ってたけど、何を目指してたんだかはわからないんだよね」
セインは頭を摩る。
「使い手がダメージ受けるような槍を作ってどうするつもりだ、あの坊や」
「失敗作と言っていたのだろう?なら本来そこまで熱くするつもりはなかったのかもしれん」
「ふむ…。それにしたところで意味はわからんがな」
支部長は首を捻る。
「あー……確か、火を使わずに熱を出す実験?とか言ってた気がする」
「なんだ、それは?」
「ほう?」
セインの言葉に二者二様の反応があった。
「なんだルシエル?思い当たることでもあるのか?」
「やり方自体は」
ルシエルは頷く。
「魔力を熱へ変換するだけなら珍しくない。照明や調理器具でも使われている技術だ」
だが、とルシエルは眉を寄せた。
「それを武器へ刻む者など聞いたことがない」
「だろうな。アタシも初耳だ」
支部長が頷く。
「熱くなる槍……。豚の丸焼きでも作る気か?」
「斬新な槍の使い方だね」
「………いや、わからんな」
一瞬浮かんだ光景を振り払う。
「まぁ、何にしてもしばらくはウチの預かりだ。問題は起こさせるなよ、セイン」
「俺?レオンだけで手一杯なんだけど」
これ以上仕事増やさないでよ、とセインは顔を顰めた。
「レオンは優秀だろう?」
「レオンへの支部長の評価が天井知らず…」
セインは大きく息を吐く。
「確かに優秀だけどね、あの子ストッパーが必要だよ」
「そうか?」
「そう。優秀すぎて周りがついていけないタイプ」
断じるセインに「ふむ」と支部長は腕を組んだ。
「お前と同じか」
「……急に褒めないでくれる?」
「お前もそれでいつも一人だろう?」
「貶されてた!」
セインの嘆きに支部長は笑い、ルシエルは息を吐いた。
初回は五話同時投稿でした。




