第三十六話 実証実験
額を押さえるセインを放置し、グレイヴは魔力砲へ向き直った。
「始めるぞ」
セインが表情を引き締める。
グレイヴはトリガーを引いた。
──ヒュィッ!
笛が鳴るような音。
空気が震えた。
濁った水を落としたように視界が僅かに揺らぐ。
冷蔵庫が衝撃を受けたように揺れる。
と、同時に魔力砲の側面から火花が散り、接続部が赤熱した。
「グレイヴ!」
「想定内だ。端から耐え切れると思ってねぇ」
そこかしこから細い煙を上げる魔力砲には目もくれず、グレイヴは冷蔵庫へ駆け寄った。
刻印に損傷が無いことを確認し、魔力残滓測定器を翳す。
◆魔力コード:05/02
◆流量:31012/00
「コードが二つ……?いや、後でいい。流量はクリア。異常魔量はここまで届いてる」
続けて、外装の一部を外して冷蔵庫の基板を確認する。
焼損はどこにもなく、魔石が淡い光を放って魔力を提供し続けている。
「冷蔵庫、正常に運転」
グレイヴは頷くと外装を付け直す。
その後、魔力砲に近付いた。
いくつかの導線を切り離すと、金属製の収納ケースを取り出す。
そのケースは他のケースと違い、黄色く塗装されていた。
「何、その箱?」
「危険物収納ケース」
聞いた瞬間セインはその場から飛び退いた。
そんなセインを気にすることなく、グレイヴは魔力砲を危険物収納ケースに入れる。
色々取り付けた部品や機器もそのまま突っ込んだ。
「ちょっ、それ、煙あがってる!火花も散ってるんだけど!?」
収納される直前まで、焼損した導線がぱちぱちと火花を散らしていた。
「この中、真空になってるし、耐圧、耐熱だから問題ない」
なんら動じることなくグレイヴは蓋を閉める。
「何持ってんの君!?」
「だから危険物収納ケース」
「そういう意味じゃない!」
言われた意味がわからない、と言わんばかりにグレイヴ眉を顰めた。
「なんでそんなもん持ってるのって話だよ!」
「技師なら当然だろ?」
「技師ってどういう連中なの!?」
叫ぶセインにグレイヴは大きな息を吐く。
「あんた、もうちょっと世間の常識知った方がいいんじゃね?」
「なんで俺がおかしいみたいになってんの?」
心底納得がいかないという顔をするセイン。
「だってあんたさっきから当たり前のことに驚きすぎ。収納の仕方にしたって、危険物収納ケースにしたって、俺だけが使ってるわけでもないのに」
「なんか正論っぽいこと言われてる……」
「ぽいってなんだよ。正論だろうが」
ふん、と鼻を鳴らしてグレイヴは、新たにケースを幾つも取り出す。
そのケースの中から出てきたのは、先と同じく長身の魔力砲。
「……ねぇ、何基持ってるの?」
「三、いや四?」
「…………やっぱおかしいでしょ」
セインは項垂れた。
「次はあっちの反射刻印削って試す」
「なんで?」
またしても次々と部品や機器を繋いでいくグレイヴに、セインは首を捻る。
「反射刻印が本当に効果があるのかの検証」
グレイヴの手は止まらない。
一度行っているからか、先程よりも手際が良くなっていた。
「それはどうなれば成功なの?」
「冷蔵庫が暴走、もしくは暴発したら」
セインは十メートル先の冷蔵庫を見る。
「冷蔵庫も可哀想に」
こんな壊され方するとは思ってなかっただろうに、と呟くセインにグレイヴは怪訝な顔を向けた。
「物がそんなこと考えねぇと思うぞ?」
「物を大事にしなさいって言ってるの!」
「そうは言うけど、じゃあ何なら的にしていいんだよ?」
あんたの鎧か?と言われ、セインは言葉に詰まった。
グレイヴは小首を捻った後、興味を無くしたように作業を再開する。
魔力砲の調整を終えると、再び冷蔵庫へ向かった。
放出口に彫った刻印をガリガリと削る。
「よし」
一つ頷いて魔力砲に駆け戻る。
「撃つぞ」
「待って!心の準備を……!」
「いらねぇだろ」
グレイヴはトリガーを引いた。
──ヒュィッ!
笛の音。
空気が震える。
視界が一瞬濁りを映す。
衝撃に揺れる冷蔵庫。
魔力砲が火花を散らし、黒煙を上げる。
そして。冷蔵庫からも異音が響いた。
ガタガタと揺れたかと思うと、基板付近から火を噴く。
「ん」
グレイヴは満足そうに頷く。
「……何この惨状……」
セインは呆然と呟いた。
「反射刻印は有効だな」
言いながら冷蔵庫に向かうグレイヴの背に「冷静だね、君……」と疲れたセインの言葉が投げられた。
冷蔵庫の火を消し止め、外装を外す。
放出用刻印は黒く焼け焦げていた。
基板を確認する。
焼け溶けた術式保護板、炭化した導線、焼け焦げた主刻印、発動痕はあるものの焦げついた逆流防止刻印、砕け散った魔石、逆向きの焼損痕。
今まで見てきた暴発事故の基板と全く同じだった。
魔力残滓測定器を翳す。
◆魔力コード:05/03
◆流量:29871/06
「ん」
想定通り、と小さく呟き籠手から赤いケースを取り出す。
蓋を開けて冷蔵庫を入れ、すぐに籠手に収納する。
魔力砲に戻るとセインがじっと籠手を見ていた。
「何?」
「さっきの赤いのは?」
「廃棄物ケース」
「……そう……」
これ以上聞けば更に知らなくていい何かが出てきそうで、セインは考えるのをやめた。
「実験は終了?」
「ん」
「じゃあ、車とってくるから片付けしといて」
「ん」
セインが車に向かって踵を返す。
グレイヴは危険物収納ケースを取り出し、耐熱手袋を嵌める。
幾つかの導線を外すと、先と同じくケースに周辺機器ごと収納して蓋をする。
流石に魔力砲+α2台分はケースの容量を圧迫している。
「新しいの買うか……。いや、1号ケースを整理するか?」
下に敷いていた黒い布を畳みながら、グレイヴは一人悩んでいた。




