第三十五話 グレイヴ製携行魔力砲
翌朝。
雲ひとつない晴天の下、車で人里離れた場所までやってきたのはグレイヴとセインの二人だった。
レオンも着いていくと主張したが、誰かが村に残る必要があると説得され渋々村へ居残った。
レオンが胃を押さえるのを見たグレイヴが「体調悪いなら休んどけよ?」と真面目に心配していた光景を思い出し、セインは笑いそうになるのを堪える。
が、次の瞬間グレイヴが収納から幾つかの金属製のケースを取り出すのを見て、目を瞬かせた。
「え、これ何?」
「部品とか、工具」
「これ全部?」
「予備の分もあるからな」
言いながらケースの一つを開け、グレイヴが取り出したのは人の背丈を優に超える、得体の知れない何かだった。
「…………ねぇ、それ何?」
「携行魔力砲」
「俺が知ってる魔力砲と違う……」
少なくともセインの知る携行魔力砲は、肩に担いで運用する筒状の武器だ。
目の前のそれは違う。
騎槍を引き伸ばしたかのような形状。砲身を支えるための補助脚まで備えた、ほとんど設置砲に片足を突っ込んだ代物だった。
「ってかどこから出した?」
「ケースから」
グレイヴは別のケースから黒い大きな布を取り出して敷いていく。
「そのケースに入る大きさじゃないよね?」
「収納なんだから入るに決まってるだろ?」
「待って。収納に収納入れてるの?」
「当たり前だろ?」
「当たり前なの!?」
思わず声を荒げたセインに対し、グレイヴは逆に困惑したような顔をした。
「……違うのか?師匠達皆そうしてたし、知り合いの職人や商人もそうしてたけど」
カルチャーショック。
職人や商人の界隈では割と一般的な運用らしい。
「そんな使い方あるならもっと早く教えてよ……」
セインは項垂れた。
「知らねぇよ」
にべもなく言い放ち、グレイヴは魔力砲を黒い布の上に設置し、調整していく。
「セイン、手が空いてんならそっちのケース向こうに持って行って」
「向こう?」
「三十メートル……いや、二十メートルでいいか……くらい離れたとこ」
セインは言われた通りの場所にケースを運ぶ。
「ここでいいー?」
「ん。じゃあ中から冷蔵庫出してくれ」
それなりに距離があるためお互いに声を張り合う。
「……やっぱり入ってるんだ、冷蔵庫。……冷蔵庫?」
「今回の的……じゃねぇな。反射刻印の実験対象。あ、刻印ある方こっち向けてくれ」
「的って言った……」
グレイヴは僅かに目を逸らしたが、何も答えない。
手早く様々な部品を繋いでいく。
砲身の側面。
補助架台。
魔石固定具。
見たこともない刻印板。
繋げるたびに、本来の姿から遠ざかっていく。
セインはグレイヴの傍らに戻り、その手元を見守る。
「毎回こんな準備いるの?この……魔力砲?」
「いや。今回は魔力30000出すのに増幅装置繋ぎまくってるだけ」
「だけってレベルじゃない……」
セインはうっすらと胃の痛みを覚えた。
「そうだ。あんた鎧脱いどいたほうがいいぞ」
ふと思い出したようにグレイヴはセインを見る。
「え?」
「暴発事故の原因が俺の仮定しているものだとして、今からその状況を作ろうとしてるんだし」
俺の二の舞になりたくないだろ?と言われ、セインは鎧を即座に脱ぎ捨てた。
「そういうことは最初から言っといて!」
「今思い出した」
鎧を収納に仕舞いながら、セインは気付く。
「ねぇ」
「ん?」
「車は?」
沈黙。
グレイヴの視線が車へ向いた。
「おいこら」
「……離しとくか。ついでにあんたも離れとけば?」
グレイヴは目を合わせず、作業を再開する。
「何?まだなんかあるの?」
胡乱げな視線をグレイヴに向けるセイン。
「……籠手も魔道具だしな。前ん時は影響受けなかったけど、今回も影響受けねぇとは限らねぇし」
「君も籠手下げてるよね?」
セインの視線が自然と私服姿のグレイヴの腰元へ向く。
「俺のは反射刻印(仮)入れてある」
「なんでだよ!!」
自分のだけちゃっかり!と喚くセインに「試し彫りしただけだし」とグレイヴは悪びれる様子もなかった。
「もうヤダ、この子!」
セインは両手で顔を覆う。
だがグレイヴはそんな嘆きを気にも留めない。
「よし」
最後の導線を接続し、グレイヴは満足そうに頷いた。
「……完成?」
「まぁな」
セインは魔力砲に目を向けた。
出てきた時から異形だったが更に異形になっている。
砲身の周囲には見慣れない装置が幾つも取り付けられ、導線が蜘蛛の巣のように張り巡らされていた
もはや武器というより実験設備である。
「…………何これ」
「魔力砲」
「聞きたいことはそれじゃない……」
「?」
きょとりと首を傾げるグレイヴに、セインは肩を落とした。
「……これで魔力量30000出せるようになったってことだよね」
「理論上はな。流石に100倍以上の増幅はしたことないからな。やってみねぇとわかんねぇ」
「……君ってもしかして頭の良いバカなの?」
グレイヴはしばらく考え込んだ。
「褒められてるのか?」
「褒めてねぇよ!?」
「……?まぁいい。それより──始めるか」
魔力砲を見てグレイヴが言う。
「あんた車ごとどっか避難しといてくれ」
「……君一人にさせるのすごい不安なんだけど……」
セインは魔力砲を見る。
次に冷蔵庫を見る。
最後にグレイヴを見た。
──不安しかなかった。
「車は避難させるけど、俺戻ってくるまで待ってて」
「なんで?さっさと終わらせたい」
一回だけじゃないんだし、と続いた言葉にセインは目を剥いた。
「いいから待ってなさい!」
絶対野放しにできない。
「……むぅ」
不服そうな顔をしながらも、グレイヴは砲の最終確認へ戻る。
セインは大きく溜息を吐いた。
「絶対待っててよ」
「ん」
確認作業を止めることなく、グレイヴは頷く。
「勝手に始めないでよ」
「ん」
分かった、と言わんばかりに掌を振る。
「本当に待っててよ!?」
「ん」
ため息と共に返事が返される。
「信用できないんだけど……」
「む!」
グレイヴがこちらを睨む。
セインは何度も振り返りながら車へ乗り込んだ。
車が十分に離れたのを確認し、グレイヴは「よし」と魔力砲の前に立つ。
冷蔵庫までの距離を確認する。
反射刻印を確認する。
増幅装置を確認する。
周りに散らばる収納ケースを一旦籠手に仕舞う。
後はセインが戻るのを待つだけだった。
「……むぅ」
最近レオンに続きセインまで口煩くなってきた気がする、とグレイヴは口をへの字に曲げる。
「人を危険物みたいに……」
むすっとしたまま車の方に目を向ける。
と、土埃を巻き上げてこちらに向かってくる何かがいた。
「……は?」
グレイヴは目を瞬く。
あれは──セインだ。
人の出していい速度ではない気がする。
セインは白い大盾を左腕に装備し、長剣を腰に佩いて突進してくる。
「何かあったか……?」
グレイヴは身構えた。
が。
「勝手に始めてないよね!?」
息急き切って詰め寄ってくるセインの顔面に、グレイヴは無言で手刀を落とした。
「痛ぁっ!?」
「待ってろって言ったのあんただろ。どんだけ信用してねぇんだよ」




