第三十三話 消えたすももパン
借り家に戻り食卓に桃パンと丸パンの入った紙袋を置く。
少し考え、すももパンを三つだけその中に入れて、グレイヴは自室へ戻る。
パンの入った紙袋を作業台に置く。
作業台の上には鎧が放置されたままになっていた。
「……こいつの修理は後だな」
収納へと鎧を仕舞い、製図用具入れを取り出す。
五段に分かれた抽斗の上段から金属軸の筆記具を取り、四段目からメモ用紙、五段目から計算用紙を引き抜いた。
メモ用紙の中央に放出口の構造を書き出す。
制御術式。
放出口。
放出口は内部魔力が一定量を超えた際に作動する。
魔石を介さない。
溜まり過ぎた魔力そのものを使って術式刻印を起動させる構造だ。
「だったら」
グレイヴの手が止まる。
「流入する魔力でも動くんじゃねぇか?」
新しい紙を引き寄せる。
放出口の隣へ新たな術式を書き足した。
残滓測定器の結果記した用紙を引っ張り出して確認する。
図解の横へ流量を書き込んだ。
「……最大で20000超え」
ペン先で紙を叩く。
「普通に受け止めたら刻印が吹っ飛ぶな…」
すももパンを引き寄せ、齧る。
「……なら逃がすか?」
左手にパン。右手にペン。
「地面?」
紙へ線を書く。
「……いや」
引いた線にバツを打つ。
「設置型ならともかく携行品じゃ無理だな」
パンを齧る。咀嚼しながら考える。
「なら空中か…?」
右手のペンをくるりと回す。
ペン軸がチカリと光を反射する。
グレイヴがペン軸を見る。
ペンを回す。光る。
「……反射……?」
グレイヴがペンを走らせる。
「反射させるのは魔力。動力は環境魔力。発動条件値は──」
ぶつぶつと呟きながら計算用紙やメモ用紙に数字や文字を書き連ねていく。
放出口の構造図。
反射術式の仮図。
流量20000を基準とした計算式。
紙の上を走るペンは止まらない。
「いや、最大想定25000じゃ足りねぇ…」
計算をやり直す。
「30000…?術式刻印が耐え切れねぇか…?」
計算式を睨む。
「待て」
新しい紙を引き寄せる。
「一点で反射させねぇで、複数で反射させたら……」
またペンを走らせる。
ついでにパンも咥える。
何度もバツを打ってはやり直す。計算式があちらこちらに書き込まれていく。
その度に術式の仮図を描いては消し、消しては描くを繰り返す。
どれほどの時間が経ったのか。
漸く丁寧に清書された術式図が一枚完成した。
グレイヴはペンを置き、椅子の上で伸びをする。
気付けば窓の外は夕焼けに染まっていた。
積み上がった計算用紙、散らばったメモ用紙、そして取り敢えずは完成した術式図へと順に視線を流し、グレイヴは小さく息を吐く。
「……試す価値はあるか」
そこでふと作業台の端を見る。
「……」
すももパンは無かった。
「……あれ?」
作業台の上を探すように視線が動く。
「俺のパン……」
グレイヴは首を傾げる。
食べた記憶は、ない、ような気がする。
「……レオンに聞くか」
グレイヴは部屋を出た。
一階に降りると、私服姿のセインが台所に立っていた。
レオンが食卓に着いてセインの後姿を監視している。
「……明日は雨か」
「確定口調で言わないでくれる!?」
思わず口を突いて出た言葉に、セインが振り向いて顔を顰めた。
「まぁ、そういう反応になるわな」
「君が作れって言ったんじゃないか…」
肩を竦めるレオン。
セインはがっくりと項垂れる。
「そうなのか?」
レオンを見る。と、彼はにやりと笑った。
「まぁな」
「大丈夫なのか?」
「多分?」
「失礼だよ、君たち…」
不満を溢しながらもセインは、それなりの手際で野菜類を切っていく。
「なんでまた?」
「あれ食べたいこれ食べたいばっか言ってきやがったから、テメェが作れって話になった」
「ああ、そういうことか」
グレイヴは納得して頷いた。
「それはそうと」
グレイヴはレオンを見る。
「俺のパン知らねぇ?」
「パン?これか?」
レオンは食卓に置かれたままの紙袋を見る。
「違う。これは皆で食う分」
「?どういうことだ?」
問われ、グレイヴは腕を組む。
「俺の分、部屋に持っていった。でも気付いたら無かった」
「食ったんじゃねぇの?」
「…………覚えてねぇ」
じっとレオンを見る。
「……お前、俺を疑ってんな?」
「…………」
「いや、俺じゃねぇわ。ってかお前、絶対ぇ自分で食ってるだろ」
「…………」
「その目やめろ」
レオンは息を吐く。
「そもそも帰ってきてからお前の部屋に行ってねぇ」
「あー、それは俺も証言できるよ」
セインが鍋を取り出しながら、レオンの擁護をした。
「ちなみにどんなパン?」
「すももパン」
「すももパン?桃パンじゃなくて?」
「すももパン」
そんなパンあったんだ、と首を傾げるセインに、グレイヴは紙袋からすももパンを取り出す。
「これ。……皆で食べる時用以外の四個持って上がった」
「あ、俺たちの分も買ってくれてたんだ、ありがとー。って四個?」
「ん」
「四個とも無くなったの?」
「ん」
目を瞬かせるセイン。
「お前…、今そんなに腹減ってねぇだろ?」
レオンが呆れた目をグレイブに向ける。
そういえば、とグレイヴが頷く。
「昼飯食ってねぇのにおかしいと思わねぇの?」
「あ」
ぽんと手を打つグレイヴに、レオンは頬杖を付いた。
「あ、じゃねぇわ。とんだ濡れ衣着せやがって」
「すまん」
「んで?何で俺だと思った」
「お前、気配消して部屋入ってくるから」
「いや、お前の気配感知がザルなだけじゃね?」
「むぅ……」




