第三十二話 すももパン
役場裏の倉庫で暴走した魔道具の外装を一つ一つ確かめるグレイヴ。
倉庫の入り口にはレオンとセインの姿があった。
「…それにしても、まさかグレイヴに頭下げられるとはね」
「お前の挙動不審さに俺はビビったけどな」
あれはグレイヴも引いてたぞ、とレオンはセインに呆れた視線を投げた。
「いやだって!グレイヴよ?超塩対応なグレイヴがあんな素直に謝るなんて思わないじゃない!」
「あいつはまだ素直な方だと思うがな…?」
「どこが!?」
「分かりやすいだろ?」
それこそお前の言う鳴き声とか。と続いた言葉にセインは開きかけた口を閉じた。
「……。それは確かに」
「悪いことしたと思えば謝るし、やり過ぎたと思えばバツの悪そうな顔しながらフォローに入るし……全然扱いやすいぞ、あいつ」
「待って、今誰と比べたの?」
なんか嫌な予感しかしないけど、とセインは顔を引き攣らせる。
「見習い時代の連中」
「オーバーキル系バケモノ女子か!!」
「上手いこと言うな、お前。あいつらにバレたらタダじゃ済まねぇだろうけど」
「…………知り合うことがないように心の底から祈ってるよ」
そんな会話をよそに、グレイヴは全ての魔道具の放出口を確認し終えた。
工具箱を片付けて立ち上がるグレイヴに「どうだった?」とレオンが声を掛ける。
グレイヴは二人がいる入り口に戻る。
「外装が焼けた時に溶けてるやつもあったから全部とは言えねぇけど、残ってた分は放出用の刻印が焼け焦げてた」
原因魔力が入ってきたのか出ていったのかはわからないが、通ったことは確かだ。
「……見落としてた」
グレイヴが苛立たしげに呟く。
レオンとセインが顔を見合わせる。
「んな落ち込むなよ」
「落ち込んでねぇ」
「いや、落ち込んでたでしょ」
「落ち込んでねぇ。ちょっと自分の間抜けさに腹が立っただけだ」
腕を組んで「むぅ…」と唸るグレイヴを見て「最近よく鳴くね、この子」とセインがレオンに耳打ちする。
「慣れてきたんじゃね?お前に」
「え、そういう基準なの?」
「聞こえてんだよ。鳴いてねぇし、懐いてねぇ」
「……慣れたとは言ったが懐いたとは言ってねぇんだよなぁ」
面白がるようなレオンの声。
「……」
セインが口を開けてグレイヴを凝視する。
「……」
グレイヴは目を逸らす。
数秒の沈黙。
「っ……」
レオンが堪えきれずに肩を震わせた。
「……レオン!」
見咎めてレオンを睨むグレイヴの耳が赤い。
「え!?本当に!?俺懐かれてるの!?それならそうと言ってよ!」
「懐いてねぇ!!」
レオンの笑い声が倉庫に響いた。
「これがツンデレってやつか…!」
「違ぇよ!!あんたは黙ってろ!!」
レオンの笑いが止まらない。
「いつまで笑ってんだ、お前!」
「照れんな照れんな……っ……」
「レオンてめぇ…っ!!」
グレイヴの手が腰に下げた籠手に伸びる。
「そんな怒んなって」
取り出されたのは大剣の形をした魔道武器。
「…………」
その先端がぴたりとレオンの額に向けられた。
「……待て」
「…………」
「お前何取り出してんだよ!?」
「この距離なら外さねぇ」
レオンの顔が引き攣る。
この武器には魔力弾の発射機構が付いている。
そして何より、重戦士の様な形をしているがグレイヴだが、狙撃の腕が確かなことをレオンは知っている。
「ちょっ、グレイヴ!落ち着こう!?」
焦るセインの声。
「悪かった悪かった!もう揶揄わねぇからそれ仕舞え!」
両手を上げて降参するレオンに、グレイヴはむすりとしたまま武器を収納する。
そしてそのまま外へと向かう。
「……あの、グレイヴさん…?」
恐る恐るセインが声を掛けた。
「帰る」
「えーっと、もういいの?」
「確認することは終わった」
言うだけ言ってスタスタと倉庫から去って行くグレイヴを、セインは呆気に取られて見送る。
「……自由すぎない?」
「グレイヴだからな」
「それ、便利な魔法の言葉かなんかだと思ってる?」
「……さぁな」
じとりとした目を向けられて、レオンは笑う。
「監視対象として飽きねぇだろ?」
レオンの笑顔は崩れていない。
セインもまた口元に笑みを吐いた。
「まぁ、そうだね」
面白い子だし、とあっさり認める。
「これも俺の仕事だからご理解はいただきたいんだけど。ねぇ、保護者様?」
「理解はしてるぜ?だから口出してねぇだろ?」
「……保護者は否定しないんだ」
「過保護な自覚はある」
レオンが肩を竦め、セインは苦笑する。
「で?過保護な保護者様はなんで急にそんな話をしはじめたの?」
「思った以上にあいつがお前に懐いてる」
「本人には否定されたけど」
セインの言葉を無視してレオンは続ける。
「何よりお前が、思った以上にあいつに情を移してる」
「…………」
「仕事で監視するならこれ以上踏み込むな。……選べなくなるぞ」
真っ直ぐに、レオンの赤い瞳がセインを見据えた。
「……ご忠告、痛み入るよ」
セインは静かに目を逸らした。
***
その頃、当のグレイヴは村のパン屋の前で足を止めていた。
焼きたてのパンの匂いに腹が鳴る。
グレイヴは迷わず店に入る。
パンを並べていた恰幅のいい女性が「いらっしゃい!桃パンとすももパンが焼き立てだよ!」と景気のいい声を上げた。
「桃パン三個とすももパン一個欲しいっす。それから丸パン六個も」
「毎度あり!」
会計を済ませ、紙袋に入った商品を受け取る。
ここから一軒家まで程近いが、グレイヴは袋の一番上に乗っていたパンを手に取る。
店を出た途端、鬼気迫る表情の村人達がパン屋へ飛び込んでいった。
「…………マジか」
昨日、桃パンについてセインから話を聞いた時は大袈裟だと思っていたが、どうやらそうではなかったらしい。
己の持つ紙袋を見る。
グレイヴはそっと紙袋を収納に仕舞った。
手に残る一つのパンは桃パンではなくすももパンだったようだ。
一口齧る。
噛み締めるたびに、熟成チーズの濃厚な旨味が広がる。
その後から追いかけてくるのは、ドライすももの甘酸っぱさ。
ベーコンの塩気と脂を受け止めるように、硬めの生地から小麦の香りが抜けていった。
「…………」
グレイヴは足を止める。
無言でパンを完食し、パン屋にできた列に並ぶ。
「桃パンは売り切れだよ!」
パン屋からよく通る声が響いた。
そこかしこから悲嘆の声が上がり、人々が列を抜けていく。
おかげですんなりと店に入れた。
「おや、どうしたんだい?忘れ物でもしたのかい?」
「すももパン七個くださいっ!」
「ほぉ。通だね、坊や」
「坊やじゃねぇっす!!」




