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黒鎧の魔道具技師-巡界士は副業です-  作者: 古河実


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第三十話 振り返り

 食卓まで辿り着いたグレイヴは、マスタードだけが残った空の皿に視線を向けた。

 皿に残った脂から見て、肉系の何かがあったことが推察される。


「……むぅ」

「不満があると君、鳴くんだね…」

「むっ」

「鳴き方にバリエーションあるんだ!」

「お前…面白がって遊ぶなよ…」


 レオンは取り皿に大盛りのパスタを取り分けて、グレイヴの前に置く。


「とりあえずこれ食っとけ」

「ん」


 フォークを手に取りもそもそと食べ始めたグレイヴを確認して、レオンは冷蔵庫を開ける。

 ベーコンと紙に包まれたチーズを取り出す。


「パスタうまい」

「そりゃよかった」

「いっぱい食べなよ。酪農家の人が『育ち盛りのちっこい坊主に』ってくれたクリーム使ってるからね」

「……ちっこい……」

「グレイヴ、ちっこいの部分は流せ。厚意だけ受け取っとけ」


 グレイブを宥めつつ、フライパンを火にかけ、ベーコンを分厚く切り分けていく。


「……ん」


 不承不承な顔で頷くグレイヴを見て、セインはレオンに視線を向ける。


「……扱い方をよくご存知で」

「多少はな」


 熱したフライパンに入れたベーコンが、じゅぅ……と音を立てた。

 チーズの紙包みを外す。

 山吹色のチーズの端をナイフで切り落とし、薄く削るように切り分ける。

 一欠片口に放り込む。

 熟成された乳の香りが広がった。


「うめぇな」

「あ。つまみ食い」

「味見だ」


 脂の出てきたベーコンを裏返す。

 焼き色がつくまで待つ。

 視線を感じて振り向くと、パスタを食べ終えたグレイヴがじっと見ていた。


「もうちょっと待て」

「違う」

「違う?」

「お前、食ってねぇ」


 レオンの席に置かれたパスタは殆ど減っていない。


「これ終わったら食うから気にすんな」


 妙なところは本当に律儀だ、とレオンは小さく笑う。

 ベーコンを皿に移し、火を少し落とす。

 切り分けたチーズをフライパンに入れ温める。

 片面に軽く焦げ目がついたところで火を止め、ベーコンの上に乗せていく。


「ほら食え」


 皿を食卓に置いて、レオンも席に着く。

 未だレオンをじっと見るグレイヴに苦笑して、レオンはベーコンを口に入れた。


「うん、うめぇな」

「チーズうまい。ベーコンもうまい」

「ワイン欲しくなるねぇ」

「任務中」

「わかってるよぉ」


 雑談をしつつも食事を終え、片付けを済ませつつ、お茶を用意する。

 デザートには「カルム村における仁義なき戦いの原因」である桃パン。

 詳しい経緯を聞いたグレイヴとレオンが、若干引きつつパンを手に取っている。


「さて、どんなもんかな」


 セインは一口齧る。


 コンポートで凝縮された桃の香りと甘み。

 桃をしっかりと包む濃厚なクリームチーズの甘味と酸味。

 燻製ハムの肉の旨みと塩味、そして燻製の香りが鼻を抜けていく。

 ふんわりと柔らかなパンの小麦の香りも渾然一体となって味覚を刺激した。


「……うっま!これうっま!」

「桃パンうまい」

「うめぇな」


 あっという間に完食し、お茶を一口飲む。


「……そういや俺の鎧どうなった?」


 ふと思い出したようにグレイヴがレオンに視線を向けた。


「俺が持ってる」

「確認したい」


 レオンの眉根が寄る。


「明日にしろ」

「なんでだよ!」

「お前死にかけてたんだぞ!?今だってここまで一人で歩けもしなかっただろうが!今日くらい大人しくしてろ!」


 レオンの本気の怒鳴り声。

 グレイヴが押し黙る。


「…まぁ鎧の検証の前にさ。色々聞きたいこともあるし、そっち先済ませちゃおうか」


 鎧は明日しっかり検証してね、とセインが穏やかに笑う。


「……わかった」


 グレイヴは頷いた。

 レオンが息を吐く。


「そもそも山に向かった目的は魔物の確認だったよね?それはどうだった?」

「魔物どころか、虫すらいなかった」

「虫?」


 セインの表情が僅かに引き締まる。


「この時期なら羽虫の一匹くらい飛んでるはずだよ」

「だろ?」

「鳥も獣も姿を消すことはある。でも虫までいなくなるのはおかしい」


 セインは腕を組んで考え込む。


「それは魔物がいないより気になるね」

「ああ。それでもうちょっと奥まで行ってみたんだが…」


 原因は全くわからずだ、とレオンは首を振った。


「そう…。協会に報告書上げて、調査チーム組んでもらったほうが良さそうだね」

「……そうだな」

「ん?」


 微妙に言葉に詰まったレオンに目をやる。


「あー、いや。グレイヴも同じ事言ったなと思っただけだ」

「うん?普通そう判断するでしょ?」

「うん、まぁ。そうなんだけどな…」


 レオンが頭を掻く。


「……俺が先走ろうとした」

「へぇ、珍しい」

「不快感に引っ張られた。で、グレイヴに止められた」

「え!?珍しい!」


 驚くセインに。


「……どういう意味だよ」


 俺が状況読めねぇとでも思ってんのか、とグレイヴが不満気に口を尖らせる。


「どうどう、落ち着けグレイヴ。……まぁ、そういうわけで報告書で『山地にて異常あり、原因不明、要調査』って書きゃいいかって話になってな」

「うん。まぁそうだね」


 セインは頷く。

 確かにそれ以上できることはないだろう。


「で、それがなんで鎧暴走になったの?」

「わからねぇ」


 レオンが遠くに視線を彷徨わせる。


「立ってらんねぇくらいの耳鳴りがして、ちょっと治まって顔上げたら、こいつが凍ってた」


 レオンの目がグレイヴに向く。

 セインもまたグレイヴを見る。


「グレイヴは?何か気付いたこととかない?」


 グレイヴは記憶を手繰り寄せる。


「……空気が震えた感じがして……景色が滲んだ……?」


 グレイヴは言葉を探すように眉を寄せる。


「突然靄が現れて……」


 グレイヴが頭を押さえて目を閉じる。


「──そうだ…その靄が鎧に流れ込んだ……?いや、わかんねぇ……どうだった……?」


 細部を思い出そうとするも、一瞬のこと過ぎて思い出せない。


「暴走はその靄?を見てすぐだった?」


 セインの問いに、グレイヴは頷く。


「なんか変だって伝えようとしたら、レオンが蹲ってて」

 

 レオンを見る。


「駆け寄ろうとしたら、鎧の術式が暴走した」


 そっからはあんまり覚えてない、と告げるグレイヴにセインは頷いた。


「山の件に関してはすぐに協会に報告しておくよ。多分協会預かりになると思う」


 グレイヴとレオンも頷く。


「後は魔道具の暴発についてだね。グレイヴの鎧の暴走は関連性ありそう?」

「わかんねぇ」


 ただのエラーかもしれねぇし、とグレイヴは頭を振った。


「そう。じゃあ解析は明日するとして、今日はもう休もう」


 セインが席を立つ。


「あ、グレイヴは自分の部屋に戻るの禁止ね。君なんか作業始めそうだし。レオン見張っとく?」

「そうする」

「……むぅ」


 不満の鳴き声が響いた。

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