第二十九話 目覚め
美味そうな匂いがした。
腹は減ってる。
なのに身体が重い。起きるのがまだ億劫だった。
意識が浅いところで浮かんだり沈んだりを繰り返す。
声がする。
──携行魔力砲。
──支所半壊。
何余計な話してんだバカ狼、と内心で悪態を吐く。
──なんで作るんだよ!
使える武器が必要だったから。
──グレイヴだからな。
どういう意味だよ。
──答えになってねぇんだよ!
セインうるさい。
また少し微睡む。
──それまで武器なんざ、鍛治見習いとしてしか触ったことなかったんだと。
お前、人のことペラペラ喋りすぎ。
いくら顔が良くてもおしゃべりな男は嫌われるって誰かが言ってたぞ。
──よくそれで巡界士登録する気になったね。魔物相手だってするのに。
世界中の魔道具見たかったんだよ。あと身分証が欲しかった。
──だから初期装備が魔力砲。
教官にいざって時以外使うなって約束させられたけどな。
──…………………なんでだよ。
何がだよ。
声を出したつもりで出せずに、掠れた吐息だけが溢れた。
自分でも聞こえたか怪しいほどの音だった。
だが。
「──グレイヴ?」
食卓の方から椅子を蹴る音が響いた。
重たい瞼を持ち上げる。
視界はぼやけていた。
天井。
毛布。
見慣れてはいないが、ここ数日で見知った室内。
いつの間に帰ってきたのか、とグレイヴは重い身体を起こした。
まだ頭がはっきりとしない。
「気が付いたか?気分はどうだ?」
ソファーの傍らに膝をつき矢継ぎ早に問うレオン。
その姿はまるで。
「……オカンか」
無言でグレイヴの額が弾かれた。痛かった。
「今のはグレイヴが悪いね」
セインが苦笑しつつ背凭れ側に立つ。
セインの顔を見上げ、レオンに視線を戻す。
「ごめん」
また額を弾かれた。今度は痛くなかった。
「水、飲むか?」
頷いてコップを受け取る。
一口飲む。
「一気に飲むなよ?」
「ん」
言われるままゆっくりと水を飲む。
少し頭がはっきりとした。
と、同時に盛大に腹が鳴った。
「腹減った」
「……みたいだな」
「美味そうな匂いがする」
「飯食ってたからな」
「俺も食う」
ソファーから立ち上がり──バランスを保てず身体が泳ぐ。
「おい!」
「あ」
レオンとセインの声が重なる。
レオンがグレイヴの肩を支え、セインが腕を掴む。
グレイヴは自分の状態に目を丸くした。
「……あれ?」
コップが床に落ちていた。
多少水は溢れたが、割れてはいないようだった。
「悪い、水溢した」
「んなこたどうでもいい!とりあえず座れ!」
「いや、でも腹減った…」
「持って来てやるから座れ!」
肩を押さえ付けられ、すとんとソファーに腰が落ちる。
「……レオンに押し負けた……」
「どこにショック受けてんだよ。ってか普通に俺に失礼だわ」
「だってお前一番非力だった」
「非力言うな!」
「女子にも負けてた」
「人の傷を抉るんじゃねぇ!!」
セインがソファーの影で爆笑していた。
「セインてめぇ!笑ってんじゃねぇよ!」
「いや、無理ッ!」
「なぁ、腹減った」
沈黙。
レオンは頭を押さえて項垂れる。
「……そうだったな……」
「グレイヴ、ゆっくり立ってごらん」
レオンが何か言いたそうにセインを見る。が、セインは小さく頷くだけ。
「急に動こうとしないで、ゆっくりね」
「ん」
言われた通り、ゆっくり立ち上がる。
今度はバランスを崩さなかった。
ただ少し、身体の中心がいつもより柔らかい。
まるで芯が溶けたみたいに。
「歩けそう?」
「……ん、多分」
曖昧な返事に、レオンの眉間に皺が寄る。
「…じゃあ、ゆっくり歩いてみようか」
足を一歩踏み出す。
重心がぶれる。
踏み止まれない。
横からレオンの腕が伸びる。
支えられ、転倒は免れる。が、グレイヴは厳しい表情を浮かべた。
「……なんで身体が動かねぇ…?」
「そりゃ、ちょっと前まで死にかけてたんだからしょうがないね」
セインは肩を竦める。
「死にかけた?」
「そう」
「誰が?」
「君が」
「なんで?」
「覚えてない?」
正面に回り込み、真顔でグレイヴを覗き込んでくるセイン。
分からずレオンに目を向ける。
レオンは何も言わない。
ただ、グレイヴを見つめている。
何があった…?
山にいた。
何もいなかった。
帰ろうと下山している最中。
「……鎧が暴走した」
「うん」
「レオンが苦しそうに蹲って」
「……うん」
セインの目がほんの一瞬、レオンに向けられる。
「なんとかしなきゃいけねぇのに…」
「うん」
「基板、壊せなくて」
「うん」
「そしたらレオンが気付いて」
「うん」
「基板壊した…?」
そこまで言って、グレイヴは視線を彷徨わせる。
「なんか話してた気もする…けど、気付いたらここだった」
「大分前から記憶の混濁があったみたいだね」
「……普通に受け答えしてたと思ったんだがな」
「よくある事だよ」
セインはソファーと食卓を見比べる。
「どうする?食卓までこのまま行く?ソファーに座る?」
「行く」
グレイヴの目は食卓のパスタに固定されていた。
「……飯なら持って来てやるぞ?」
「いい。行く」
レオンのため息が聞こえた。
セインは笑っている。
「じゃあ、レオン。そのまま支えてあげて」
「一人で──」
「却下。言うこと聞きなさい」
「……むぅ」
グレイヴは不服そうに口をへの字に曲げた。




