↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
黒鎧の魔道具技師-巡界士は副業です-  作者: 古河実


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
28/40

第二十八話 グレイヴという男

 玄関が乱暴に開いた。


「セイン!!」

「な、なに!?」

「手ぇ貸せ!!」


 切羽詰まったレオンの声に、そちらを見たセインは目を見開く。

 レオンに抱えられたグレイヴの顔色があまりにも白い。


「何があった?」

「鎧が暴走して、こいつが凍った!」


 駆け寄ってグレイヴの首元に触れる。

 弱々しいが脈は触れる。

 ただ、恐ろしく冷たい。


「意識は?」

「三十分前から呼び掛けに返事がねぇ!今は揺すっても反応しねぇ!」


 悲鳴じみたレオンの声。


「……大丈夫。まだ脈はある」


 落ち着け、とセインはレオンの肩を叩く。


「そこのソファーに寝かせて。あと、毛布あるだけ持って来て」


 レオンは頷くとグレイヴをソファーに寝かせ、毛布を取りに向かった。


「本当、君といると退屈しないね」


 セインは苦笑しながらソファーの傍らに膝をつく。

 白い額に触れる。

 命の温かみが失われつつある。

 触れた場所から、少しずつ魔力を流し込む。


「俺が聖属性持ちだったことに感謝しなよ」


 返事はない。

 それでいい。

 目が覚めて、顔を見て。

 なんで寝起きであんたの顔見なきゃいけねぇんだ、と思いっきり顔を顰めればいい。

 ふと背後に気配がする。

 レオンが戻って来たのだろう。


「レオン、毛布掛けてあげて」


 魔力は途切れさせない。

 まだ危険域を抜けない。

 レオンが黙ったままグレイヴに毛布を重ねていく。


「……助かるよな」


 ぽつりと落ちた声に、セインは顔を上げなかった。


「助ける」


 短く答える。

 レオンが不安を滲ませた瞳でセインを見る。


「もうちょっと俺を信じなよ。これでも一級だよ?」


 軽い口調で笑う。

 レオンは少し肩の力を抜いた。


「……そういや、そうだったな」

「あ、酷い」

「悪い悪い」


 どこか上滑りはしているが、らしい軽口を叩き合う。

 それからしばらく、どちらも口を開かなかった。

 セインは黙々と魔力を流し続ける。

 レオンは毛布の端を握ったまま、じっとグレイヴを見つめていた。

 どれほどの時間が経ったのか。

 グレイヴの頬に赤みがさす。

 呼吸音がしっかりと響きだした。


「とりあえず危機は脱した…ってとこかな」


 ほぅ、と息を吐くセインに疲労の色が滲む。


「おう、お疲れ」

「本当にね」


 ソファーに横たわるグレイヴの腹部に、セインはぐったりと頭を預けた。


「魔力切れたー。お腹空いたー」

「回復薬ねぇの?」

「……飲みたくなぁい」

「いや、飲めよ」


 セインはレオンをひたと見据える。


「レオンさ、あれ飲んだことある?」

「いや、ねぇけど……」


 セインの眼光の鋭さにレオンは思わず後退った。


「じゃあ、飲んでから言ってごらん」


 セインの収納から出てきたのは小さな瓶。

 それを投げて寄越されキャッチはしたものの、レオンは戸惑う。


「飲んで」

「お、おう……」


 レオンは蓋を捻る。

 匂いはない。

 一口飲む。

 味を認識した瞬間。


 ──レオンの意識が飛んだ。


 しばしの硬直の後、レオンは目を見開いて瓶を見る。


「……なんだこれ……」

「魔力回復薬」

「なんだこれ」

「だから飲みたくないんだって」


 毛布に顔を埋めてセインは呻いた。


「これは……確かに酷いな」

「でしょー?味なんとかしてって言っても効果が第一だとか言って改良してくれないし、あのエルフ」


 セインは、はぁーと大きく息を吐く。


「ってことでレオン、ご飯作って」

「……へいへい」


 レオンは苦笑してキッチンへと向かった。


 食材を確認するため冷蔵庫を開けたレオンは、中にみっちり詰まった食材の数々に絶句する。


「……なんだこれ」

「今日の見回りの……成果?」

「なんでだよ」


 セインは食卓の椅子に座ってバナナを一本手に取る。


「そうそう、グレイヴも起きたらデザートに桃パン食べよう」


 バナナの皮を剥きつつ言うセインに、レオンが首を傾げた。


「桃パン?」

「カルム村における仁義なき戦いの原因だよ」

「どんなパンだよ、怖ぇよ」

「本当にね」


 バナナを齧る。甘い。

 瞬く間に一本平らげ、もう一本捥ぎ取る。

 皮を剥く。


「ああそれと、乳製品系は頂き物だよ。また後日皆でお礼言いに行こうね」

「こんなに?貰ったのか?」

「そう。ちっこい坊主がいるんだからって」

「お前、それ怒られるぞ」

「俺が言ったんじゃないしー」

  

 齧る。甘い。


「でも実際、グレイヴってさ子供に見えるんだよね」

「お前……、マジでキレられるぞ」


 レオンは冷蔵庫からクリームとベーコン、フランクフルトを取り出す。

 あと、先日買っておいたほうれん草。


「いやでもさ、見た目十五、六くらいじゃない?」 


 冷蔵庫を閉める。

 棚からパスタを取る。


「……ドワーフは一応長命種だからな」

「その答えが認めてるもんだと思うけど」

「やめろ。あいつが本気で不機嫌になると面倒だ」

「経験者?」

「……経験者」


 大鍋に水を張り、コンロにかける。


「え、何があったの?」


 興味津々と目を輝かせるセインに、レオンは渋面を作る。


「聞くな」

「気になる!」

「気にすんな」

「いいじゃん、聞かせてよー」


 ほうれん草をよく洗い、笊に上げる。

 セインには応えない。


「ねぇってばー」


 無視。

 ベーコンを一口サイズに切る。

 

「そこまで口閉ざされると余計気になるんだけど」


 レオンは応えない。

 はぁー、とセインはわざとらしく息を吐く。


「もういいよ」


 拗ねたように言いながら、セインはソファーの方に目を向けた。


「昔っからグレイヴってあんな感じだったの?」

「まぁ……そう……。いや、もうちょっとマシだったか……?」


 少し考え、レオンは首を振った。


「いや、そうでもねぇな」


 沸き切るまでは行かない湯の中にフランクフルトを入れる。

 空いてるコンロにフライパンを用意しておく。


「昔っから何しでかすか予想つかねぇ奴だったわ」


 レオンの口元に淡い笑みが浮かぶ。


「へぇ、例えば?」

「例えば、なぁ……」


 昔を思い出すように、レオンは両眼を細めた。


「あいつ、巡界士登録した当時って精々十歳くらいにしか見えなかったんだよ」


 種族的にしょうがねぇんだけど、と肩を竦め、鍋を一混ぜする。


「小さな支所だったから、目立っててな」


 コンロに向かったまま、レオンは肩を震わせる。


「受付で何度も『保護者の方は?』って聞かれて、その度に『ドワーフだって言ってるっすよね!?書類も出したっすよね!?』って怒って」


 その情景が容易に想像できて、セインの口元も緩む。


「持ってた魔道具技師の資格証まで見せて」

「へぇ、もう技師の資格持ってたんだ?」

「ああ、二級のな」


 レオンは鍋からフランクフルトを引き上げる。

 

「ん?二級?」

「二級。十五で取れるんだと」

「いやいやいや、最低十五だよね、あれ確か?」

「知らね」


 熱したフライパンで焼き目をつける。


「……十八で一級取れんのは知ってるけど」


 ほうれん草を湯に入れる。


「建前上はねー。一級なんて三十過ぎて取る人が殆どでしょ?」

「あいつ、十八の時に受かってる。俺らも知ってる」 


 フランクフルトを皿に盛り、マスタードを添えてセインの前に置く。


「……」

「?」

「普通に受け入れてる君らも大概だよ…」 


 レオンは小首を捻りつつ、ほうれん草を引き上げた。


「まぁそんな問答してるとな、その辺の巡界士にまで『ガキは帰れ』とか囃し立てられるようになってな」

「うわぁ、それは腹が立つね」


 セインは顔を顰める。

 大体、そういった野次の類は巡界士のマナー違反として嫌厭されているはずだ。


「……キレたあいつ、支所半壊させやがった」


 鍋の湯に塩を入れ、パスタを投入する。


「はい??」


 フランクフルトと切ろうとしたナイフが、かつんと皿に当たった。

 

「……半壊?」

「半壊」

「……何を?」

「支所を」

「……どうやって?」


 無言で鍋をかき混ぜるレオン。

 セインはフランクフルトを口に入れながらも、レオンの背中から目を離さない。

 香辛料の香りと肉の脂の甘味が絶妙に合わさって、美味い。


「レオン?」

「……聞かねぇ方がいいと思うぞ」


 ほうれん草を刻むレオンが嫌そうに言う。


「俺は聞いておきたいね」

「途中でやっぱいい、とか言うなよ?」

「そんな念押しする?」


 フランクフルトを焼いた後のフライパンにベーコンを入れながら、レオンはセインに一瞬だけ視線を投げた。


「……携行魔力砲って知ってるか?」

「最近話題になってるのは知ってるけど」


 急になんで?とセインは首を傾げる。


「それ」

「何が?」

「どうやっての答えがそれ」


 脂が出てきたところでクリームを入れ、塩胡椒で味を整える。


「意味がわからないんだけど」

「グレイヴが携行魔力砲ぶっ放して支所を半壊させた」

「なんで当時のグレイヴが持ってんの?あれ、最近開発されたんだよね?」

「開発者知ってるか?」

「そんなの知らな…………え?」

 

 セインがグレイヴの方に勢いよく首を回す。


「まさか……?」


 恐る恐るレオンに視線を戻すと、あっさりと頷かれた。


「そういうこと。当時持ってたのは試作品なんだと」

「何開発してるのあの子!?」


 ほうれん草を入れ、一旦火を止める。


「それな。当時の大人らも同じ反応してたな」

「そりゃそうでしょ!え、怖っ!ってか試作品ぶっ放すって、え!?」

「あー、まぁ……あいつも我慢はしてたんだよ、十分くらいは」

「十分……」

「そ。十分間、帰れだの嘘つくなだの言われ放題だった」

「……支所長何してたの?」

「見てただけだったな」

「使えねぇー」


 パスタの茹で具合を確認する。ちょうどいい。


「けどさ、ちゃんと正規の書類提出してたんでしょ?」

「そうだがな。偽造だなんだ言われてた」

「は?そんなの調べればわかるじゃない」

「調べんのが面倒だったんじゃねぇ?」

 

 パスタをフライパンへと入れていく。


「で、挙句、技師二級も偽造だろうって資格証破られて……キレた」

「そりゃキレるでしょ」

「んで支所半壊」

「そこのスケールはおかしいよね!?」

「すげぇぞ、一瞬で屋根吹き飛んで空見えるって」


 フライパンを火にかけパスタとソースを絡める。


「君の感想もおかしいよね!?ってか威力おかしくない!?」

「そういやあいつ、あの頃から収納ポーチ持ってたんだよな。……あれも自作だったのか……?」

「思い出すことそれ!?ヤダ、この子もおかしい!」

「何がだよ」


 面倒なので大皿に盛る。

 

「違うでしょ!まずなんで携行魔力砲持ってんの!」

「試作品をポーチに入れてたからだろ?」

「そういう意味じゃない!」

「じゃあどういう意味だよ?」


 取り皿と一緒に食卓に運ぶ。


「なんで試作品持ってんのって話!」

「そりゃ作ったからだろ?」

「なんで作るんだよ!」

「グレイヴだからな」

「答えになってねぇんだよ!」


 セインは混乱した。

 レオンは「だから聞かねぇ方がいいって言ったじゃねぇか」と呆れた顔をセインに向けた。


「普通は、剣抜いて『決闘だ!』とかやるもんじゃないの!?」

「どこの空想小説だよ」


 レオンはパスタを取り分けて一口。濃厚だがさっぱりとした脂が旨味として乗って美味い。


「いきなり携行魔力砲とか……ないでしょ……」

「ま、あいつ、あの頃まともに剣も使えなかったしな」

「どういうこと?確かに剣術的にはまだ荒削りだなとは思ったけど」


 セインもパスタを自分の取り皿にこんもりと盛る。


「あー……。やっぱ気付くよなぁ、お前なら」

「そりゃ一応見習い指導もしてるしね。あの子、身体能力で押し切ってるだけでしょ?」

「そうなんだよなぁ……。なまじフィジカル強すぎてそこらの奴には勝てちまうから、あいつもそれでいいやってなっててな……」


 レオンはうんざりしたように肩を竦めた。


「いや、ダメでしょ」

「だから色々教えようとするんだがな。あいつすぐ『俺、剣士じゃないし』って逃げやがる」


 何度も繰り返したやり取りなのだろう。

 レオンは小さくため息を吐く。


「……ん?剣士じゃないの?」


 セインの手が止まる。

 レオンは頷いた。


「大剣持ってたよね?」

「……ありゃ大剣の形をした魔道兵器だろ」


 言われ思い出す。

 低い駆動音を響かせていた、その武器を。


「否定できない」


 セインは思わず天を向いた。


「でもこの前、訓練所で剣使ってたじゃない」

「最低限、剣術の基礎は覚えとけって教官に叩き込まれてたからな。それまで武器なんざ、鍛治見習いとしてしか触ったことなかったんだと」

「……よくそれで巡界士登録する気になったね。魔物相手だってするのに」

「だから初期装備が自作の魔力砲」


 セインはしばらく黙った。

 目の前のパスタを見る。

 レオンを見る。

 ソファで寝ているグレイヴを見る。


「………………なんでだよ」


 フランクフルトはもう無かった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。