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黒鎧の魔道具技師-巡界士は副業です-  作者: 古河実


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第二十五話 セインのカルム村観光(1)

「二人とも気を付けてねー」


 魔動車に乗り込んだ二人を送り出し、セインは「さて」と自身もバイクに跨る。


「ま、ゆっくり見て回りますか」


 昨日の時点で現場確認は終わっている。

 新しい情報が出る保証はないが、足を止める理由もなかった。

 村道を流しながら周囲を見る。

 朝のカルムは穏やかだった。

 畑では農民達が作業を始めている。

 少し離れた牧草地では羊達が草を食み、その傍らで一匹の牧羊犬が寝転がっていた。

 不意に犬が顔を上げる。

 耳が立つ。

 じっと山の方を見る。


「ん?」


 セインが視線を向ける。

 牧羊犬は山をしばらく見つめた後、立ち上がる。

 羊の数を確認するように囲いを一周すると、再び元の場所へ戻った。


「相変わらず真面目だな、お前」


 農夫が笑う。


「賢いですね」

「こいつぁ昔からこんな感じだ」


 バイクから降り、セインはそっとしゃがみ込む。


「おはよう」


 手を差し出す。

 牧羊犬は近付いてきた。

 鼻先が指先をくんくんと嗅ぐ。

 しばらくして興味を失ったように顔を背ける。


「残念。振られちゃった」


 言いつつもセインの顔は笑っている。


「仕事熱心だねぇ」

「それしか取り柄がねぇからな」


 農夫の表情は誇らしげだった。


「じゃ、仕事の邪魔しちゃ悪いですね」


 軽く手を振り、再びバイクへ跨った。

 更に進む。牧草地が広がる村外れ。

 そこに建つ牛舎から、独特の匂いが漂ってくる。

 隣には小さな石造りの加工場。

 窓からは乳を煮る甘い香りが漏れていた。


「チーズかな?」


 興味を惹かれてバイクを降りる。邪魔にならなそうな場所に駐輪して工場に向かう。

 と、牛舎の奥から、小さな鳴き声が聞こえた。


「ん?」


 視線を向けると、一頭の子牛が柵の隙間から顔を覗かせている。


「おや」


 近付く。

 子牛は逃げない。

 むしろ興味津々といった様子で鼻先を伸ばしてきた。


「人懐っこいね」


 差し出した手の匂いを嗅ぎ、子牛は満足そうに鼻を鳴らす。

 次の瞬間。


 ──がじ。


「え」


 鎧の腰布に付いた装飾紐を咥えた。


「あっ」


 がじがじがじ。


「ちょ、ちょっと待って」


 引っ張る。

 子牛も引っ張る。

 尻尾が楽しげに揺れている。


「待って待って待って」

「ははは!」


 牛舎の持ち主が声を上げて笑った。


「気に入られたな!」

「いや、これ結構困るんだけど!?」

「おうおう、ちょっと待ってな」


 酪農家はとうもろこしを一本掴むと、子牛の目の前でゆらゆらと揺らした。

 子牛の視線がそちらへ向く。

 咥えていた紐がぽろりと離れた。

 セインはすかさず一歩後ろへ下がる。


「助かったぁ」

「あはは!すまねぇなぁ。まだ子供なもんでな、許してやってくれ」

「いや、俺も不用意に近付いちゃいましたし」


 子牛を見れば、今はとうもろこしを齧るのに一生懸命になっていた。


「兄さん、巡界士かい?」

「ええ、そうです」

「ここ最近妙なことばっか起こるせいで、皆不安になっちまってな」

「それは…そうでしょう」

「あんたらにしちゃ大した実入りもない仕事だろうに、すまねぇなぁ」


 酪農家は申し訳なさそうに頭を掻いた。


「そんな事は──」

「お!そうだ!」


 何かを思いついたように顔を上げる。


「兄さん、うちの乳製品持っていきな!これでも村の特産品として有名でな!」


 待ってな!と加工場へ走り去る酪農家を、セインは「え、ちょ…」と半ば呆然と見送る。

 やがて戻ってきた酪農家は、両手で抱えるのがやっとな木箱を抱えていた。

 中にはチーズやバター、牛乳に生クリーム。

 乳製品が隙間なく詰め込まれている。


「これ持っていってくれ!」

「めっちゃあるけど!?」


 思わず素が出た。


「遠慮すんな!こっちのチーズは今朝のやつだ!こっちの紙で包んでるのが一年熟成、ちっこい木箱のが二年熟成もんだ!」


 でっかい瓶は牛乳で、ちっこい方がクリームな!と説明を続ける酪農家にセインは慌ててストップをかける。


「いやいやいや!貰いすぎですって!」

「兄さん一人ってわけじゃないだろ?聞いた話じゃちっこい坊主もいるって言うじゃねぇか」

「ちっこい坊主…」


 それ本人が聞いたら絶対怒ると思うけどね!?と心の中で叫ぶ。


「食い盛りの坊主がいるなら、それくらいすぐ無くなるだろ」


 豪快に笑う酪農家。


「で、では、ありがたくいただきます」


 セインは礼と共に受け取り、収納へと入れる。


「すみません、ありがとうございます」


 改めて頭を下げると、酪農家は人好きのする顔で「こちらこそ、村のためにありがとな」と笑った。


「今度は皆で買いに来ます」


 言ってセインはバイクに跨り、牧場を後にした。

 しばらく流したところで、ふと思い出す。


「……あ」


 収納の中には先ほど貰った乳製品の木箱。

 チーズはともかく、牛乳と生クリームはあまり長く放置したくない。


「先に戻るか」


 セインは苦笑しながらハンドルを切った。

 借り家に戻り、冷蔵庫に乳製品を入れていく。


「グレイヴなら冷蔵庫も冷凍庫も収納に入ってそう。……うん、絶対入ってるな」


 思わず冷蔵庫をじっと見る。


「いや、やめとこう…」


 セインは冷蔵庫から目を逸らした。

 深く考えたら負けな気がした。

 冷蔵庫の扉を閉める。


「今度は歩いて行こうかな」

 

 窓の外を見る。空は晴れ渡っている。

 急ぎの用事はない。

 せっかくなら村の様子を見ながら回るのもいいだろう、とセインは一人頷いた。

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