第二十二話 晩ごはん
食卓へ降りると、既に料理の匂いが部屋中へ広がっていた。
いつ帰宅していたのか、セインはすでにテーブルに着いている。
「帰ってたのか?」
「今更!?」
セインの驚きようにグレイヴは首を捻る。
「俺が呼びに行く前に、セインがお前を呼びに行ってんだよ」
「ノックしても呼びかけても返事ないし」
セインが腕を組み、じっとりとした視線をグレイヴに投げつけた。
「開けりゃ良いじゃねぇか」
「それはマナー違反でしょ」
「……そうなのか?」
グレイヴはレオンを仰ぎ見る。
「本来はな。俺だって他の奴にはやんねぇよ」
「……そうなのか」
本気で驚いたように目を丸くするグレイヴに「君、たまに常識抜け落ちてるよね」とセインが苦笑する。
「そうか?」
「うん」
「人のこと言えねぇだろ、お前」
呆れ顔のレオンに「酷いなぁ」とセインは爽やかに笑う。
「…今度から気を付ける」
「それで良いんじゃね?そもそもお前、人の部屋行かねぇし」
言われハッとするグレイヴ。
そういえばそうだった、と言わんばかりの表情だった。
「いや、そういう問題じゃないでしょ…」
疲れたようにセインは肩を落とした。
「まぁ、とにかくメシにしようぜ」
レオンが仕切り直す。
グレイヴが手を洗っている間に、レオンによって手際よく料理が並べられていた。
席に座りつつ、レオンを見る。
「どした?」
グレイヴの視線を感じたか、レオンが顔を上げた。
「…食器は洗う」
「ん?ああ、気にしなくて良いぞ。お前やることあるんだし」
相変わらずそういうとこ律儀だよなぁ、と笑ってレオンは席に着く。
「赤ワイン煮込?すごいね、こんなの作れるんだ」
「基本、材料入れて煮込むだけだぞ?」
「へぇ」
「お前絶対わかってねぇだろ」
会話を聞きながら一口。間を置かずに二口目、三口目、とスプーンが動く。
「ああ、そういやここら辺、やっぱり中型魔物の生息域ではないみたいだよ」
「協会のデータベースか?」
「ううん。村の被害記録とここ数年の定期調査報告見せてもらってきた」
「道理で遅かったわけだ」
「結構、掻い摘んで見てきたつもりだったんだけどね」
セインがグレイヴに顔を向ける。
「そうそう、基板もちゃんと借りてきたよ」
グレイヴは黙って頷く。
「君、食事中は本当喋らないね…」
「食うのに忙しいんだろ」
「ん」
再び頷く。
「……昔から?」
「まぁな」
レオンは大きめの肉の塊を口に入れる。
しばし沈黙。
「内容は聞いてるから、食い終わったら返事してくる」
肉を飲み込んでレオンが言う。
「そ、そう…」
なんとも言えぬ顔で頷くセインを尻目に、グレイヴがレオンに「おかわりして良いか?」と期待の目を向けた。
「食え食え。目一杯作ってあるから」
「ん!」
グレイヴが立ち上がり鍋へと駆けていく。
「珍し…」
「何が?」
「グレイヴだよ。あの子、いつも多めには盛って来るけど、おかわりまではしないじゃない」
セインの視線の先では、グレイヴが鍋の前で真剣な顔をして赤ワイン煮を皿によそっていた。
「……まぁ、そうだな」
「好きなの?赤ワイン煮」
「さぁ?」
グレイヴは席へ戻り、何事もなかったかのように食事を再開する。
「さぁって」
「これが好き、とか聞いたことねぇしな」
「そうなの?」
「美味そうに食ってんならそれで良くね?」
レオンも視線をグレイヴへ向ける。
既に二皿目も半分ほど消えていた。
他愛のない話をしながらすっかり鍋を空にした頃、セインは思い出したように収納から焼け溶けた基板を取り出した。
「忘れないうちに渡しとくね」
「ん。ありがとう」
「え!?」
受け取って礼を言うグレイヴに、セインが目と口を丸くして驚きの声を上げる。
「何?」
突然の大声にグレイヴは眉を顰める。
「ありがとうって…!ありがとうって言った!」
「は?」
「いや、普通言うだろ、礼くらい」
何を言われてるのか理解できない顔のグレイヴと、呆れた顔でセインを見やるレオン。
「だってグレイヴだよ!?俺に超塩対応の!」
「そりゃお前が余計なことばっか言うからだろ」
レオンは「構ってられねぇ…」と食べ終わった食器類を片付け始める。
「あんな素直にお礼言ってもらえるなんて思わないじゃない!」
「何言ってんだ、あんた?」
「ねぇ!もう一回!もう一回言って!」
「絶対ヤダ」
言い置いて席を立つ。
「そういえば」
セインが思い出したように声を上げた。
「村長に頼まれたんだけどさ」
「ん?」
「明日、山の調査に行くなら誰か一人は村に残って欲しいって」
グレイヴが足を止める。
「不安なんだって。原因も対処法もまだわかってないしね」
「まぁ、そりゃそうだろうな」
食器を片付けながらレオンが頷いた。
「だから俺、村に残るよ」
「いいのか?」
「見回りくらいならできるし」
「わかった」
短く答え、グレイヴはレオンを見る。
「レオン」
「あー、良い良い。お前の分は片付けとくからやる事やってこい」
「すまん」
一瞬だけ眉尻を下げて詫びるとグレイヴは自室へ向かう。
「セイン、お前は片付けろ」
「ええー、最近レオンまで俺に厳しくない?」
「気のせいだろ?」
背後からそんな声が聞こえて、口元が少し緩んだ。
自室へ戻り作業を再開する。
表示部分に使用するつるりとした透明板を取り出す。協会端末にも使われる表示素材だ。
円形をしたその板の縁に沿って連結術式を刻んでいく。
「……こっちはこれでいい」
小さく頷いて刻印針を丁寧に拭い、皮のケースへと仕舞う。
「次、外装」
魔銀合金板を寸法に合わせて切り出す。
縁をヤスリで整え、折り曲げて筒状に丸める。
円筒内部へ基板固定用留具を取り付ける。
穴を開け、リベットで留める。
とりあえず基板を収めるだけなら十分だ。
後方を解放しておくなら余剰魔力の放出口も必要ないだろう。
「次」
基板固定用留具に基板を固定し、軽く揺する。
がたつきはない。
「次」
基板から伸ばした魔銀線を連結刻印へ接続する。
軽く引いてみる。
外れる気配はない。
表示盤を筐体前面へ嵌め込み、細いねじで留める。
「次」
夕食前に外した魔石を基板の保持具へ差し込む。
一拍。
表示盤に淡い光が灯る。
術式が起動した証だ。
表示盤を覗き込む。
乱れはない。
想定通りだ。
「……動いた」
測定器の光を受け、グレイヴの瞳が明るく煌めいた。




