第二話 協会支部
重たい石の街並みの間に色とりどりの看板が掲げられ、隙間を縫うように無骨な配管が張り巡らされている。
頭上では丸みを帯びた飛空艇が行き交い、遠くの塔では魔力の光が瞬いていた。
通りを行き交う人々は、隣を歩く者の肌が鱗に覆われていようと、羽の生えた小人が飛んでいようと、角の生えた者とすれ違おうと誰も気にしない──それがこの世界の日常なのだ。
何とも言えぬ雑多な喧騒に塗れた大通りの突き当たりに、巨大なアーチが跨いでいた。
アーチから吊り下げられた青地の丸看板には、金文字で『異常対応巡界士協会レゾナ支部』と刻まれている。
周囲の喧騒から切り離されたような存在感。
グレイヴはそれを一瞥し、周囲に伸びる塀の長さに息を吐く。
「……相変わらず、バカでけぇな。どこの要塞だよ」
巡界士協会の主要支部はどこも似たようなものだが、この規模はやはり異様だ。見えている建物だけで完結しているようには見えない。
「名前も大袈裟だけど」
ご大層な名称だが、やっていることは何でも屋だ。
もちろん、先のような案件も例外ではない。
グレイヴは塀の中に足を踏み入れ、正面の建物の扉に手を掛ける。
きぃ、と蝶番が軋む。
幾つかの視線がグレイヴに向けられるが、構わず目的の物を探す。
どの街でもそうであるように、入口の脇にそれは据え付けられていた。
無機質な台座の上に、半透明の円盤だけが静かに浮かぶそれに「相変わらず無駄にハイテク」と呟いて左腕の籠手を軽くかざす。
籠手に刻まれた円の紋章、その中心の線が緑色に強く光る。
同時に、盤面に文字が浮かび上がった。
◆氏名
グレイヴ
◆階級
三級巡界士
◆現所在登録地
ブラガンデ共和国 レゾナ支部
◆依頼引受状況
二級依頼 1件
確認事項があります。窓口までお越しください。
手を離し、表示が消えたことを確認して窓口へと向かう。
「認証盤に確認事項ありってメッセージ出たんすけど」
「確認いたします。こちらに紋章をかざしてください」
言われるまま、カウンター上の円盤に籠手の紋章をかざす。中心の線が光る。
カウンター内の大きめの円盤を何度か操作し、受付嬢は頷いた。
「……確認いたしました。船舶組合から事後依頼が来ています。二級として処理されました。──報酬金額の確認をお願いします」
そう言って差し出された紙に記されていたのは、三百五十万ノヴァ。
「……多すぎじゃないっすか?」
「エンリット号船長からの上乗せが含まれています」
聞き覚えのない名に、グレイヴはわずかに首を傾げる。
「エンリット号?」
「あなたが乗り合わせた旅船の名称です」
「へぇー、……ってそうじゃなくて、それにしたって多すぎっすよ、コレ」
「そうですね。二級報酬が二百万ノヴァを超えることはあまりありません」
本来ならこういった緊急案件は報告と謝礼で済みますから、と受付嬢は淡々と言う。
「──もし、返金が必要だと思われるなら、ご自身でのご対応をお願いします」
「……はい」
なんとなく「さっさと受け取れ」と言われてる気がして、グレイヴは素直に頷いた。
「では報酬は口座振込でよろしいですか?」
「あ、五十万は手渡しで」
「金種はどうなさいますか?」
「千ノヴァ硬貨二十枚、後は一万ノヴァ硬貨がいいっす」
「かしこまりました。少々お待ちください」
受付嬢は円盤に視線を落とし、数秒だけ指を走らせる。無機質な操作音が小さく鳴った。
金属片の擦れる音が響き、ほどなくしてトレーの上に硬貨が並べられた。
「お待たせしました」
グレイヴはそれを受け取り、籠手に視線を向ける。紋章が淡く光り、硬貨に触れた瞬間、それらは静かに消えた。
「……ま、いい稼ぎにはなったな」
グレイヴはそう呟き、籠手を軽く叩く。
その時、カウンターの中から──ピン、と小さな通知音が鳴った。
「グレイヴ様」
「はい?」
「二級依頼に関して、追加の確認事項が発生しました。2F戦術管理室までお越しください」
「……2F?」
グレイヴは眉をひそめる。通常、依頼処理や報酬説明は1Fで完結する。わざわざ上階に呼ばれる案件は多くない。
「何か問題あったんすか?」
「いえ、問題というより──現場報告の補足解析です」
淡々とした口調だったが、その瞳の奥には、何かを言い淀むような奇妙な含みがあった。
グレイヴは肩をすくめる。
「まぁいいっすけど」
そう言って踵を返す。その背に、受付嬢が小さく付け足した。
「本件、二級扱いですが、現場記録は未確定要素ありとなっていますので」
「未確定?」
「詳しくは2Fでお聞きになってください」
「わかりました」
短く返し、2Fへと続く階段へ向かう途中。
足裏の感覚がわずかにずれた。
「なんだ?地震か?」
「最近よく揺れるな」
1Fフロアにいる巡界士達の声が聞こえる。だが。
「違う」
グレイヴは呟く。
揺れた──わけではない。
踏んでいるはずの位置が、ほんの僅かに合わなくなるような感覚。
視界は揺れていない。
だが、身体だけが。外れた。
グレイヴは眉をひそめ、軽く床を踏み直す。
違和感はもう感じ取れない。
「──まぁ、いいか」
グレイヴは呟いて、階段へと向かった。
初回は五話同時投稿です。




