第一話 交易都市レゾナ
交易都市レゾナ。
六大国ブラガンテ共和国の第二都市にして、世界経済の要衝──と言われている。
少なくとも、その評判が誇張でないことはすぐにわかる。
停泊した船の向こう、通りには露店がずらりと並び、香ばしい匂いが風に乗って流れ込んでくる。
焼けた肉の脂、甘い果実。そこに香辛料の刺激が混じり、長い船旅を終えたばかりの胃袋を容赦なく刺激していた。
大型旅客船のタラップを、乗客たちが次々と降りていく。
その様子をデッキから眺めていた銀髪の少年。
重厚な黒い鎧を身に纏うその姿は、歴戦の戦士を思わせた。
「おにいちゃん、ありがとうー!」
母親に手を引かれた幼い子どもが、振り返って手を振る。
黒鎧は軽く目を細め、気安い笑みで振り返した。
その背に声がかかる。
「ここにいたか」
振り向けば、壮年の男が立っていた。
この船の船長だ。人族としては規格外の体躯で、二メートルを優に超える。無駄のない筋肉に覆われた巨体と、綺麗に剃り上げられた頭部が印象的だった。
「何か用っすか?」
気負いのない声音に船長は小さく息を吐く。
「一言、礼をと思ってな」
そう言って、深々と頭を下げた。
「お前さんのおかげで、無事に航海を終えられた。感謝する」
航海は常に危険と隣り合わせだ。
この世界では、海もまた魔物の縄張りに過ぎない。
実際、この十日の旅においても最悪の襲撃があった。
結界も、重火器も、訓練された船員もいた。護衛も雇っていた。
それでも──今回ばかりは、圧倒的に運が悪かった。
この船に匹敵する巨体のアングラーフィッシュ。
頭部の発光体から雷を撒き散らす、あの化け物。
襲われた船は、欠片も残らず飲み込まれるという──船喰。
だが、この船は今、多少の損傷はあるものの大事に至ることなく港に着いている。
乗客達が笑顔で船を降り、乗員達が活き活きと作業をこなしている。
あの巨躯の魔物を前にしても、一歩も引かず。
自身の背丈に迫る大きな武器を軽々と振るい、船喰を退けたのは──。
自然と視線が落ちる。
自分の胸元ほどの位置にある、幼さの残るその顔へ。
「有事の際の協力は、巡界士の義務なんで」
「なるほど巡界士か」
まぁ一応?と掲げられた左手。
フルプレートの籠手の甲には、円を断つ光の一本線。
「緑線!?ってことは三級か!」
「うっす」
少し得意気になるその姿をまじまじと見下ろす。
「まだ小せぇのに、たいしたもんだ」
言った瞬間。
黒鎧の表情が強張った。
「それ、何に対して言ってんの?」
一歩、詰め寄る。
「歳で言ったら俺、もう二十三なんだけど」
さらに一歩。
黒鎧は爪先立ちになり、船長の顔を覗き込むように睨む。
金属の様な光沢を放つ銀の瞳に、船長は息を呑んだ。
その輝きを持つ種族は。
「背の高さって言うなら──ドワーフの中じゃ、超!高!身!長!なんだけど!」
どうやら“少年”ではなかったらしい。
そして身長の話題は、地雷だったようだ。
「お、おう…。それは、すまん」
ドワーフの平均身長は百三十センチ程。
それに比べれば、確かに頭ひとつ分抜きんでていると言える。──純血ならば。
「そ、それはそうと、お前さん、名は?知っているとは思うが俺はアンガスだ」
「グレイヴ。出航挨拶の時にあんたの名前は聞いたから知ってる」
明らかに話題を変えた船長に、不機嫌を顔に貼り付けたままグレイヴは一歩距離を取る。
「グレイヴ、な。しばらくはこの街に滞在するのか?」
「多分。依頼次第では移動するけど」
「そうか…。今回の件、お前さん指名の上で事後依頼にしても良いか?」
「……高くつくっすよ?」
「命を救われた礼だ」
アンガスは笑う。迷いはなかった。
「……じゃあ、ありがたく」
あざっす、と小さく頭を下げたグレイヴは船を見渡す。
船体のあちこちに、魔物の攻撃痕が残っている。
グレイヴはゆっくりと結界が張られていたであろう空間を見上げた。
「結界の強度、もうちょっと上げられりゃ良いんすけどね」
「船用の結界魔道具じゃ、これが限界だな」
「……そうっすよね」
グレイヴは息を吐く。
「あんなバケモンに出会うことなんざ、そうそうありゃしないさ」
でなきゃ困る、と笑うアンガスの言葉を聞きながら、グレイヴは「そうっすね」と苦笑を返した。
「──じゃ、俺もそろそろ行くんで」
話している間に空いたタラップに視線を投げ、グレイヴはひらりと手を振る。
「ああ、おまえさんの活躍を祈ってるぜ」
「船長も」
言って身を翻し、グレイヴは街へと向かうべく歩を進めた。
初回は五話同時投稿です。




