第十九話 禁句
昼過ぎには聞き取りは終わり、借りている家へと戻る。
と、そこには濃紺の車体に金字の紋章が施された大型バイクが増えていた。
グレイヴとセインは揃って足を止める。
「誰か来てるね」
「聞いてねぇの?」
「聞いてないなぁ」
その時、ふわりと肉の焼ける香ばしい匂いと、食欲をそそるスパイスの香りが漂ってきた。
「…あ」
グレイヴが小さな声を上げる。
「ん?」
「レオンだ」
躊躇いなく断言するグレイヴに、セインは「え」と目を見開く。
「わかるの?」
グレイヴは頷く。
「このスパイス、レオンの調合したやつだ」
「えぇ……。なんでわかるの…?」
「わかるだろ、普通」
「わかんないよ!?」
どういう鼻してんの!?と引いたような目を向けられ、グレイヴは数度瞬く。
「あんた鼻詰まってんじゃね?」
「詰まってない!」
「ふぅん。まぁいいけど」
「自分から言っといて扱いが雑!」
興味がなさそうな声にセインが嘆く。
「腹減った。早く入ろうぜ」
「…マイペース過ぎない、この子?」
さっさと扉へ向かうグレイヴに恨めしい視線を向けるも、鋼の背中に跳ね返された。
扉を開けたグレイヴの後頭部越しに見えたものは。
「よぉ。良いタイミングで帰ってきたな」
フライパンから皿に料理を移すレオンの姿だった。
「……本当にいた……」
呆然とするセインを他所に「食っていいの?」「先に手を洗え」「んー」と親子じみた会話をする二人。
「え、待って。本当にスパイスでわかったの!?」
「うん」
「なんで!?」
「レオンのスパイスだから」
意味がわからん、と混乱するセイン。
「何の話だ?」
「いや、この子がスパイスの匂いでレオンがいるって」
「あぁ」
だろうな、と言わんばかりのレオンに、セインはますます混乱する。
「え、何!?君も疑問に思わないの!?」
「いや、わかるだろ、普通に」
「普通じゃねぇよ!!」
セインは混乱の極みに達した。
そんなセインのことなどお構いなしに、手を洗い終えたグレイヴはさっさと席に着く。
「先食うぞ?」
「おー、食え食え」
グレイヴに答えると、レオンはセインに視線を戻す。
「お前も、早くしねぇと無くなるぞ?」
「…………………………そうだね」
セインは思考を放棄した。
手を洗って、席に着く。
大皿に堆く積まれたミディアムレアのステーキが、凄まじい勢いで消えてゆく。
油断をしていたら本気で無くなりそうで、セインは自分の取り皿に素早く、しかしそれなりの量を確保した。
付け合わせには温野菜のサラダが置かれているが、こちらは通常の速度でしか減っていない。
「野菜も食え」
「食ってる」
「一番食べてないの君だよね?」
聞こえないふりのレオン。
「そういや、今回の任務どこまで進んだ?」
明らかな話題転換にセインは呆れ混じりに苦笑する。
「暴発事故の方は一通り調査を終えたってとこかな。原因の特定まではいってないけど」
「手間取ってる感じ?」
「グレイヴ曰く『壊れ方が異常』らしいよ」
二対の目がグレイヴに向けられる。
「…こいつが言うならよっぽどなんだろうな」
口の中の物を飲み下し、水を一口飲んで、グレイヴはようやくレオンとセインを見た。
「術式保護層が焼け溶けてた。導線が炭化してた。メインの術式が焼き切れてた。燃焼痕は通常の逆向き。逆流防止の術式刻印が発動したのに抑えられていなかった。魔石が砕け散ってた。……異常だろ」
「……おう」
レオンが救いを求めるようにセインを見る。が、セインは肩を竦めるだけだった。
「…その異常な壊れ方した原因は?」
「まったくわからん」
即答。グレイヴの眉間には僅かに皺が寄っていた。
「暴発時に居合わせた人達への聞き取りでも、ほとんど何にも出てこなかったしね」
「…なんか引っかかることはあんのか?」
グレイヴがね、とセインが目線だけをグレイヴに向ける。
「…意識不明の子供が暴発直前に言った言葉に引っかかってる」
「なんて言ったんだ?」
「空がぐちゃぐちゃだった、ってさ」
「……なるほどな」
「え、なるほどなの?子供の言うことだよ?」
驚いたようにこちらを見るセインに、レオンは苦笑する。
「子供って案外見てるもんなんだよ」
それに、とレオンはグレイヴに視線を投げる。
「こいつの事だ。なんか思うところがあるんだろ?」
首を傾げるグレイヴに「お前はそういう奴だよ」と笑う。
「にしても唯一の証言者が意識不明はキツイな」
「……多分、すぐ目を覚ますぞ」
グレイヴの確信めいた声にレオンが瞬いた。
「回復の兆しでもあったか?」
「セインが治癒使った」
「は?」
「あ。ここで言っちゃう?」
レオンが目を見開き、セインが肩を竦めた。
「お前、一般人の前で使ったのか?」
「あのままじゃ、あの子目を覚さないままだったし」
「……それは、理解できるけどよ」
レオンの表情は厳しい。
「治癒士だってバレたら大変なことになるの、お前だぞ」
「そんな劇的に治るほどの治癒はかけてないよ」
俺だって厄介事はごめんだからね、とセインは軽く笑う。
何を言っても聞きそうにないセインから、グレイヴへと視線が移る。
「お前も止めろよ」
「任務受けた時から治癒するつもりだった奴、止めれねぇし」
八つ当たりじみたレオンの言葉に、グレイヴはしれっと答える。
「は?」
「え?」
二人の視線を受け、グレイヴは頬杖をついた。
セインに視線を向ける。
「だってあんたあの子のお見舞い、初めっから予定に入れてたろ?」
「……なんでそんなとこだけ鋭いかなぁ」
セインは顔を覆う。
次いで、グレイヴはレオンに視線を向ける。
「あんま派手にやるようなら止めてた。でもちゃんとわかってやってんなら、止める必要ねぇだろ?」
一応手元は見せねぇように隠したし、とグレイヴ。
「そうじゃねぇ…それも大事だけど、そうじゃねぇ…」
レオンは額を押さえる。
「つか、過保護すぎねぇ?」
グレイヴは呆れ顔を隠そうともせずに、言う。
「こいつ俺らより年上で、俺らより階級上だぞ」
しかも強ぇし。
「それは心配しない理由にならねぇだろ」
レオンが渋面を作る。
「──“心配してくれるのは嬉しいが、お前のそれは息が詰まる”」
「……っ」
グレイヴが無表情にレオンを見る。
「お前、昔と同じ事してるぞ」
押し黙るレオンに、グレイヴは息を吐いた。
「お前が面倒見良いのも、心配性なのも知ってるけど」
少し、笑う。
「あんまり他人の心配ばっかしてると──ハゲるぞ」
レオンの耳が勢いよく立ち、尻尾がぴたりと止まった。
「……ハゲ……」
レオンの耳がペタリと伏せた。
「ハゲって言った…」
尻尾が落ちる。
「ハゲとは言ってない。ハゲるぞって言った」
「ちょっとグレイヴ…」
そこじゃないでしょ、とセインが嗜める。
「ハゲる…」
譫言のように言って項垂れるレオンの様子に、セインがグレイヴに「どうすんの、これ」と囁く。
「ダメージ入りすぎでしょ」
「…こんなに効くとは聞いてなかった」
グレイヴは、珍しく困惑した表情を浮かべた。
「んん?どう言うこと?」
セインが小首を傾げる。
「レオンを黙らせたいときは『ハゲる』って言えば良いって、あいつら言ってたから」
「あいつら?誰?」
「……同班だった二人」
「それって、レオンに無理矢理野菜食べさせてた二人?」
何日か前、そんな話を聞いた気がした。
「うん」
「なんでそんなのの言うこと真に受けちゃうかな!?」
思わず叫ぶ。
「話聞いただけだけど!その二人、絶対オーバーキルするタイプじゃん!」
「よくわかったな」
「よくわかったな、じゃない!」
セインは頭を押さえて呻いた。
「他にもなんか教えられてるかもしれないけど!その二人が言ったことは信じちゃいけません!」
「え、でも、効いたぞ?」
「効き過ぎてるの!人の精神にオーバーキル!ダメ!絶対!」
いいね!?と詰め寄るセインに「…お、おう…」とグレイヴは戸惑いながらも頷いた。
セインは一つ息を吐くと、きのこでも生えそうな勢いで落ち込んでいるレオンを指す。
「本当、どうすんのこれ…」
グレイヴがレオンに向き直る。
「…悪かった」
素直に頭を下げるグレイヴに、セインがうんうんと頷く。
「ハゲると断言すべきじゃなかった」
ん?とセインの動きが止まる。
「ハゲるかもしれない、くらいにしとくべきだった」
んん?とセインが首を捻る。
「それに…もしハゲたとしても、今の世の中植毛とかあるし、そんなに気にしなくていいと思うぞ」
「ねぇ、煽ってる!?煽ってるの君!?」
食卓に突っ伏したレオンの肩が、小刻みに震えている。
「ちょっと!レオン泣いちゃったじゃん!君がハゲハゲ言うから!」
「泣いてねぇわ!!お前の方がタチ悪ぃんだよ!!」
勢いよく顔を上げたレオンに合わせるように、伏せられていた耳も跳ね上がった。
「えぇ…。なんで俺が怒られるの…?」
セインが呆然と呟く。
「君がメソメソするからフォローしてたのに…」
「メソメソはしてねぇ!」
「あれで?」
「ぐっ」
「ハゲるって言われてあんなに落ち込んでたのに?」
「うう…」
レオンの耳が僅かに横に倒れ、尻尾が力無く下がっていく。
セインが口元に勝ち誇った笑みを浮かべようとした、その瞬間──。
「…正直、レオンよりセインの方がハゲそうな気がするけどな」
爆弾が投下された。
「なんか被弾した!?言うけど、グレイヴだってハゲるかもしれないでしょ!」
顔を引き攣らせるセインに、グレイヴは瞬きを一つ。
「ドワーフはハゲねぇぞ?」
残酷な真理を告げた。
「「なにそれずるい」」




