第十八話 技師親子
診療所を出たところで、セインが大きく息を吐き出した。
グレイヴが口を開く。──が、言葉が出るより早く。
「あー!仕事モードつっかれたぁー!」
セインは両手を組んで伸びをする。
「猫被りって疲れるよねー」
「あんたの猫がデカ過ぎんだろ」
「女の子達の猫よりは多分小さいよ?」
「やめろ。世の中の女子を敵に回すようなことを言うんじゃねぇ」
「……ゴメンナサイ」
くだらない応酬に、診療所で張っていた空気が少しだけ緩む。
今度は小さく息を吐いて、セインは「…で?」とグレイヴに問い掛けた。
「グレイヴは何に引っかかったの?」
視線を投げかけてくるセインに、グレイヴは「あぁ」と空を見上げた。
「空がぐちゃぐちゃってのがな」
「母親が言ったように雨雲のことだとは思わなかった?」
「……わかんねぇ」
「さっきも言ったけど、子供らしい表現をしただけって普通は思うよね」
セインはグレイヴに向き直る。
グレイヴの視線はまだ空に向けられている。
「でも君はそうじゃない。…なんで?」
グレイヴがようやくセインを見る。
金属的な光がセインを映して反射する。
「昨日」
「うん」
ぽつりと落とされた声に、セインは頷く。
「村にくる途中」
整理しながら話しているからか、どこか辿々しさがある。
「……空気とか、流れが歪んでるかズレてるって言っただろ?」
「言ってたね」
グレイヴは顎に手を当て、目を閉じる。
その時の光景を思い出すように。
「……そうだよ……」
「え?」
目を閉じたまま続ける。
「空とか、流れとか……」
目を開ける。
雲一つない抜けるような青い空。
「モアレ起こしたみてぇに……ぐちゃぐちゃだった」
セインは一瞬考え込むように沈黙し「それって…」と首を傾げた。
「君が感じた異変と、あの子の見た空は繋がってるかもってこと?」
「そこまではわからねぇ」
グレイヴは首を振る。
「けど、暴発する前、何か予兆があったのかもしれない」
「根拠は?」
「無い」
即答だった。
「証言が一つだけじゃ何とも言えねぇ」
「だよねぇ」
セインは苦笑する。
「じゃあ、さっさと残りも聞いて回ろうか」
「あぁ」
「同じ話が出るかもしれないし」
「出ねぇかもしれねぇけどな」
肩を竦めるグレイヴに「その時はその時」とセインは笑う。
「ここから一番近いのは…、調理器具の暴発で左腕に火傷をした主婦の家だね」
資料を捲り地図を確認すると、セインは歩き出す。
後ろを付いてくるグレイヴを肩越しに振り返る。
「そういえば、バイクで怪我した人も一応聞き取り対象に入ってるけど…、行く?」
「あんたが必要だと思えば行けばいいんじゃね?」
「興味なさそー」
「ねぇもん」
「即答!」
「改造ミスってオーバーヒートはただの自業自得」
グレイヴはやれやれと頭を振った。
「それ断言してるの、君だけなんだよねぇ」
「技師に見せりゃ誰でも断言するぞ」
「その技師が暴発事件との関連を否定してないでしょ」
グレイヴは眉を顰める。
技術的な話なら尚更だ。原因が見えているなら口を閉ざすなどありえない。
「何考えてんだ?」
グレイヴの目が剣呑に細められる。
「さぁ?」
セインは肩を竦める。
「まぁ、この人については最後に考えようか」
女性が花の手入れをしている一軒家の前で、セインは立ち止まった。
主婦への聞き取りは数分で終わった。
その後も、怪我の有無に関わらず現場に居合わせた人達への聞き取りを続けたが、収穫らしい収穫はない。
暴発時の状況には多少の差こそあれ、「空がおかしかった」「何か違和感があった」と語る者はいない。
子供の証言だけが浮いていた。
「見事に空振りだねぇ…」
「そうだな」
ふむ、とセインは唸り、ちらとグレイヴを見る。
「バイクの人、行ってみようか」
グレイヴは何も言わない。ただ僅かに眉を顰めた。
「そんな顔しないでよ」
セインが苦笑する。
「どんな顔だよ」
「怒ってますって顔」
「…は?」
「君さ、このバイクの件に怒ってるよね」
グレイヴは息を吐く。
「怒ってるわけじゃねぇ」
「じゃあ何?」
「気に食わねぇだけだ」
セインを一瞥する。
「何がそんなに気に食わないのさ」
「自分の失敗を暴発事故に見せかけて隠してることがだよ」
吐き捨てるように言うグレイヴに、セインは瞬く。
「まだそうと決まったわけじゃないでしょ?」
「でなきゃ技師が口噤むかよ」
「あー…、そこが決め手なんだぁ」
なるほど、とセインは頷く。
確かにそれも一理ある。
だが。
「話聞けばわかるでしょ。色々…ね?」
決め付けるにはまだ早い、とセインは歩き出した。
──数分後、二人は目的の家へ辿り着いた。
母屋の隣には簡素な工房が増設されており、開け放たれた扉の奥には作業台と工具棚が見える。
工具棚の隅には色褪せた家族写真が置かれている。
工房の中には二人の男がいた。
一人は四十代後半の職人風の男。
もう一人は二十歳ほどのひょろりとした青年だ。
青年の左足にはギプスが巻かれている。
怪我の影響だろう。椅子に腰掛けたまま作業を続けていた。
「お邪魔します。巡界士協会の者ですが」
「協会?」
男の顔が僅かに強張る。
「ええ。村長からお話が通っていると思いますが、暴発事件の聞き取りに」
「報告なら済ませた。話すことなんざ無い」
男の後ろで青年が「親父」と声を掛けているが、男はそれを黙殺する。
「当時の状況を伺いたいだけですが…。何か不都合でも?」
セインは穏やかな笑みを崩さない。
「親父、もういいよ」
「黙ってろ」
ぴくり、とグレイヴの眉が動く。
「おい」
低い声だった。
「あ?」
「……あんた、本気で隠し通せると思ったのか?」
鋼のような硬質な瞳が男を見据える。
「……っ」
男は息を飲む。
だがそれでも。
「何のことだかな」
しらを切る。
「親父、もういいって」
「黙ってろと──」
「すみません、あれは俺の改造ミスです」
青年は言い切って、頭を下げた。
グレイヴは息を吐く。
「だろうな」
青年に視線を合わせる。
「原因は?」
「魔石を四級品から三級品に換装した際の、放熱率を甘く見積もりました」
青年は後ろの作業棚から一枚の紙を取り出した。
作業台に広げられたのは、図解とメモ書きだらけの設計図だった。
「冷却術式の設定値は…、二倍か」
グレイヴは作業台に近付き、設計図に視線を走らせる。
「はい」
「なんで二倍にした?」
「三級の放熱量が四級の二倍だったので」
「放熱速度と持続時間は?」
「あっ!」
青年が目を見開いて「忘れてました…」と項垂れる。
「それだな」
「はい…。すみません」
「謝ってどうなる」
「……はい」
「次からどうする」
「放熱速度と持続時間を加味して計算します」
満足気に頷くグレイヴの後ろから「ちょっとグレイヴ」と呆れた声が掛かった。
「そうじゃないでしょ…」
呆れ返った顔でセインが見下ろしていた。
「あ」
「さっきまで怒ってたの、誰なんだろうね?」
「う」
セインは小さく息を吐く。
「さて」
にこりと笑った。
「本題に戻ろうか」
セインの目が父親と青年を順に捉える。
「どうして改造ミスを暴発事故として報告したのかな?」
「……」
「技師なんでしょ?」
穏やかに笑っているのに、言い逃れを許されない圧があった。
「……俺が言い出したことだ」
父親が諦めたように肩を落とす。
「俺も!同意したんです!」
「うん。今聞いてるのは『どうして』であって『誰が』かは聞いてないんだよね」
グレイヴが作業台の横でほんのり身体を引いていた。
「守りたかったんだ…」
「何を?」
「こいつの…ウーゴの未来を、だ」
父親は目を閉じる。
「改造ミスってバイク燃やしたなんて知られたら、こいつがなんて言われるか…」
唇を噛む。
「技師の倅のくせに、って笑われるんじゃねぇかって…!」
「……父は昔からそうなんです」
ウーゴは苦笑した。
「俺が少しでも傷付くことを嫌がるんです」
工具棚の写真に目を向ける。
「母が死んでから余計に」
視線を父親に向けて「でもね、親父」と、しっかりと笑う。
「俺、もうそんなに子供じゃないよ」
「ウーゴ」
「嘘の報告上げてすみませんでした」
ウーゴが深く頭を下げる横で「すまなかった」と父親も深く頭を下げた。
「まぁ、今回の虚偽報告については俺達が裁く話じゃないんだけど」
セインは何度目かのため息を吐く。
「村長には自分達で正直に話す事をお勧めするよ」
「……はい」
親子揃って頭を下げる。
それを見届けると、セインとグレイヴは踵を返した。




