第十五話 村到着
──十分後。
予定時間を大きく巻いてカルム村村役場に到着したものの、グレイヴが車から降りる気配はなかった。
村の中心に位置するその建物は、周囲の家屋より一段だけ整った石造りで、行政機能を担う施設であることを静かに示している。
「グレイヴ?どしたの?」
「……どしたの、じゃねぇよ…」
低くくぐもった声。
抱え込んだクッションに顔を埋めたまま、グレイヴは微動だにしない。
「あれ?もしかして、酔った?」
「……あんたの運転には二度と乗らねぇ…」
のろのろと上げた顔は、青を通り越して白くなっていた。
セインは軽く肩をすくめると、運転席から降りる。
「さて、と」
周囲をぐるりと見渡す。
村は騒然としていた。
協会車両が役場前に停まったというのに、誰一人こちらへ目を向けようとしない。
村人たちは皆、不安を滲ませながら村の一角へ視線を向けている。
遠くで誰かが名前を呼ぶ声がした。
その声にも、どこか焦りが滲んでいる。
「様子が変だな…。ちょっと聞いてくるよ。グレイヴはもうしばらく休んどく?」
「……行く…」
グレイヴは少々覚束ない足取りながらも車から降りて、息を吸う。
二、三度頭を振る。
顔色は、少しはマシになっていた。
近くの村人に声をかけようとして、ふとセインはグレイヴを振り返る。
「そういえばさ。車で言ってた変な感じ、今もする?」
「……いや。今はしない」
「そっか…。またなんか気になる事あったら教えて」
「わかった」
グレイヴが頷くのを確認して、セインは近くの妙齢の女性に声を掛ける。
「何かありましたか?」
「何って、また魔道具が暴発したって──」
言いながら振り向いた女性は、セインの顔を見て一瞬言葉を止めた。
「え、あ……」
「いつ?」
「さ、さっきです、ついさっき。十分くらい前かしら」
女性の視線は、セインの顔に固定されている。
「そうですか。ありがとうございます」
にこり、と擬音がつきそうなほど完璧な笑顔で女性に礼を言って、セインはグレイヴに向き直る。
と、そこには嫌そうな顔をしたグレイヴの姿があった。
「え、何その顔」
「…これだから無駄に顔のいい奴は…」
「あれ?顔がいいって思ってくれてたんだ?」
「……………無駄にな」
グレイヴは息を吐き出す。
「十分前か…」
「さっき君が『変』って言った時間と被るね」
グレイヴは考え込むように視線を落とし、それからちらりとセインを見上げた。
「……暴発した魔道具、見に行ってもいいか?」
「ああ、それは気になるよね」
セインは小さく頷くと、ふっといつもの軽い笑みを消した。
左籠手の紋章を周囲に見せるように掲げる。
「異常対応巡界士協会の者です。魔道具暴発の調査に参りました。どなたか現場へ案内を」
その通る声に、騒然としていた村人たちがハッとしたように顔を上げた。
視線がセインに集まる。
その中で。
「こっちです…!」
一人の青年が声を上げて駆け出した。
グレイヴとセインがその後に続く。
「今回は何が暴発したんですか?」
「穀物庫の温度とか湿度管理してる魔道具です!」
案内された先では、村人たちが総出で穀物袋を運び出していた。
炎こそ見えないが、建物の奥からはまだ白い煙が細く立ち上っている。
地面には水が撒かれた跡が広がり、焦げた匂いが微かに漂っていた。
案内役の青年が苦い顔で振り返る。
「温度管理の魔道具が突然熱を持ち始めて。気付いた時には火が出てました」
青年が視線を向けた先、穀物庫の壁際には黒く煤けた魔道具が転がされていた。
その周囲だけ石床まで焼け焦げている。
グレイヴは返事もせず、転がされた魔道具の前にしゃがみ込んだ。
指先で焦げた外装をなぞり、溶解痕を確認する。
「なんかわかりそう?」
「確実に内から火が出たってことはわかる」
収納から工具箱を取り出し、グレイヴは案内役の青年に視線を向けた。
「分解するけど、良いっすか?」
「え、あ、ちょっと待ってください。村長呼んできます」
青年は穀物袋を運び出している人々の方へ駆け出していく。
「…本当、妙なとこ生真面目だよね、君」
問答無用でバラしちゃってもいいのに、と苦笑するセインに「村の財産だろ、これ」とグレイヴは肩を竦めた。
「もう来てくださってたんですね!」
案内役の青年に連れられて来たのは、四十代前半のガッチリとした男だった。
「村長をしております、イアンと申します」
「巡界士のセインです。あちらも同じく巡界士…で魔道具技師のグレイヴです」
セインに流れで紹介され、その場で頭だけ下げる。
「暴走原因の調査の為にあちらの魔道具を分解させていただきますが、よろしいですか?」
「ええ、それはもう。今までの暴走した魔道具も保管してありますがご覧になりますか?」
セインはグレイヴに視線を投げ、グレイヴは即座に頷く。
「…ええ。助かります」
セインと村長──イアンの話声を背後に、グレイヴは慣れた手つきで外装を固定していたネジを外していく。
蓋を持ち上げて、露出した術式基板へ視線を落とし、息を飲んだ。
術式刻印に耐えうるように耐熱耐魔処理を施された、土台となる術式保護板が、焼け溶けていた。
基板中央部は黒く焼け焦げ、刻まれていた術式の一部は判別不能になっている。
そして──基板に嵌っているはずの魔石は、砕け散っていた。
「……ここが火元か」
さらに基板を留めていたネジを外し、慎重に持ち上げる。
裏面を確認し、グレイヴは眉を顰めた。
張り巡らされている魔力導線も、接続刻印も焼け焦げてしまっている。
グレイヴはしばらく無言で焦げ跡を追い、やがて小さく息を吐いた。
「どう?」
「過負荷だな」
「わかるの?」
グレイヴは焦げた導線を摘み上げる。
指先で触れただけで、炭化した部分が脆く崩れ落ちた。
「こうなんのは、相当な魔力量が流れたからだ」
「そんなに?」
グレイヴは手の中の基板を軽く持ち上げる。
「この魔道具で使う魔石で出せる量じゃねぇ」
「原因は?」
グレイヴは無言で首を振る。
「……ただ、変なんだよ」
「変って何が?」
基板の片方を指して続ける。
「普通の過負荷ならこっちから焼ける。けどこれは、逆から焼けてる」
焼損痕は確かに一方向へ広がっていた。
魔石保持具側からではなく、術式出力側から。
「逆流ってこと?」
「可能性は高い」
「でも逆流って安全装置あるんじゃなかった?」
「ある」
「動いてなかった?」
グレイヴは「いや」と否定する。
「動いた形跡はある」
「じゃあなんで止まらなかったの?」
基板の端に刻まれた逆流防止刻印を指先で叩く。
刻印そのものは焼け潰れているが、一度発動した痕跡だけは残っていた。
「わかんねぇ」
焦げ跡を指先でなぞる。
焼損は安全装置の周囲にまで及んでいた。
「止まる前に焼けた…、のか?」
グレイヴは唸る。
「つまり…、どういうこと?」
「わからん」
グレイヴは手にした基板に、睨むような視線を落とした。
「他のも見せてもらっていいっすか?」
「え?」
イアンが目を瞬かせる。
「保管してる分」
「あ、ああ。もちろんです」
「同じ壊れ方か確認したいんで」
「何かわかるんですか?」
「まだなんとも言えねぇっす」
即答だった。
「ただ、一個だけじゃ判断できねぇんで」
そう言って立ち上がり、工具を片付ける。
イアンに案内され、役場裏手の倉庫へ向かう。
中には過去に暴発した魔道具が、用途ごとに区分されて保管されていた。
耕運機。
調理用器具。
子供用乗用玩具。
照明器具。
冷蔵庫。
湯沸器。
そして、最後に──魔動バイク。
「……結構、揃ってるね」
セインが軽く周囲を見回すが、グレイヴはすでに一つ目の耕運機の前にしゃがみ込んでいた。
「これ、誰か一回バラしてるっすよね?」
「え?ああ、はい。村の技師に一度見てもらってます」
「それでか」
頷くグレイヴに「なんかあったの?」とセインが問う。
「ネジ山がちょっと潰れてただけだ」
答えつつ外装を外す。
迷いがない。
指の動きは機械的ですらある。
「村の技師の方の見立てはどうだったんです?」
「全て焼損による全損、修理不能。でした」
「なるほど」
セインはグレイヴに目を向ける。
「君の見立ては?」
セインの声を背に、グレイヴは内部の術式基板に指を這わせる。
黒い焼損。
断裂した導線。
潰れた刻印。
そして、砕けた魔石。
しばらく見てから、次へ移る。
調理器具。
照明器具。
冷蔵庫。
湯沸器。
どれも同じだった。
「……今んとこ全部同じだな」
低く呟く。
子供用乗用玩具に手を伸ばす。
焼け煤けた濃紺の車体。
微かに残る金の紋章。
ひと撫でして外装を外す。
これも同じ。
焼け方。
壊れ方。
流れた痕跡。
すべてが揃っている。
グレイヴの手が最後の魔道具へ伸びる。
魔動バイク。
他よりも構造が複雑で、外装の損傷も大きい。
「これだけ、ちょっと派手に壊れてんな」
ネジを外し、内部を開く。
基板を覗き込んだ瞬間──グレイヴの眉がわずかに動いた。
「……こいつは違うな」
セインが顔を上げる。
「違う?」
イアンが戸惑ったように眉を寄せる。
「どういうことです?」
グレイヴは少し考えた後、先程検分した照明器具を取ってきて、その基板を指し示す。
「今までの基板は全部この壊れ方してんすよ」
炭化した導線。黒く焼け煤けた術式刻印。一部が焼け溶けた術式保護板。砕け散った魔石。
グレイヴはその保護板を指先で軽く触れながら続ける。
「ここって、そう簡単に溶けねぇんすよ。けどそいつごと焼け溶けた」
相当異常な壊れ方っす、と言って次にバイクの基板を指し示す。
層状に斑になって焦げた導線。一部が煤けた術式刻印。綺麗に残った術式保護板。そこに嵌められた六センチ程の長さの六角柱──魔石が原型を保っていた。
「これはオーバーヒート時に出やすい壊れ方っす。だからこのバイクだけは『違う』んすよ」
グレイヴはふっと短く息を吐き「改造痕あったんで、そのせいかもしれないっすね」とバイクに目を落とした。
「改造…ですか…。そんな申請は出てなかったと思うんですが…」
「そのあたりのことは、そちらで検証をお願いします」
穏やかだが有無を言わせぬ口調でセインが割り込む。
「そうですね、すみません」
ハッとして頭を下げるイアンに柔らかい笑みで応え、セインはグレイヴに視線を向ける。
「壊れ方は共通してる。ならその原因は?」
「そこまでは」
横に首を振るグレイヴに「そう」と頷き、セインは顎に手を当てる。
「今まででこんな壊れ方したの、見たことある?」
「ない」
即答してグレイヴは「さっきも言ったけどな」と眉を顰めた。
「術式保護板が溶けることなんざ、そうそうねぇんだよ」
通常では考えられない事態が立て続けに起こっている。
原因は不明。
何かが、まだこの村の中に残っている気配だけが、妙に引っかかっていた。
だがその“何か”が何なのかは、まだ形になっていなかった。




