第十四話 カルム村への道中
協会裏口へ回ると、濃紺の魔動車が停車していた。
大型輸送車ほどではないが、それでも一般車両より一回り大きい。
厚い金属板で補強された車体は無骨そのもので、悪路走行を前提とした大型タイヤが重々しく地面を踏んでいる。
車体側面には、燻した金色で巡界士協会の紋章。
黒に近い深紺の車体に浮かぶその紋章は、派手さよりも重厚さを感じさせる。
低く唸る駆動音と共に、車体下部へ刻まれた術式刻印が淡く明滅していた。
「待たせた」
「いや、こっちもさっき貸出手続き終わったとこだよ」
ぽん、とハンドルを叩くセインに頷く。
助手席に乗り込んだグレイヴを確認して、セインがアクセルを踏む。
裏口を出れば、そこはすでにレゾナ市の外らしく、なだらかな丘陵風景に石造りの街道だけが伸びている。
東の彼方に山並みが霞んで見えた。
「ここから車で大体二時間くらいかな。車酔いしないなら端末で依頼書読んでおいて」
セインが座席の間に設置された円盤端末へ手を伸ばす。
金属製の円盤表面に数秒触れると、淡い青白い光と共に術式文字が浮かび上がった。
依頼書の閲覧や協会との通信に使われる、車載用の端末だ。
「わかった」
グレイヴは端末に目を落とす。
画面最上部には、燻し金で描かれた巡界士協会の紋章。
《任務指示書》
◆管理番号
RZ―07―1138
◆対象地域
レゾナ支部管轄区内東部 カルム農村
◆任務内容
魔道具暴発事案調査及び周辺魔物対応
◆危険度
第三種警戒
◆担当巡界士
セイン/一級巡界士
グレイヴ/二級巡界士
最下部には、ルシエルの術式署名が刻まれていた。
端末に指を滑らせ次画面を表示する。
《依頼書》
◆依頼等級
三級
◆依頼者
カルム農村
◆依頼内容
魔道具暴発事故原因解明(月/七件)
周辺魔物討伐
◆被害内容
農耕具、調理器具、子供玩具他
怪我人あり
軽傷者三名(二十代男性/四十代女性/五十代女性)
重体者一名(四歳男性)
◆備考欄
魔道具が立て続けに暴発する事故がおきています。原因解明と対策をお願いします。
また、村周辺の魔物が増えている気がします。
村の結界魔道具が暴発したらと思うと不安があるので、出来るだけ早めの対処をお願いします。
村人が縋る思いで書いたであろう文面に「結界魔道具の暴発はシャレにならねぇな」とグレイヴが眉間に皺を寄せる。
「そうだよね。結界まで逝ったら村ひとつ終わりかねないし。掲示板で受注待ちしてる余裕無いって思ったから、ルシエルも任務指示出したんじゃない?」
「だろうな」
頷いてグレイヴは腕を組む。
「けど、それならなんで技術部が来なかった?新技術に浮かれてる場合じゃねぇだろ?」
厳しい声を出すグレイヴにセインは肩を竦めた。
「気持ちはわかるけどね。今のところ、魔道具暴発と魔物増加の報告が出てる村ってだけだからさ」
依頼等級三級でしょ、とセインは端末の表示を軽く指で示す。
「まだ“結界そのものの異常”までは確定してない。…今回はルシエルが事態を重く見過ぎてるだけって言う奴もいる」
いつもと変わらぬ軽い口調。だが、ほんの僅か鋭利なものが含まれている気がした。
「…あんたはそうは思ってないんだろ?」
でなきゃ任務指示なんて受けねぇよな、と断言されセインは苦笑する。
「まぁね」
セインはあっさりと認めた。
「ただの魔道具暴発なら、ここまで回さない。わざわざ任務指示に切り替えてる時点で、“どこかがおかしい可能性”は捨ててないってことだよ」
軽く言いながらも、その視線は端末に落ちたままだ。
「ただの経年劣化や整備不良、もしくは粗悪品、改造による暴発か、他に要因があるのか……まだ決め打ちできない」
「だから現場確認ってわけか」
「そういうこ──」
「おい」
「……ん?」
「前向け、前。あんた運転中」
短い沈黙のあと、セインは慌てて前方へ視線を戻した。
「危ない危ない」
「俺、あんたと心中なんかしたくねぇぞ…」
「えー、酷くない?」
「酷くない」
軽口が一度落ちたあと、車内には静かな空気が流れ、エンジン音だけが一定のリズムで続いていた。
魔物一匹いない長閑な風景をぼんやりと眺める。
「……暴発した魔道具って残ってんのかな」
「うーん、そこまでは聞いてないなぁ」
なんで?と問うセインに、グレイヴはちらと横目でセインを見た。
「実物見りゃ、魔道具内で何が起こって暴発したかはわかるだろ」
「なるほどね」
「…ってか、無い場合どうすんだ?」
セインが指先でハンドルを軽く叩く。視線は前を向いたままだ。
「どうするって?」
「暴発するまで待つのか?」
「あ」
「聞いてねぇの?滞在調査期間最大何日、みたいな」
グレイヴの言葉に、セインは一瞬だけ視線を横にずらした。
「聞いてないかも」
「……指示書にもねぇな」
端末をもう一度確認するように、グレイヴは画面へ目を落とす。
「うーん、どうしようかなぁ」
「後でルシエルに聞けば?」
「そうする。ま、とりあえず着いたら暴発した魔道具残ってないか聞いて、あったら調べる。無かったら魔物討伐、かな」
一応の予定を立てて、少し口を閉ざした後、セインは再び口を開く。
「…後、重体の子のお見舞いもね」
真剣な声に、グレイヴがセインを一瞥し「そうだな」と頷いた。
再び沈黙が落ちる。
変わり映えのない風景に、しかしグレイヴは僅かな違和感を覚える。
違和感を突き止めようと周囲を見渡し、ふと気付く。
魔物の気配が、ない。
それ自体は珍しいことではない。だが、ここまで外縁に出てきて一匹も見えないのは、むしろ不自然だった。
「なぁ──」
口を開きかけたその時、遠くで何かが震えた気がした。
セイン越しに見えた遠くの風景がほんの僅かに滲んだように見えてグレイヴは目を見開いた。
「どうかした?」
グレイヴの様子を不審に思ったセインが前を見たまま問いかける。
滲みは、すでに認識できない。
だが。
「──あっち」
「ん?」
グレイヴは窓の外、村がある方角へ目を細める。
「……なんか……変じゃねぇ…?」
「変?」
「いや、確信はねぇけど……空気っていうか、流れっていうか……歪んで……いやズレてる……?」
言葉を探しあぐねている様な、曖昧な言葉だった。だが、グレイヴの声にはわずかな硬さが混じっている。
セインの表情から軽さが一瞬だけ抜ける。
「……それ、今気づいた?」
小さな頷き。セインは一瞬沈黙する。
「……なるほどね」
ハンドルを握り直す。
「じゃ、急ぐか。とばすよ」
「は?」
「しっかり掴まって口閉じとくことをお勧めするよ!」
「おい──」
返答が終わる前に、セインはアクセルを踏み抜いた。
瞬間、車体が沈む。
視界が一気に引き伸ばされるように流れ、エンジン音が低く唸りを上げた。
「………っ!」
グレイヴは反射的に言葉を飲み込み、無言で収納から大きなクッションを引き寄せ、ぎゅっと抱え込んだ。




