第十三話 レポート提出
かさり、と紙を捲る音だけが響く。
書庫奥の執務室。
中央のソファーに身を沈め、グレイヴはルシエルの言葉を待つ。
向かいのソファーで、ルシエルは無言で頁を捲る。
「……短時間で仕上げた割にはよくできている」
ややあって、書類に目を落としたままルシエルはそう評した。
「良かったっす」
グレイヴがほっとしたように息を吐いた。
「境面斥力か…」
ルシエルが綴りに記された内容を反芻するように呟く。
「既存システムの係数変更…」
「そっすね。無駄に負荷掛けてたんで」
「無駄か」
ルシエルの眉が僅かに動く。
「っす。それにも書いたっすけど、元々境面斥力は質量があればあるほど反発する力が大きくなるって性質があったんすよ」
けど既存の術式刻印はその反発を全部統一させる制御をしていた、とグレイヴは続けた。
「コインだろうが大剣だろうが、同じ力でしか押し出さない。それじゃ重いもんは取り出すのに時間がかかる」
一旦言葉を区切る。
「しかもその制御のエネルギー消費がデカいせいで、連続での取り出しにもクールタイムがかかる──無駄でしかないっす」
だから制御を緩めたとグレイヴは言う。
「……なるほどな」
ルシエルはわずかに目を細める。
「けど、制御緩め過ぎると収納時にすら斥力働いて物入らなくなるんで、そこ調整すんのが一番難しかったっすね」
ルシエルは書類を低机へ置きながら「そうか」と呟く。
「──そもそもこの係数部分こそが排出システムだと考えられていたが…まさか制御システムだったとはな」
「この術式癖強いっすからね。解析にズレが出んのはしょうがないっすよ」
「誰も疑問に思わなかったのは問題だと思うがな」
「それが当たり前になってたからじゃないっすか?」
グレイヴは肩を竦める。
「それにまぁ、こっちも問題あるっちゃあるんすよね」
グレイヴが己の籠手に一瞬だけ視線を流す。
「ほう?」
「重過ぎるもん入れると、排出時に斥力乗り過ぎるんすよ」
一拍。
「車とか、普通にぶっ飛ぶんで気を付けた方が良いっす」
沈黙。
ルシエルがゆっくり顔を上げた。
「……何故、車を入れた?」
「いつでも車出せたら便利じゃないっすか」
きょとりとした顔で返され、ルシエルは眉間を押さえる。
「……その発想はなかったな」
ルシエルは頭が痛そうな表情で息を吐き、低机の書類を纏める。
その動きの途中。
ふと、一番下に置かれた別綴りへ視線が止まった。
「……これは何だ?」
薄い数枚綴り。
表題には簡潔に、
《重装防具用温度調整並びに浮力補助術式 実装手順》
と思いの外整った文字で記されていた。
「あー、それは……」
グレイヴの表情が強張る。
「術式認定は通したのかって詰め寄られて…」
アイツら怖い…、とグレイヴは身を震わせた。
「武器、防具に関しちゃ個人のもんだし申請してないって言ったら、ずるいって泣かれるわ叫ばれるわで…」
「そうか…」
グレイヴの様子に唯ならぬものを感じ、ルシエルは綴りへ目を戻し、静かに頁を捲る。
「──なるほど。確かにこれは重装備者にとっては切実だろうな…」
ルシエルは小さく頷き「だが」と続けた。
「冷却機構は本来もっと大掛かりなものになるはずだろう?」
「冷媒使って熱排出するならそうっすけど、今回のはただの属性付与なんで」
「属性付与…」
「氷系の属性を出力絞って全体に流してるんすよ。なんで出力調整間違うと普通に凍傷になるっす」
調整の仕方と制御値は手順書に書いてあるんで、とグレイヴは事も無さげだ。
「その調整が一筋縄ではいかんから、実用化されていなかったんだろう」
「多少面倒ではあるけど、方法さえわかればどって事ないっすよ?」
けろり言うグレイヴにルシエルは「その方法が見つかっていなかったんだ」と大きく息を吐いた。
「それは研究する奴がいなかっただけだと思うんすよね」
重鎧身に付けてる研究者ってあんまいないじゃないっすか、とグレイヴは苦笑する。
「不便さがわからないから研究対象にならねぇって感じっすかね」
「……なら、お前は次に何を付けるつもりだ?」
「保温機能っすね」
グレイヴはあっさり答える。
「寒冷地だと重鎧、凍傷待ったなしのレベルで冷えるんで。だから中に着込むんすけど、動きにくくてしょうがないんす」
「それは…そうだろうな」
「だから保温機能付けたいんすよね」
けどこれが手強くて、とグレイヴは腕を組んで唸る。
「冷却は氷属性流せば済んだんすけど、保温は熱源の調整が上手くいかなくて…。色々試作はしてるんすけど、どうにも熱くなり過ぎるんすよね」
あんなん搭載したら大火傷するっす、とグレイヴは腕を組む。
「……待て」
ルシエルは掌をグレイヴに向ける。先程よりも頭痛が酷くなったような顔をして。
「……試作とは、これの事か…?」
ルシエルの左手。その軽装用手甲に刻まれた紋章から取り出されたのは、一本の槍。
「あ、それっす」
セインが言ってた見せたい人ってルシエルのことか、と呑気に呟くグレイヴに、ルシエルは本格的に頭痛がした。
「……お前、これを何のために作った?」
「保温機能の試作っすけど」
一瞬、沈黙。
「……は?」
「保温用熱源の試験機っす」
あっけらかんと言われ、ルシエルは片手で顔を覆った。
「……保温試験機…」
「?そうっすよ?」
何度も何言ってんだ、という顔で頷かれ、ルシエルは深く項垂れる。
「なぜ、槍なんだ…」
「鎧と材質同じだったんで。成功したらそのまま転用できるじゃないっすか」
当たり前のことと言わんばかりに答えられ、理屈としては正しいと評価すべきか、それとも選定対象の物騒さに苦言を呈すべきか判断に迷い、ルシエルは言葉を飲み込んだ。
***
ルシエルに手順書が渡って三日後。
「見て見て!改良してもらったよ!」
食堂で昼食を済ませたところに、白鎧姿のセインが満面の笑みで現れた。
籠手と鎧をこれでもかと見せつけてくる。
「早いな」
「ま、俺のは技術実証分だけどね」
早く欲しかったからちょっとルシエルに頼み込んだんだよ、とセインは上機嫌に笑う。
「今日から安全検証試験の志願者募集出るってさ」
「へー」
「興味無さそうだねぇ」
興味が無いわけじゃねぇけど、とグレイヴは席を立つ。食べ終えた食器類を返却専用カウンターに置く。
出口に向かって歩き出すと、当然のようにセインが付いてきた。
「もう俺の出る幕じゃねぇもん」
食堂の一部が騒ついているが、グレイヴは気にも留めない。
廊下に出たところで「──んで?」とグレイヴが、隣を歩くセインを見上げた。
「あんた、それ見せびらかしに来たわけじゃ無いんだろ?」
「ご明察」
セインは目を細めて笑う。
「ちょっと俺の任務に付き合ってくれない?」
「内容による」
あっさり返されたその言葉に、セインは目を丸くする。
「……てっきり『ヤダ』って断られるかと」
「断って欲しいなら断る」
「いやいやいや!手伝って!是非!」
「だから、内容によるって言ってるだろ」
グレイヴは嫌そうに顔を顰めつつも、視線で話の先を促す。
「近くの農村で魔道具の暴発が頻発してるらしくてさ。魔物の襲撃もいつもより多いってことで依頼が来たんだよ」
「暴発?」
首を傾げるグレイヴに、セインは頷く。
「ここひと月で七台が暴発したらしいよ」
「……それは確かに異常だな」
顎に手を当てて眉をひそめるグレイヴに「でしょ?」とセインが続ける。
「本来はさ、技術部の誰かに同行頼む案件なんだけど」
セインは意味ありげな視線をグレイヴに向けた。
「今それどころじゃないって断られちゃった」
「…………俺のせいじゃねぇし」
「ん?別にグレイヴのせいだとか言ってないよ?」
わざとらしく笑うセインに、グレイヴは盛大に苦虫を噛み潰す。
「……暴発した魔道具の種類は?」
「農耕具から調理用具、果ては子供のおもちゃまで。バラバラだね」
「特定メーカー製ってわけじゃねぇの?」
「それも違うみたいだよ」
グレイヴは僅かに目を細める。
魔道具の暴発自体は珍しい話じゃない。粗悪品や整備不良なら、時折起こる。
だが、種類も製造元も統一性が無い状態で、短期間に七件となると、何かしら要因があると考える方が自然だ。
「怪我人は?」
「軽傷者が三名。重体者が一名……子供だよ」
僅かに沈むセインの声。
グレイヴの足が止まる。
「……わかった。いつ出る?」
「今すぐにでも」
「荷物だけ纏めてくる」
「助かる。車、用意しておくから準備出来たら裏口の方へ来てよ」
「裏口だな。すぐに行く」
グレイヴは自室へと駆け出した。




