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7話 襲撃と発動

礼拝堂の正面扉は、ヒューイが仕掛けた爆薬によって完全に吹き飛び、辺り一面に煤と瓦礫をまき散らしていた。夜の冷たい空気が、剥き出しになった入り口から流れ込み、内部に充満した黒煙を薄く引き伸ばしていく。

祭壇があったはずの場所は崩壊し、松明の不安定な炎が、白銀の甲冑を反射してチカチカと不気味に瞬いていた。騎士たちの足音は規律正しく、鋼鉄の冷たい響きだけが礼拝堂を満たしていた。

先頭に立つのは、栗色の髪をきつく束ねた女騎士、サツキだ。彼女の瞳には一切の感情がなく、冷徹なドロステ王国の「正義」を象徴している。

「散開! 異邦人『アブ』を確保、抵抗者は排除せよ! 周辺住民は、全員捕縛!」

サツキの命令は機械のように正確だった。騎士団は一糸乱れぬ動きで扇状に広がり、アザゼルたちを包囲する。

アザゼルは、崩れた柱の影にリドとマリィを押し込み、背中合わせに鎖に繋がれたザントを庇うように立ち塞がった。彼女の白金の髪と金の瞳は、暗闇の中で異様に目立っていた。

「また貴様か。しつこい女だ」

アザゼルが吐き捨てるように言う。

サツキは、騎士団の盾の向こうから冷ややかな視線を投げた。

「貴様の方がしつこい。逃げても無駄だ、アブ。貴様が名を口にできないのは、己の罪を認められぬ臆病者だからだ。無駄な抵抗で命を散らすな」

「アブ」という響きが、アザゼルの心臓を鋭く抉る。屈辱と、この現状への強い怒りが、体内で暴れ始めた。彼女がかつてどこにいたにせよ、今、彼女はただの脱獄した異邦人の女として扱われている。

「貴様ら人間が、私をアザゼルと名乗らせないようにしているのだ。そして、お前の言う『正義』は、私を罪人にするためにある」

「ほう。貴様はまだ、己を何か特別な者とでも思っているのか? 現実はどうか。貴様はただの脱獄した女だ。そこにいる者たちは、貴様を助けたことで、この王国の法で裁かれる」

サツキの言葉は、アザゼルの最も弱い部分を突いた。彼らを巻き込んでしまった罪悪感が、彼女を苛む。


騎士団が一斉に迫る。剣の切っ先が月光のように冷たく光る。四方から迫る鋼鉄の壁を、アザゼルは己の身体能力だけで躱さなければならない。

(力がない! このままでは、何も……何も守れない!)

極度の焦燥が、彼女の身体を硬直させかけた。天界の訓練で培った反射神経が、かろうじて彼女を動かしているが、限界は近い。汗が額を伝い、白金の髪が肌に張り付く。

その時、一人の騎士が、背後のザントに気を取られた一瞬を狙い、アザゼルの脇腹めがけて剣を突き出した。

「しまっ――!」

回避は間に合わない。彼女は咄嗟に、怒り、焦燥、そして「止めろ!」という純粋な願いを込め、右手を騎士に向けた。

内臓が締め付けられるような激しい感覚。右手の小指に、聞いたこともないほどの灼熱の脈動が、まるで血液が逆流するように集中した。

パチンッ!

火花のような、鉛玉ほどの小さな光の塊が、アザゼルの小指の先から弾け飛んだ。その光はあまりにも微弱で、松明の光にかき消されそうだった。

光弾は、騎士の胸部の鎧に直撃する。

カンッ!

甲高い金属音を立てて、光は瞬時に消滅した。鎧には、針でつついたような極微細な焦げ跡が残ったのみ。騎士は困惑し、一瞬動きを止めた。

「なんだ、今のは……? 小石か?」

アザゼル自身も、何が起こったのか理解できない。

(今のは……何だ? この熱は……俺の体内にあったのか?)

彼女の意識は右小指に釘付けになる。この微弱な熱の塊は、あまりにも頼りなく、彼女の求めていた「全てを破壊する力」とは、かけ離れていた。

ザントの分析と戦闘続行

その僅かな隙を逃さず、サツキが指揮を執る。

「怯むな! 異邦人の下らない手品だ! 叩き潰せ! 鎧は貫けない! 恐れるな!」

サツキは剣を掲げ、アザゼルへの攻撃を再開する。


アザゼルは、先ほどの光が「わずかな時間稼ぎになる」と確信し、再び小指に力を込めた。怒りを再燃させ、集中する。


パチンッ!パチンッ!

二発の光弾が、サツキの左右にいた騎士の剣や盾に直撃した。金属同士の衝突音が響く。

鎖に繋がれたままのザントは、目を輝かせながらアザゼルを凝視していた。

「へえ! なんだ、その光! アブちゃん、お前、さっきまでそんなもん使えなかっただろ!」

ザントは鎖を揺らし、興奮した声を上げた。

「波長が特殊だ。熱を持ち、微細な打撃力がある……だが、魔力や技術のデータベースに登録されてねえ。お前、隠し持ってたのか?」

「黙れ、機械頭。これが何なのか、俺自身にもわからん!」

アザゼルは言い返し、光弾を騎士団の足元の瓦礫に向けて連射した。瓦礫が跳ね上がり、騎士団の足並みを乱した。ザントの助言が、なぜか彼女の理性に響いたのだ。

「サツキ! 騎士団長!」

一人の騎士がサツキに助言を求めた。

サツキは冷静に判断を下す。

「あの光は、脅威ではない。だが、異物だ。全員、固まれ! 一気に制圧するぞ! 彼女は疲弊している!」

アザゼルは、体術と光弾を組み合わせ、騎士団の中を駆け抜ける。

(体力が持たない……このままでは、ジリ貧だ。光弾の熱も、体力を奪っている……!)

彼女の体は、慣れない力の使用と激しい戦闘によって悲鳴を上げていた。

撤退と希望の兆し

「リド! 住民の避難は!」

アザゼルは叫んだ。彼女の目的は、自分が逃げることではなく、巻き込んでしまった人間たちを逃がすことだ。

「もうすぐだ! ヒューイが爆破した通路を迂回させる! アブ、時間を稼いでくれ!」

リドが叫ぶと同時に、奥の通路から凄まじい爆音が轟いた。

ドォォン!!

崩れた瓦礫が通路を塞ぐ。ヒューイはうまく逃げたようだ。

「よし、今だ! リド、急げ!」

アザゼルはサツキとの一騎打ちの形に持ち込んだ。サツキの剣は重く、アザゼルの体術を凌駕する。

「観念しろ、アブ。貴様は、女王様への献上品だ!」

サツキの剣が、アザゼルの左腕を浅く切り裂いた。白の戦闘服に、鮮血が滲む。

「……ッ!」

アザゼルは痛みに顔を歪めながら、最後の光弾を、サツキの剣の柄目掛けてゼロ距離で放つ。サツキは剣を弾き返したが、一瞬後退した。

その隙に、リドが気絶したド・ガンを担ぎ上げ、ザントの鎖を特殊な工具で切断した。

「逃げるぞ、アブ!」

リドが叫ぶと同時に、アザゼルは事前に用意していた煙幕弾を足元に叩きつけた。礼拝堂は濃密な黒煙に包まれる。

「くそっ! 逃がすな! 追撃部隊を出せ!」

サツキの怒声が響く中、アザゼルはリド、ド・ガン、そして鎖から解放されたザントと共に、崩壊寸前の裏通路へと姿を消した。



裏都市の廃墟となった、湿った倉庫。ここは裏都市の最深部であり、サツキの追撃も届きにくい場所だった。

リドは疲弊しきった住民たちを落ち着かせ、ヒューイと合流していた。ザントは鎖の破片を弄び、戦闘のデータについて何かを呟いている。

アザゼルは、壁にもたれかかり、戦闘で負った左腕の切り傷を抑えていた。傷は深くはないが、出血は続いている。

「この傷、治りが悪い……」

彼女は自嘲した。自分の体が、かつてのように強靭ではないことを痛感する。

その時、マリィがアザゼルの前にそっと座り込んだ。

「アブお姉ちゃん、おまじないしてあげる!」


「うん?」


「アブお姉ちゃん...痛いの、痛いの、飛んでいけー!」

マリィは、母親にしてもらうように、アザゼルの傷口に優しくそっと触れた。

その瞬間、アザゼルの右小指が、先ほどの戦闘中よりも遥かに強い温かい熱を放ち始めた。それは、体内の生命力が熱を帯びたかのような感覚だった。

右小指の熱は、マリィの指先を通じて、まるで導管を通るように左腕の切り傷へと流れ込んでいく。

ジリジリ……

アザゼルは、傷口が微かな痺れと共に、急速に収縮していくのを感じた。切り裂かれた皮膚が、互いに引き寄せられ、結びついていく。

「……嘘だろ?」

アザゼルは息を呑んだ。深かった切り傷は、たった数秒で出血が止まり、赤みが引いた薄い引っ掻き傷へと変化していた。驚異的な速さだった。

マリィは不思議そうな顔で、アザゼルを見つめている。

アザゼルは、自分の右小指と、驚くほど回復した左腕を交互に見つめた。彼女の胸には、一つの結論が強く浮かび上がっていた。

「あの光弾は……破壊のためではなく、修復のため……?」

彼女が極度の怒りで発動させた「未知の光」は、最も破壊力が高い鎧の隙間ではなく、最も守るべき命(自身の傷)に対して初めて、その真の特性を示したのだ。


「……面白い」

ザントは、すべてを見透かしたように、冷笑を浮かべた。

「お前、人を癒す力か。破壊の時代に、随分と時代遅れな力を持ったもんだな、アブ」


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