6話 捕虜と鎖と、時々角砂糖
王都へ向かう前、私たちは裏都市の鉄工地区へと足を運んだ。
いくらザントの案内があるとはいえ、敵の本拠地に乗り込むのだ。戦闘力のないマリィを連れて行くのはあまりに危険すぎる。
カン、カンという重い槌音が響く工房の扉を叩くと、ズズズと地響きを立てて巨体の鍛冶師、ド・ガンが顔を出した。
「ひぃッ!? ま、また目つきの悪いチビが来たぁ……!」
私を見るなり、ド・ガンは巨大なハンマーを盾にしてガタガタと震え出した。
「誰がチビだ、この岩山。ちょっと小指を当てるぞ」
「ひぃぃぃぃッ! サビちゃうぅぅぅ!」
「やめろアザゼル、いじめるな。……ド・ガン、悪いが少しの間、マリィを預かってくれないか? 俺たちは王都へ稼ぎに行ってくる」
リドが頼むと、ド・ガンはゴーグルの奥の目を瞬かせ、それから足元のマリィを見た。
「えーっ! マリィもピクニック行くのー!」
不満げに頬を膨らませるマリィ。だが、ド・ガンは「よしよし」と優しく声をかけながら、丸太のような太い腕で、ひょいとマリィを抱え上げた。
その手つきは、あの巨体からは想像もつかないほど繊細で、子供の扱いに酷く慣れているようだった。
「お留守番、お願いできるかな? あとで、鉄屑で新しいおもちゃ作ってあげるから」
「ほんと!? うん、マリィ待ってる!」
あっさりと機嫌を直すマリィ。リドが「助かるぜ」とド・ガンに銀貨を一枚弾き、私たちは工房を後にした。
* * *
ジャラッ、ガコン。ガシャン。
光の届かない薄暗い旧地下坑道に、不規則で重苦しい金属音が響き渡る。
「あー、ちょっと待って! ストップ、ストップ! マジで歩きづらいんだけど!」
ザントが情けない声を上げながら、ガクンと不格好に膝をついた。
彼の現在の足は、アジトに転がっていた鉄パイプや歯車などの適当なガラクタを継ぎ接ぎして作った『即席の義足』だ。おまけに上半身から腕にかけては極太のチェーンで何重にも縛り上げられており、一歩踏み出すたびにガチャガチャと騒がしい音を立てている。
「痛っ、首絞まってる! ちょっと天使ちゃん、リード引っ張る力強すぎない!?」
「うるさい。少しでも歩みを遅らせたら、今度こそその安っぽい足の関節を完全に錆びつかせて、地を這わせるぞ」
私は立ち止まり、手に握っていたチェーンの端をグイッと強めに引き寄せた。
「いやいや、無理だってば。俺、ただでさえ下半身ポンコツ状態なのに、こんな重い鎖巻かれてたら音速どころかカメより遅いって……」
「いいから歩け。さっさと王都の金庫を暴き、最高級の角砂糖……いや、天界の情報を手に入れるのだ」
「今、絶対角砂糖がメインだったよな?」
先頭を歩いていたリドが、キセルの灰を落としながらジト目を向けてくる。
「か、勘違いするな! 私は常に高潔なる目的のために動いている! 糖分はあくまでその過程での効率的なエネルギー補給に過ぎん!」
「はいはい、天使様はいいから手綱しっかり握っとけよ。暗がりで逃げられたら厄介だ」
「へいへい。おっかないねぇ」
ザントは大袈裟に肩をすくめ(鎖がジャラッと鳴った)、再びガコン、ガコンと不器用な足取りで歩き始めた。
* * *
迷路のような坑道を抜け、私たちは突き当たりにある巨大な縦穴に出た。
そこには、朽ち果てた巨大な『昇降機』が鎮座していた。
「これが王都への直通リフトだ。……まあ、見ての通り数十年は動いてないただの鉄屑だけどな」
ザントが顎で昇降機をしゃくる。
「これを動かすのか?」
リドが錆びついた駆動部を見て顔をしかめた。
「ああ。王城の地下整備区画まで一本道だ。……天使ちゃん、出番だぜ?」
私は無言で頷き、チェーンを持ったまま昇降機の動力部に近づいた。
右手の小指を、錆びついた巨大な歯車に押し当てる。
(――蘇れ)
パシュッ。
淡い緑色の燐光が広がり、金属の『死んだ時間』が巻き戻っていく。
分厚い赤錆がボロボロと剥がれ落ち、鈍く輝く黒鉄の肌が現れる。ドクン、と昇降機全体が長い眠りから覚めた獣のように震えた。
『シュゴォォォォォ……!』
蒸気が噴き出し、ピストンが力強く上下運動を始める。
「ヒューッ! やっぱすげぇなそれ! マジで便利!」
ザントが拘束されたまま口笛を吹く。
「黙れ。私は便利屋ではない」
私たちは軋むリフトへと乗り込んだ。
ガタン、ゴトンと重い音を立てながら、昇降機は暗い縦穴を驚くほどの速度で上昇していく。
* * *
数分後。
頭上に、眩い光が見え始めた。
「……着くぞ。上は眩しいから、少し目ェ細めとけよ」
ザントの軽い警告と共に、リフトの扉が開く。
私たちは、光の中へと足を踏み出した。
――世界が、開けた。
「……嘘だろ」
リドが呆然と呟き、キセルを落としそうになる。
眼下に広がっていたのは、言葉を失うほどの絶景だった。
白。
どこまでも続く、白亜の街並み。
幾何学的に整備された美しい道路、整然と並ぶ高い塔、空を行き交う優雅な飛空船。
太陽の光を反射して輝くその街は、私たちが這いずり回っていた裏都市の混沌とした黒とは対照的な、徹底的に管理された『秩序』の結晶だった。
「……目が、腐りそうだ」
私は眩しさに目を細めた。
美しい。確かに美しいが、なぜだかひどく薄気味悪さを感じる。まるで作り物のおもちゃ箱を見せられているような感覚だ。
「ようこそ、『正義』の国ドロステの王都へ」
ザントが、鎖に縛られたまま皮肉っぽく笑った。
「綺麗だろ? 吐き気がするほどな」
「……確かに、ここは俺たちにとって居心地が悪すぎるな」
リドが昇降機の影に身を隠したまま、担いでいた荷物の中から丸めた布の束を取り出した。
「そのまま歩けば五秒で見つかって通報されるぞ。この清潔すぎる街じゃ、俺たちの薄汚い身なりは『ゴミ』と同義だからな。ほら、着替えろ」
リドは布の束をバサッと広げ、手際よく私たちに投げ渡した。盗賊としての抜け目ない準備だ。
「おい鉄クズ、お前はこの厚手のロングコートを着ろ。その物騒な鎖とポンコツの足をすっぽり隠すんだ」
「えー、マジで? これダサくない? それに鎖の上からコートとか、着膨れして余計怪しくねぇ?」
「文句を言うな。怪我人か病人のフリをして、歩幅を合わせて静かに歩け。妙な金属音を立てたら即座にぶっ殺すぞ」
ザントは「へいへい」と渋々分厚いコートを羽織り、前を深く合わせた。見た目だけなら、少し歩き方が不自然で体格のいい男、程度に誤魔化せなくもない。
「アザゼル、お前はこれを被れ」
リドから渡されたのは、下層の商人が着るような、少し古いが泥汚れのないシンプルなフード付きの外套だった。
「……こんな安物の布地を、この私に羽織れというのか」
「我慢しろ。お前のその目立つ派手な髪も、ちゃんとフードで隠しとけよ」
「……分かっている」
私は渋々ボロ服の上から外套を羽織り、目深にフードを被って、自慢の白金と金の髪を完全に隠した。リド自身も泥だらけの上着を脱ぎ捨て、街の住人が着るような小綺麗なジャケットを羽織り、顔のススを手早く拭き取っている。
屈辱だ。身を隠すためにこんな下等な変装を強いられるとは。
だが、今は耐えるしかない。
「さて、案内しろ鉄クズ。金持ちの宝物庫はどこだ」
「へいへい。まずは人目を避けて、下層の貴族街から攻めるとしますか」
私はザントのチェーンの端をコートの下から目立たないようにしっかりと握り直した。
外見だけは一般市民を装い、私たちは影に溶け込むようにして、眩しすぎる光の国へと足を踏み入れた。




