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4話 機械頭は時代遅れ

空気がぶおん、と鳴った。

 ザントの足が石畳を蹴るたびに、通りがビリビリ震える。

 屋台の果物が跳ね、看板が揺れ、通りの猫まで逃げ出した。


「おいおいおい! 動かねぇとサンドバッグになるぞ虫ちゃん!」

「……誰がサンドバッグだ」

「お、喋った!あまりにも無表情だから、感情あんのか心配してたぜ!」


 ザントがニカッと笑い、背中の装甲がガシャリと開く。

 青白いスパークが走り――彼の姿が掻き消えた。


 風がひとつ、弾ける。

 次の瞬間には、アザゼルの真横に立っていた。


「どーした! 目が追いついてねぇぞ!」

「……うるさい」

「スルー!? ちょ、もうちょい反応しろって!」


 拳を構え、ザントが突っ込む。

 衝撃波が走り、屋台の看板が吹き飛ぶ。

 アザゼルは最小限の動きでかわすが、その無表情ぶりが逆に腹立たしい。


「なあ、ちょっとぐらい焦れよ!? こっち命かけてんだぞ!?」

「勝手にかけろ」

「釣れない、ねぇ!!」


 ザントは壁を蹴り、空中で一回転。

 電撃を帯びた蹴りが、アザゼルの顔面に迫る――!


 が、アザゼルはまったく動じず、腰の袋に手を入れた。

 取り出したのは――やけに小さな、鉄の盾。


「……え、それ? なんか、ガチャの外れみたいなサイズだけど」

「十分だ」

「いやいや無理無理! こっちは音速だぞ!? 物理演算どうなってんの!?」


 ザントのツッコミも虚しく、身体が光線のように飛び出す。

 風が裂ける。アザゼルは無言で盾を構える。


 ガァァァン!!!


 大地が揺れた。

 ザントが真正面から、盾に全力で激突したのだ。


 一瞬、青い稲妻が空を裂き――

 次の瞬間、ザントの身体がスローモーションで宙を舞った。


 「ちょっ……嘘だろおおおおお!?」

 「……」

 「物理が裏切ったァァァ!!」


 彼は回転しながら屋台に突っ込み、

 スイカを粉砕し、バナナを巻き込み、最後は見事にリンゴの山に突っ込んだ。


 果物が空中で弾け飛び、空間がカラフルなスムージー状態になる。

 マリィが目を丸くした。

 「すごい……! お姉ちゃん、果物魔法!?」

 「物理」

 「じゃあ、盾魔法?」

 「物理」

 「へ、へぇ〜〜...」


 「……安物にしては、いい仕事をする」

 「いや、それ絶対、扱いの問題じゃない……」リドが頭を抱える。

 「お姉ちゃん、勝ったね!」

 「勝負ではない」

 「どっちかって言うと、自爆だな……」


 通りの果物が全滅し、ザントだけがカラフルに光っていた。

 その光は――戦士の名残ではなく、電源ショートの火花だった。


数時間後。

 ザントは裏通りの酒場の一角、リドの屋根裏で寝かされていた。

 頭には包帯、腕にはマリィの貼ったシール。


「……こりゃ完全に子どもの手当てだな」

 リドが苦笑しながら呟く。


「でも、助けてくれたんだよ」

 マリィが真剣な顔で言う。

「だって、あの人が盾にぶつからなかったら、アブお姉ちゃん、切られてたかも」


「助けてくれたっていうか、自爆したんだろう……」

 アザゼルは腕を組んで、無表情のまま答えた。


ザントは倒れたまま微かに息をしている。

 だが、その表情は穏やかではなかった。金属の額からは、青い火花がぱちぱちと散っていた。


 「こいつ……半分、というか、ほとんど機械なのか」


 マリィが恐る恐る覗き込む。

 「お兄ちゃん、これ、動くの?」

 「動かねぇうちに縛っとけ」

 リドの声で、裏都市の男たちが縄を持って駆け寄る。

 ザントの手足が次々と拘束され、背後の壁に鎖で打ちつけられた。



 ザントが目を覚ましたのは、夕暮れ時だった。

 頭上のランプが、煤のような光を揺らしている。

 両腕は鎖に縛られ、金属の肌が軋むたびに鈍い音を立てた。


 「……あー、やっちまったな俺」


 低く呟いた声は、笑っているのか苦笑しているのか分からない。

 周囲には、裏都市の住人たちが数人。粗末な銃や鉄棒を手に、囲んでいた。

 リドが前に出て、煙草の灰を落とす。


 「さてと、機械野郎。まずは名前をもう一度聞こうか」

 「ザント。聖騎士団第4番隊隊長、って言ったろ?」

 「そうだな。だが、裏都市に“聖騎士”なんざ来たのは十年ぶりだ。何の用だ?」


 ザントは鼻で笑った。

 「観光だよ」

 「……その冗談、命が惜しくない奴の言葉だな」


 リドの言葉に、場の空気がぴんと張り詰めた。

 周囲の者たちの指が、銃の引き金へと触れる。

 だがザントは怯えなかった。むしろ、楽しそうに首を傾げた。


 「命、か。……悪いけど、俺を殺したって、意味は無いぜ?なんせ、聖騎士団は俺以上にやべぇやつがわんさかいる、今回はほんとはただの偵察、だったんだけどねぇ、なーんか美人が思ってたほどおおくてよぉ、テンションが上がっちまった」


 鎖の下で、金属の胸部を“コン”と指で叩く。

 中から響いたのは、肉ではなく鉄の音だった。


 「お前、どこの命令で来た?」

 「王の直命だ。“白金の髪の女”を探せ、ってな」


 その瞬間、アザゼルの肩がわずかに動いた。

 ザントはそれを見逃さず、ニヤリと笑う。


 「おいおい、やっぱお前か。あの時のお前の美人な顔、忘れらんねぇんだよなぁ」

 「黙れ」

 アザゼルの声は低く、氷のように冷たかった。

 「また命令か。お前たちはいつもそうだな。上の言葉ひとつで人を殺す」


 「そりゃあ便利だからな」

 ザントは肩をすくめる。鎖が鳴った。

 「考えなくていいってのは、楽だぜ?」


 その言葉に、アザゼルはほんの一瞬だけ眉を寄せた。


 沈黙が流れた。

 その沈黙を破ったのは、マリィの小さな声だった。


 「……痛くないの?」


 「ん?」

 「その鎖とか、腕とか。血が出てないけど……痛いでしょ?」


 ザントは、思わず苦笑した。

 「優しいな、お嬢ちゃん。けど大丈夫。痛みの神経は……とっくに捨てた」

 「そっか。でも、痛くなくても、傷は治した方がいいよ」


 マリィがそう言って、彼の腕の金属部分に布を巻こうとする。

 リドが慌てて止めた。

 「おいマリィ、触るな! そいつは――」


 「……いいさ。放っとけ」

 アザゼルが小さく言った。

 その声には、どこか疲れと諦めが滲んでいた。

 「怪我してない者を痛めつけても、意味はない」


 ザントがにやりと笑う。

 「へぇ、優しいじゃねぇか。異邦人の癖に」


 「黙れ」


 冷気のような視線が交錯する。

 リドが溜息をつき、マリィの肩を押して奥へとやる。

 「もういい。こいつは明日、外に追い出す。聖騎士が裏都市にいるなんて、それだけで厄介事だ」


 ザントは笑みを消さずに、壁にもたれた。

 「おうよ。どうせ、外に出りゃまた命令が降る。……ただ、忠告しとくぜ」


 「忠告?」

 「その“裏都市”に、もうすぐ王の軍が入る。お前ら、ここにいると――潰されるぜ」


 ざわめきが走る。

 アザゼルはその言葉に、わずかに表情を曇らせた。

 「……どういう意味だ」

 「知らねぇのか? “浄化作戦”だよ。王都じゃ、裏都市は“不要物の溜まり場”って呼ばれてる昔っからそう言われてたじゃねぇか」


 リドが拳を握り締める。

 「そんな話、聞いたこともねぇ!」


 「そりゃあそうだ。表向きは“治安回復”って言ってんだ、お前らみてぇな、いるだけで治安が悪くなるような社会のゴミにはな、消えてもらわなくちゃ、世間にとってダメなことだろ?」

 ザントは皮肉げに笑う。

 「……どいつもこいつも、正義って名の旗の下に隠れてやがる」


「裏都市のやつらが、どんなやつらか、機会野郎、分かってんのか?家がねぇヤツ、心に深い傷を負って実生活がままならねぇやつ、親がいねぇやつ、親がいても、育てようともしないクソな親から逃げてきたやつ、借金がもう返せねぇほどあるやつ、そんな奴が仕方なく不便な生活してんだ!みんな、生きるのに必死なんだよ!死ぬなら死んでみてぇさ!でも死ぬのは怖ぇんだ!」


 その言葉は、アザゼルの胸に重く響いた。

 天界で見た“光”――あの眩しさが、一瞬だけ遠くに霞んだ気がした。


 リドは1度冷静になり、先程の怒りを抑え、ザントに冷たく告げた。

 「夜が明けたら、お前はここを出ろ。それまで鎖につながれてろ」

 「おう。ご親切にどうも」


 その軽い返事に、アザゼルの眉がぴくりと動いた。

 「お前というやつは……」

 「何だよ。怒るなよ、害虫ちゃん」


 「二度とその呼び方をするな」


 「……へぇ。いい声してんな」


 リドが慌てて間に入り、場を収めた。

 人々が散っていき、静けさが戻る。

 アザゼルは最後までその場に残り、ザントを睨みつけたまま背を向けた。


 「……うるさい機械め」


 「お褒めにあずかり光栄だぜ、アブさん」


 そのやり取りの隅で、マリィだけがまだザントを見ていた。

 布で拭った金属の腕が、ランプの光を反射して微かに輝いている。

 彼女の瞳の中にも、その光が映っていた。



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