29話 音速対決、ヴェリーナVSザント
ガガガガガガッ!!
石畳が爆ぜ、火花が弾ける。
ヴェリーナとザント。二人の『速さ』は、根本的にその性質を異にしていた。
ヴェリーナの動きは、例えるならば風を切り裂き、細い路地すらも自由自在に駆け抜ける二輪車のようだった。
無駄な筋力を一切使わず、足元のわずかな起伏すらも利用して地を滑る。ザントの二つの刀が交差して迫るたび、彼女は蝶のように軽やかに身を翻し、あるいは一瞬の『瞬間移動』を交えて刃の軌道からスルリと抜け出していく。
そして、生まれたほんの数ミリの死角へ潜り込み、青白い双剣でザントの装甲の継ぎ目を的確に削り取っていくのだ。
「――シッ!」
鋭い呼気と共に、ヴェリーナがザントの右腕の死角へ回り込む。双剣が金属装甲を滑り、嫌な摩擦音と共に浅い火花を散らした。
「チィッ、ちょこまかと……!!」
一方のザントの速さは、圧倒的な爆発力に全振りした、巨大なエンジンの塊そのものだった。
背中のブースターから青白い炎を噴き出し、一直線に音速を突破する。その突進は、さながら最高速度で暴走し、決して曲がることのできない重量級のスポーツカーである。
小回りは効かない。ヴェリーナの軽やかなステップを前に、ザントの突進は何度も空を切る。
だが、ザントはその『曲がれない』という弱点を、サイボーグならではの豪快すぎる力技でねじ伏せていた。
ズドォォォォンッ!!
突進の勢い余って広場の石柱に激突しそうになった瞬間、ザントは両足でその石柱を思い切り蹴り砕き、強引に反発力を生み出してヴェリーナの方向へと軌道を鋭角に変えたのだ。
「そこだァッ!!」
壁を砕き、地面を抉りながら、ザントは二振りの刀を竜巻のように振り回す。
ヴェリーナが細かく逃げ回るなら、その回避空間ごとすべてを薙ぎ払うまでのこと。右の長尺の打刀が暴風を生み、左の小太刀が逃げ道を塞ぐ。
その力任せかつ超高速の乱撃に、さしものヴェリーナも防戦に回らざるを得なくなる。
ガィィィンッ! キィィンッ!!
青白い双剣と鋼鉄の刀が衝突するたび、ヴェリーナの細い腕がビリビリと痺れた。
(……なんて理不尽な馬力。まともに打ち合えば、こちらの手首が先に砕けますね)
仮面の奥で、ヴェリーナは冷静に現状を分析する。
このサイボーグは直線的な動きしかできないが、その直線に乗せた速度と質量は、まともに受ければ致命傷になり得る。
「どうした嬢ちゃん! 避けてばっかじゃ俺の装甲は抜けねぇぞ!!」
「……野蛮な機械人形が」
ヴェリーナはザントの渾身の唐竹割りを、双剣を交差させて受け流す。その衝撃を利用して後方へ軽やかにバックステップを踏み、再び距離を取った。
彼女の純白のマントがフワリと舞う。
「直線的な加速しかできないあなたの弱点は、すでに完全に把握しました。……どれほど馬力があろうと、その巨大な質量では、私の『空間跳躍』の精度にはついてこられない」
ヴェリーナが双剣を胸の前で交差させると、彼女の姿が三つの残像にブレた。
「ただの速さではない。空間そのものを支配する私の暗殺術……その鉄の身体ごと、解体して差し上げます」
「ハッ! 解体できるもんならやってみやがれッ!!」
ザントはブースターを唸らせ、再び一直線の猛突進を仕掛ける。
直線的で豪快なサイボーグの刃と、変幻自在に空間を跳躍する暗殺者の双剣。
極限のスピードでぶつかり合う二人の戦いは、周囲の聖騎士たちすら介入できない次元へと突入し、王都の広場に暴風雨のような金属音を響かせ続けていた。
――ヒュンッ。
ヴェリーナが姿を消した瞬間、ザントの赤いカメラアイが鋭く回転し、周囲をスキャンする。だが、どこを探しても彼女の気配はない。
先ほど、リドたちとの乱戦の最中、彼女がマリィの首筋に刻み込んだあの赤い幾何学模様の『追跡の印』。それが今、ザントの装甲の継ぎ目に、いつの間にか刻まれていたのだ。
「……背後か!」
ザントが直感でブースターを全開にし、その場を離脱しようとした瞬間、背後の空間が裂け、ヴェリーナが滑り出てきた。
ザントは間一髪、ブースターの熱暴走を利用した凄まじい加速で正面へと飛び退く。背中の装甲が数ミリだけ削り取られ、火花が散った。
「ちぃッ! どこまでついてきやがる!」
「逃げられませんよ」
ヴェリーナの声は、すぐ背後から聞こえた。
ザントが振り返り様に刀を振るうが、そこにはもういない。彼女はすでに、十メートル先の木の上に立っていた。
「……どういうことだ。さっきまであんな距離にいたはずだぞ」
「この森の至る所に、印を刻んでおきました。私の『空間跳躍』は、印のある場所へ瞬時に移動する」
ヴェリーナは双剣を回転させ、冷たく言い放つ。
「あなたの『音速』よりも、私の『境界を越える速度』の方が速い。この戦場は、すでに私の庭と同じです」
ザントは奥歯を噛みしめた。
ヴェリーナは単に速いのではない。移動の予備動作を完全にゼロにして、点から点へ移動している。直線しか走れないザントにとって、全方位から現れては消える彼女の軌道は、まさに悪夢だった。
ザントはヴェリーナが次に現れるであろう地点を予測し、その方向へ向けて先読みの斬撃を叩き込んだ。
ガキィィンッ!!
空中で刃がぶつかり合う音。
……しかし、それはヴェリーナのいた場所ではなかった。
彼女はすでに、その逆方向にある木へと移動していたのだ。
「甘いですね」
背後で冷徹な声が響き、ザントの脇腹に痛烈な一撃が突き刺さる。
彼は痛みをこらえて二刀を回転させ、全周囲をガードしようと試みるが、ヴェリーナの速度はそれを上回る。
右に現れては斬り、左に跳んでは脚を削る。
ザントは反応し、防ぎ、反撃を試みるが、すべては『後手』だった。
彼女が移動するたびに刻まれる新たな印。森全体が彼女のテリトリーと化し、逃げ場は狭まっていく。
「……くそっ、これじゃあ……追い詰められちまう……ッ!」
ザントの鋼鉄の装甲は無数の傷で埋め尽くされ、各所の関節からはオイルが噴き出している。
空間を支配する暗殺者の舞踏の前に、圧倒的な馬力を誇る鉄の巨人は、今や逃げ道を失った獲物として、静かに、確実に追い詰められていた。
シュガッ! ガキンッ! キィィィンッ!!
視界の端で青白い光が瞬くたびに、ザントの鋼鉄の装甲が削り取られていく。
右からの一撃を長尺の打刀で弾いたかと思えば、すでにヴェリーナは背後の木に刻まれた印へと跳躍し、死角から小太刀の防御を掻い潜って関節部を切り裂く。
「くそッ……! どこだ、次はどこから来やがる……ッ!」
ザントの赤いカメラアイが猛烈な勢いで火花を散らしながら、周囲の空間をスキャンし続ける。
だが、サイボーグの超高速の演算能力をもってしても、ヴェリーナの『空間跳躍』を完全に予測することは不可能だった。移動の予備動作という概念が一切存在しないのだ。
それに加え、周囲の木々や瓦礫、そしてザント自身の装甲のあちこちに、あの忌々しい『赤い印』が無数に刻み込まれている。彼女はそれらの点と点を、まるで瞬きをするような気軽さで行き来しているのだ。
「どうしました。先ほどの威勢はどうしたのですか?」
ふわり、と。
頭上の枝に逆さに降り立ったヴェリーナが、白い仮面の奥から冷たく見下ろしてくる。
彼女の双剣には、ザントの機体から流れ出た黒いオイルがべっとりと付着していた。
「このまま演算を続けても無駄ですよ。あなたの直線的な思考回路では、私の無限の跳躍ルートを割り出すことはできない。……元・第4番隊隊長ともあろう者が、随分と無様な姿ですね」
ヴェリーナは冷笑と共に、ザントの過去の肩書きを口にした。
「現・第2番隊隊長である私から見れば、かつてあなたがなぜ隊長格にまで上り詰めることができたのか、全く理解できません。ただ力任せに鉄を振り回すだけの粗大ゴミ……このままスクラップになるのを待つだけですか?」
「……」
ザントは荒い排熱の息を吐き出しながら、二つの刀をだらりと下げた。
全身の駆動系がエラーの警告音をけたたましく鳴らしている。このまま彼女の土俵で『予測』と『対応』のゲームを続ければ、確実に装甲を削り切られてスクラップにされる。
どこへ跳ぶ? どの印を使う? 次の一手は上か、下か、背後か……。
ザントの電子頭脳が猛烈な熱を発して最適解を導き出そうとした、その時だった。
「……あー、もう」
ザントは、突如として天を仰ぎ、ポツリとぼやいた。
「上だの下だの、予測だの座標だの……」
ギリッ、と鋼鉄の顎が食いしばられる。
「あーーーッ!! めんどくせェェェェェェッ!!!」
戦場に似つかわしくない、ヤケクソのようなザントの絶叫が木霊した。
ヴェリーナが仮面の奥で僅かに眉をひそめる。
「俺はなァ、そういう小難しい計算が性に合わなくて、隊長をドロップアウトしたんだわ! チマチマと計算機みてぇに頭使うのは、てめぇらみたいなお上品な現役サマに任せておいてやる!!」
ザントは考えることを、完全に放棄した。
予測が追いつかないなら、予測などしなければいい。
点から点へと逃げ回るなら、その『点』ごとすべてを破壊し尽くせばいいのだ。
「な、何を……」
「てめぇがどこから現れるか分かんねぇなら……俺の周り全部を、デッドゾーンに変えてやるよォォォッ!!」
ザントの足元から、これまでとは桁違いの、異常な色をした爆炎が吹き上がった。
リミッターを完全に解除した、背中と両足のブースターのオーバーロード。彼の巨体そのものが、まるでひとつの巨大な爆弾のように高熱を帯び、赤熱化していく。
「馬鹿な……自爆する気ですか!?」
「自爆じゃねぇ! てめぇを巻き込む、全方位のミキサーだァッ!!」
ザントは右手の打刀と左手の小太刀を、自身の体の周囲で凄まじい速度で旋回させ始めた。
サイボーグの限界を超えたモーターの回転と、暴走するブースターの爆炎が合わさり、ザントを中心に『炎と鋼の巨大な竜巻』が巻き起こったのだ。
「ゴォォォォォォォォッ!!!」
凄まじい暴風と熱波が周囲を吹き飛ばす。
ザントはそのまま、竜巻の中心に身を置いた状態で、メチャクチャな軌道で戦場を暴れ回り始めた。
「てめぇの足場になる木だろうが瓦礫だろうが、全部更地にしてやる!!」
ズバァァァァンッ!!
ザントの炎の竜巻が触れた瞬間、ヴェリーナが印を刻んでいた周囲の大樹が、根元から木っ端微塵に粉砕され、燃えカスとなって吹き飛んでいく。石畳は抉られ、瓦礫は宙に舞い上がり、広場の一角が文字通り『更地』へと変貌していく。
「……ッ! 野蛮極まりない……!」
ヴェリーナは舌打ちをし、破壊されていく木々から逃れるように空間跳躍を繰り返した。
だが、足場となる印が次々と消滅していく。ならばと、彼女は直接ザントの装甲に刻んだ印へ向けて跳躍し、内側から首を掻き切ろうと試みた。
――しかし。
「――現れたなッ!!」
「なッ……!?」
ザントの背後に瞬間移動したヴェリーナを待っていたのは、彼女を焼き尽くさんばかりの超高熱の爆炎と、全方位を無差別に薙ぎ払う二つの刀の乱気流だった。
ザントの周囲半径数メートルは、入り込んだ瞬間にミンチにされる絶対の『死地』と化していたのだ。予測など必要ない。現れた端から、何も考えずに全方位をぶっ壊す。ただそれだけの、あまりにも純粋で暴力的な力業。
「くぅッ……!」
ヴェリーナは咄嗟に双剣を盾にして防御したが、竜巻の圧倒的な物理的質量と爆発力に耐えきれず、激しく火花を散らしながら大きく後方へと弾き飛ばされた。
「ハハハハハハッ!! どうしたヴェリーナ!! 得意の瞬間移動で俺の懐に入ってこいよ!! その白い仮面ごと、微塵切りにしてやるぜェェェッ!!」
全身からオイルを沸騰させ、炎を纏いながら高笑いする元・第4番隊隊長の鉄の悪鬼。
緻密な暗殺術と空間支配を誇るヴェリーナの計算は、考えることをやめたザントの『圧倒的な力任せ』によって、ついに強引に粉砕されようとしていた。




