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27話 ガイムVSリド

ガキィィィィンッ!!


巨大な鉄塊とダガーが激突し、火花が散る。

だが、その圧倒的な質量差は如何ともし難く、リドの細い身体は木の葉のように軽々と吹き飛ばされ、太い木の幹に背中から激突した。


「ぐ、はぁッ……!」


肺から空気が吐き出され、リドは苦痛に顔を歪めて地面に蹲る。

二人が激突しながらもつれ込んだのは、バベル・スパイアの広場に隣接する、王城の庭園として整備された『森』の中だった。木漏れ日が差し込む静かな空間に、ガイムの重々しい足音が響く。


「……終わりだ、小僧」


ガイムは肩で息をするリドを見下ろし、ゆっくりと大剣を振り上げた。

その顔には、先ほどまでの好戦的な嘲笑はなく、ただ義務を遂行する処刑人のような、重く沈んだ色が浮かんでいた。


「お前は、怒りばかりで目の前がまったく見えちゃいねぇ。そんな大振りの殺意で、俺の首に届くわけがないだろうが」


ガイムはそう吐き捨てると、僅かに目を伏せ、ぽつりと呟いた。


「……あの紫髪の少女の件は、悪かったな」

「……ッ!!」

「言い訳に聞こえるだろうが……俺たちにとっても、あれはしょうがないことだったんだ。俺たちドロステの聖騎士団は、エノク女王の命令には絶対に逆らえん。逆らえば、部下たち全員の首が飛ぶ」


ガイムは大剣の柄を握り直し、逃げ場のないリドへ向けて切っ先を向けた。


「これは、正義に加担している俺たち聖騎士団の『責任』だと思ってくれていい。……いくらでも俺を恨んで、死ね。せめて一太刀で、痛みを感じる間もなく楽に斬り捨ててやる」


それが、ガイムなりの騎士としての、せめてもの情けだった。

彼は高く大剣を振りかぶり、リドの命を終わらせるべく、無慈悲な一撃を振り下ろそうとした。


――だが。

俯いていたリドの唇が、泥にまみれた顔の中で、ふっと冷酷な弧を描いた。


「……ハッ。舐められちゃ困るな」

「なに?」


次の瞬間。

リドが懐から取り出した『何か』を地面に勢いよく叩きつけた。


パァァァンッ!!


破裂音と共に、視界を完全に奪い去るほどの濃密な『紫煙』が爆発的に膨れ上がった。

それは単なる煙幕ではない。この森の中へと後退しながら、リドが密かに周囲の木々の枝葉や根元に仕掛けていた特製の煙玉が連鎖的に発火し、次々と紫煙を噴き出し始めたのだ。

瞬く間に、ガイムと彼の率いる部隊の周囲は、一寸先も見えない底なしの紫の闇へと飲み込まれた。


「な、なんだこの煙は!? 小僧、どこへ消えた!」

ガイムが大剣を振り回して煙を散らそうとするが、粘り気のある紫煙は一向に晴れる気配がない。


それどころか、煙の向こう側から、信じられない音が聞こえ始めた。


『ぎゃあぁぁぁッ!?』

『どこだ! どこから攻撃され――ぐふッ!』

『隊長! 助け――』


バタッ、バタタッ……。

森の中でガイムの背後を固めていたはずの第3番隊の聖騎士たちが、次々と断末魔の悲鳴を上げ、血を吹き出して倒れていく音だった。


「き、貴様ら! 何が起きている!?」

ガイムが焦燥に駆られて叫ぶと、紫煙のあちこちから、木霊するようにリドの冷たい声が響き渡った。


『……俺が怒りに任せて、無策で突っ込んでたように見えたか?』

「小僧……ッ!」

『裏都市での生き方のひとつを、上層のあんたらに教えてやるよ』


スパンッ!という肉を裂く音と共に、また一人、聖騎士が絶命して崩れ落ちる。


『――それはな。絶対に頭に血を上らせるな、だ』


右から、左から、上から。

声の出所が全く掴めない。リドの気配は完全に紫煙と同化し、まるで森の亡霊のように立ち回っていた。


『大切なものを奪われて、頭がおかしくなりそうだった。……だけど、怒りに任せて暴れたところで、お前らみたいな化け物どもに勝てないことくらい、泥水を啜って生きてきた俺が一番よく分かってる』


背後で、チリッ、と落ち葉を踏む微かな音がした。

ガイムが弾かれたように大剣を薙ぎ払うが、そこにはただ紫煙が渦巻いているだけだった。


『いつでも冷静に。いつでも相手の隙を見て……音もなく、静かに相手の首を掻き切る。それが俺たちの戦い方だ』

「ちょこまかと……ッ! 姿を現せ、ネズミがァッ!!」

『お前らは上層出身だから、分からないだろうな』


不意に、リドの声がガイムのすぐ耳元――真横の空間から囁きかけてきた。


『毎日24時間、一瞬でも油断したら、明日には路地裏で死体になって転がっている。生まれた時から常に命を狙われる生活なんて……あんたらは、経験したことがないんだろ?』

「……ッ!!」


冷や汗がガイムの額を伝う。

大剣という圧倒的な暴力を持つがゆえに生じた、強者特有の『隙』。


『女王の命令だの、責任だの、そんな綺麗な言い訳は地獄でやってくれ』


紫煙の中から、マリィの血がこびりついた冷たい刃が、音もなくヌルリと姿を現した。


『あんたらは慢心しすぎて……泥水の中で研ぎ澄まされてきた俺たちの力を、卑下しすぎたんだよ』


それは、怒りを極限まで冷却し、純粋な殺意の結晶へと昇華させた裏都市の少年の、真の反撃の始まりだった。


シュガッ! という鋭い音と共に、紫煙の闇から伸びた刃がガイムの分厚い装甲の隙間を的確に切り裂いた。


「ハハッ! 図体がデカいから、いくらでも的があって助かるぜ!!」


煙に溶け込んだリドの嘲笑が、森のあちこちから反響してガイムの耳を打つ。

声の方向へ向けてガイムが怒り任せに大剣を薙ぎ払うが、そこにはすでに誰もいない。空を切る巨大な刃の風圧だけが虚しく木々の葉を揺らすだけだ。


「ちょこまかと……! 正面から来い、ドブネズミィッ!!」

「真正面から力比べなんて、上層の恵まれた連中がやるお遊戯だろ」


再び背後からヌルリと気配が近づき、ガイムの太ももの裏側、鎧の関節部分にダガーが浅く、しかし確実に突き立てられた。

「ぐぅッ!?」

ガイムが振り返りざまに大剣を叩きつけるが、刃が地面の石を粉砕した時には、すでにリドは紫煙の奥へと身を翻していた。


圧倒的な質量と破壊力を持つガイムの大剣。だが、それゆえに一度振れば必ず大きな隙が生まれる。リドは怒りで血走った心臓を無理やり氷水に沈め、その『隙』だけを執拗に狙い、蝶のように舞っては蜂のように刺す一撃を繰り返していた。

ガイムの身体には、致命傷には至らないものの、無数の細かな切り傷が確実に刻まれ、そこから滲み出した血が純白の軍服を赤く汚していく。


『……立派な剣だな』

紫煙の中から、リドの余裕すら感じさせる声が響く。

『重心のバランス、刃の厚み。その大剣、さぞかし腕利きの良い上層の鍛冶師に作って貰ったんだろうな。……あんたのその大振りの予備動作を見れば、次にどこへ刃が飛んでくるか、手に取るように分かるぜ』


それは、ただの挑発ではない。路地裏での殺し合いを生き抜いてきたリドの眼には、恵まれた環境で真っ直ぐに剣を振るってきたガイムの太刀筋が、あまりにも素直で読みやすく映っていたのだ。


『まともに当たったら、俺なんて一溜りもなさそうだ。……だが、当たらなきゃ何の意味も無いだろ?』

「黙れッ!! 小賢しいマネを……ッ!」

『見ろよ。あんたが自慢にしているその最高級の大剣よりも……今、俺の手にあるこの血まみれで、凸凹に刃こぼれした貧相なダガーの方が、あんたの体に一番傷をつけてるぜ』


その事実を突きつけられ、ガイムの額に青筋が浮かび上がった。

誇り高き聖騎士団の隊長である自分が、裏都市の薄汚いガキに手玉に取られている。その屈辱が、彼の冷静さを完全に奪い去った。


「……調子に、乗るなァァァァァァッ!!!」


ガイムは獣のような咆哮を上げ、丸太のような太い足で地面を思い切り踏み込んだ。


ドゴォォォォンッ!!


凄まじい踏み込みの衝撃と、そこから発生した爆発的な突風が、周囲に立ち込めていた紫煙を一気に吹き飛ばした。

視界が開け、森の木々の間に身を潜めていたリドの姿が、ついに白日の下に晒される。


「見つけたぞ、ネズミィッ!! 煙がなけりゃあ、攻め込みづらいだろうが!!」


ガイムは血走った目をひん剥き、大剣を両手でしっかりと握り直した。

煙幕という隠れ蓑を失い、逃げ場のない正面対決。圧倒的なパワーを持つガイムにとって、ここからが本領発揮だ。


「もう小細工は通用しねぇ! この大剣を身体中でブンブンと振り回し、木々も、瓦礫も、お前ごと全部吹き飛ばしてやるまでだァァァッ!!」


ガイムは全身の筋肉を限界まで膨張させ、周囲の空間ごとすべてを薙ぎ払う必殺の大技『旋風斬』の構えに入った。

彼を中心に竜巻のような力が収束し、これを放たれれば、リドの機動力をもってしても躱すことは不可能に思えた。


――しかし。

リドの表情には、焦りも絶望も一切浮かんでいなかった。

彼はただ、冷たくガイムを見据え、ふっと鼻で笑った。


「……安直だな」

「なに……!?」

「煙が晴れたら、俺が慌てて正面からダガー一本で突っ込んでくると思ったか? ……だとしたら、俺が泥水の中で学んだ生き方を、まだ全然分かっちゃいねぇな」


リドがそう言い放った瞬間。

ガイムの背後――先ほどまで紫煙で視界が遮られ、ガイム自身が全く警戒を向けていなかった死角の茂みから、一本の細い筒が音もなく突き出された。


ヒュッ。


風を切る音すらほとんどしない、極小の飛翔体。


「――っ!?」


チクッ、と。

ガイムの太い首筋に、ほんの微かな痛みが走った。

彼が何事かと手を伸ばそうとした瞬間、大技を放とうと極限まで力んでいた彼の巨体が、突如として丸太のように硬直した。


「が、あ……!? なんだ、体が……動か……ッ」


ガイムの手から大剣がすっぽりと抜け落ち、ズドォン!と重い音を立てて地面に突き刺さる。

彼は目を見開き、自身の首筋に刺さった小さな『針』に気づいた。


それは、リドがあらかじめ煙の中で仕掛けておいた、即効性の強力な麻痺毒を塗った『吹き矢』だったのだ。


「……裏都市じゃ、ダガー一本で正面からやり合うのは三流のバカだけだ。勝つためなら、毒でも騙し討ちでも何でも使う」


リドは冷ややかな目を向けながら、ゆっくりとガイムへと歩み寄った。


「お前が踏み込んで煙を吹き飛ばすこと。そして、視界が開けた瞬間に力任せの大技を出そうと大振りになること。……その一瞬の『隙』を作り出すために、俺はわざと挑発し続けてたんだよ」


「き、さま……最初から、俺を……誘導して……ッ」


ガイムは何かを言い返そうとしたが、すでに毒が全身の神経を完全に麻痺させていた。

白目を剥き、膝から崩れ落ちた巨漢は、ついに地響きを立てて完全に昏倒した。


力と誇りに溺れた上層の騎士が、泥にまみれた弱者の知恵と冷酷な執念に、完全に敗北を喫した瞬間だった。

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