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23話 運命の夜明けと、王都特攻

――そして、運命の朝がやってきた。


裏都市のじめじめとした空気に、微かな外気の気配が混じり始める頃。

薄暗い地下の広場は、これまでにないほどの異様な熱気と緊張感に包まれていた。


マリィ、ザント、そしてリドが目を覚まし、武器を手に集まってくる。

彼らの背後には、鉄パイプや錆びた包丁、あり合わせの防具を身につけた裏都市の住人たちが、ずらりと肩を並べていた。昨夜の私の言葉と、女王への反逆の意志に呼応し、「戦う」と志願した者の数は、予想を遥かに超えていたのだ。

誰もが泥にまみれ、決して強そうな軍隊には見えない。だが、その瞳に宿る死と隣り合わせの覚悟は、白亜の城でぬくぬくと訓練を積んだ聖騎士たちをも凌駕する熱を帯びていた。


私は、彼らを束ねるように最前列の瓦礫の上に立ち、静かに、だが全員の耳に届く声で指示を飛ばした。


「よく聞け、貴様ら。ここから先、我々は地下水路を抜け、外の広場に出て敵を迎え撃つ」


その言葉に、住人たちの間にざわめきが走った。「外に出るのか?」「ここで迎え撃った方が安全ではないのか?」という戸惑いの声が上がる。

私は片手を上げて彼らを制し、戦いの鉄則を告げた。


「この地下水路は、見ての通りの完全な『一本道』だ。もしここで待ち伏せをしたとしても、上から聖騎士団に火炎瓶や爆弾、あるいは矢の雨を降らされれば、逃げ場のない我々は一瞬にして一網打尽にされる。極めて非効率で、最悪の死地だ。……地の利は、すでにこちらにはない。だからこそ、外の広場へ打って出て戦線を広げ、乱戦に持ち込むのだ」


私の戦略的判断を聞き、住人たちは息を呑み、そして誰一人として反対することなく深く頷いた。


「よし。では、行くぞ」


私が踵を返し、地上へと続く薄暗い水路へ足を踏み出そうとした、その時だった。


「……あ、アザゼルちゃん……っ」


ギュッ。

不意に、私のボロ布のコートの裾が、小さな力で引き留められた。

振り返ると、そこには両手でしっかりと私の服を握りしめ、小鹿のようにガタガタと震えているマリィの姿があった。


「マリィ? 何を……」

「わたしも……わたしも、一緒にいく……!」


その言葉に、真っ先に反応したのはリドだった。


「なっ……馬鹿なこと言うな、マリィ!!」

リドは血相を変えて駆け寄り、マリィの肩を掴んだ。

「これから行くのは血みどろの戦場だぞ!? お前みたいな力のない子供が前線に出たら、一瞬で殺されちまう! 大人しくおばさんたちと一緒にここに残って――」


「嫌だ!!」


マリィは、これまで見せたこともないような大声でリドの言葉を遮った。

その瞳からは大粒の涙がポロポロと溢れていたが、彼女は決して私の裾から手を離そうとはしなかった。


「だって……ド・ガンのおじちゃんが、連れ去られちゃったんだよ!? 優しいおじちゃんが、悪い人たちに酷いことされてるかもしれないのに……わたしだけ、安全なここで震えて待ってるだけなんて、絶対に嫌だ……! わたしも、おじちゃんを取り戻すの!!」


恐怖に震えながらも、その泥だらけの顔に浮かんでいたのは、退くことを知らない強靭な『決意』だった。


「駄目だ、絶対に駄目だ! 俺はお前を守るって決めたんだ! お前が死んだら、俺はどうすれば……ッ!」

リドは必死に説得しようとするが、マリィの頑なな瞳を見て、言葉を詰まらせた。


「――連れてってやろうぜ、リド」


その時、重い金属の足音と共に、ザントがリドの肩にポンと手を置いた。


「ザント……!? お前、何言ってんだ! こんなガキを連れて行けるわけねぇだろ!」

「……俺たちは昨日、大事なものを奪われる痛みを、何もできずに失う無力さを、嫌ってほど味わっただろうが」


ザントは、昨夜の涙の痕など微塵も感じさせない、静かで力強い眼差しでリドを見つめた。


「この子にも、自分の家族を取り戻すために戦う権利はある。それに……もし俺たちが負けたら、どうせ聖騎士団はこの地下に雪崩れ込んできて、ここにいる全員を『浄化』する。残しても危険なのは同じだ。だったら、俺たちの目の届く一番安全な場所で、一緒に戦わせてやった方がいい」


「くっ……」

リドは唇を強く噛み締め、悔しそうに顔を歪めた後……やがて、大きく息を吐き出してマリィの頭を乱暴に撫でた。


「……あー、クソッ! わかったよ! 絶対に俺の背中から離れるなよ! 少しでも危なくなったら、俺が無理やりにでもお前を担いで逃げるからな!」

「リド……うんっ!」


マリィは涙を拭い、満面の笑みで力強く頷いた。


「やれやれ……。神の眷属の部隊に、赤子が混ざるとはな」

私は呆れたようにため息をついたが、その裾を掴むマリィの手を振り払うことはしなかった。

むしろ、この弱く小さな人間が見せる、狂った女王の権力すら凌駕するほどの強き意志を、最後まで見届けてやろうと思ったのだ。


「行くぞ。遅れるなよ、人間ども」


私が先頭に立ち、再び歩みを進める。

背後からは、残る避難民たちや、怪我で戦えない老人や女子供たちの、祈るような声が響き渡った。


「頼んだぞ、リド! ザント!」

「天使様! どうか、どうかうちの息子を助けてくだせぇ……!」

「ド・ガンを、みんなを連れて帰ってきてね……!」


温かく、泥臭い声援のシャワーを背に受けながら。

我々は暗く湿った水路を踏み鳴らし、聖騎士団が待ち受ける、決戦の地上――朝日が差し込む広場へと向かって、静かに行軍を開始した。

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