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21話 いやだ、いやです、いやだよ

「はぁ!? あの紫髪の女の子を、最優先で殺せだと!?」




場面は変わり、王城の一角にある聖騎士団の作戦会議室。




重厚なオーク材の円卓を囲むように集められた隊長たちの間で、第3番隊隊長・ガイムの怒号がビリビリと窓ガラスを震わせた。




「そうだ、ガイム。二度は言わせるな」




円卓の上座に立つ総隊長ビターは、腕を組んだまま、氷のように冷ややかな声で短く肯定した。




その言葉を受け、同席していた第1番隊隊長・ゼンガルと、第2番隊隊長・ヴェリーナの顔が、明らかな不満と困惑によって険しく歪んだ。




「おいおい……冗談じゃねぇぞ、ビター総隊長!」




ガイムは両手を円卓にバンッ!と叩きつけ、巨体を乗り出して食ってかかった。




「たかが戦う力もねぇ、ほんの小さなガキだぞ!? それを真っ先に狙って殺すだなんて……そんな外道な真似、裏都市のドブネズミどもがやってることと何も変わらねぇじゃねぇかよ! 俺たち聖騎士団の誇りはどこに行っちまったんだ!」




「……ガイムの言う通りだ、総隊長」




荒ぶるガイムを片手で制しながら、厳格な初老の騎士であるゼンガルが、低く渋い声で同調した。




「我々の任務は王都の平和を守り、反逆者を『制圧』することにある。いくら大罪人の集まりとはいえ、無抵抗の子供を率先して惨殺するなど、騎士道精神に著しく反する行いだ。……それは、本当にエノク様のご意向なのか?」




ゼンガルの鋭い視線がビターを射抜く。




隊長格である彼らでさえ、今回の命令の異常さには強い抵抗感を覚えていた。




だが、ビターの表情には一切の揺らぎがなかった。




彼女の脳裏には、先ほど玉座の間で突きつけられたエノクの狂気と、腕の中に抱いた銀の弓矢の冷たさがこびりついている。もはや彼女の心は、完全に退路を断たれた冷徹な機械となっていた。




「ええ、間違いなくエノク様のご意向です」




ビターは淡々と、感情の抜け落ちた声で答えた。




「あの紫髪の少女は、裏都市の士気を不必要に高める『希望の象徴』。あれを見せしめに処刑することこそが、敵の戦意を最も効率よくへし折る戦術だと女王陛下は判断されました。我々は正義の国を維持するための『浄化』を行うのです。そこに、個人的な憐憫や騎士道などという甘い感傷を挟む余地はありません」




その完璧で冷酷な論理に、ガイムは舌打ちをし、ゼンガルは眉間により一層深い皺を刻んだ。




そんな中。




円卓の端で一人、ヴェリーナだけが腕を組んだまま、先ほどからずっと無言を貫いていた。




「……無言だが、ヴェリーナ」




ゼンガルが、忌々しげに彼女の方へと視線を向けた。




「お前は先日の作戦で、あの子供を真っ先にとっ捕まえて『人質』にしたではないか。お前のあの行動……状況が状況であったために大目に見られてはいるが、騎士としては本来見過ごせない卑劣な手段だぞ。今更、子供を殺す作戦に対してそんな不満な顔をして、一体何になるというのだ?」




ゼンガルの厳しい追及に対し、ヴェリーナは柳の眉をピクリと動かし、薄い唇から冷たい吐息を漏らした。




「……勘違いしないでいただきたいですね、ゼンガル」




ヴェリーナの氷点下の声が、会議室に響く。




「私が先日あの子供を拘束したのは、あくまで反逆者どもを無力化し、無駄な戦闘を避けるための『合理的で効率的な手段』に過ぎません。命を奪うこと自体が目的の、悪趣味な殺戮とは全く意味合いが違う」




ヴェリーナは腕を組み直し、鋭い流し目で上座のビターを真っ直ぐに睨みつけた。




「だからこそ……総隊長。お前の言うその作戦は、到底承諾できない。子供を惨殺して恐怖で支配するなど、ドロステの騎士が取るべき戦術としてはあまりにも下策すぎる」




明確な拒絶の意志。




作戦会議室の空気が、一気に剣呑なものへと張り詰めた。




ビターは静かに目を伏せ、やがてフッと、嘲るような薄く冷たい笑みを唇の端に浮かべた。




「……よく言いますね、ヴェリーナ」




「何?」




「無駄な戦闘を避けるための合理的な手段……聞こえはいいですが、要するに正面から圧倒する自信がなかっただけでしょう? あのサイボーグ……ザントが入隊してくる前まで、あなたは聖騎士団の中で『最速』の称号を欲しいままにしていました。しかし、彼にその座をあっさりと奪われてた……ザントが脱退したお陰で少しばかり、調子に乗って焦っているのではないですか?」




触れてはならない痛いところを正確に抉る、ビターの容赦のない言葉の刃。




「機動力を失った焦りから、人質という下劣な手段に逃げた。……そんなあなたに、私の、エノク様の正義を『下策』だと批判する資格など、あるはずがありません」




ガイムとゼンガルが息を呑み、室内の温度がさらに数度下がったかのように錯覚するほどの緊張が走る。




だが、ヴェリーナは激昂することもなく、依然として完璧な冷静さを保っていた。




彼女は鋭い眼光をビターから逸らすことなく、微かに目を細め、静かに言葉を返すのだった。




「……私がザントに速度で後れを取ったこと。それは紛れもない事実であり、否定するつもりはありません」




ヴェリーナは、ビターの容赦のない煽りを完全に受け流し、ひどく冷たく、透き通った声で言葉を紡いだ。




「しかし、総隊長。個人のプライドや劣等感の問題と、国家を統べる正規軍が『無抵抗な子供の惨殺を戦略に組み込む』という狂気は、全く次元の違う話です。手段を選ばない合理性と、ただの悪逆非道を取り違えないでいただきたい」




ヴェリーナの切れ長な瞳が、ビターを射抜く。




「たとえそれが女王陛下の命令であったとしても、我々は思考を放棄した殺人人形ではないはずだ。ドロステの誇りを泥に落とすような真似は、部下たちへの示しがつかない。……違いますか?」




「そうだ! ヴェリーナの言う通りだ!」




ガイムが再び円卓を叩いて身を乗り出す。




「エノク様がどんなに偉かろうが、俺たちは誇り高き騎士だ! ガキの首を刎ねて喜ぶような三流の悪党に成り下がるくらいなら、俺は俺の部隊を連れてストライキでも起こしてやるぞ!」




「ガイム、早まるな。だが……私も同意見だ。総隊長、今一度エノク様へ進言していただくことはできないだろうか」




ゼンガルもまた、深く皺の刻まれた顔でビターへと懇願するように告げた。




三人の隊長たちから向けられる、強烈な反発と抗議の視線。




ドロステ聖騎士団を支える柱である彼らが、明確に「ノー」を突きつけているのだ。普通の総隊長であれば、ここで作戦の練り直しを迫られるか、少なくとも妥協点を探るだろう。




だが。




ビターは、ただ静かに目を伏せ――ふ、と。




心底可笑しそうに、薄く笑い声を漏らした。




「……ストライキ、ですか。進言、ですか」




ビターはゆっくりと目を開き、立ち上がった。




その瞬間、会議室の空気が一変した。否、空間そのものが凍りついたかのような、尋常ではない威圧感がビターの全身から膨れ上がったのだ。




「――ならば、今ここでその白いマントを脱ぎ捨てなさい」




ビターの声は決して大きくはなかった。だが、その一言は絶対零度の刃となって、三人の隊長の喉元にピタリと突きつけられた。




「な、に……?」




「女王陛下の決定は絶対です。我々はエノク様の剣であり、盾である。刃が自らの意思で斬る相手を選ぶなど、あってはならない。……承諾できない、誇りに反するというのなら、今すぐその階級章を置いて王城から出ていきなさい。そして、裏都市のネズミどもと共に泥を啜り、無様に『浄化』される側へと回りなさい」




ビターはゆっくりと歩みを進め、ガイム、ゼンガル、ヴェリーナの顔を順に見据えた。




その瞳には、かつての人間らしい迷いや、仲間への情は一切存在していなかった。ただ、完璧な正義を執行するための、空っぽで冷徹な機械の目だけがあった。




「あなたたちがストライキを起こそうと、私がエノク様に進言しようと、結果は同じです。あなたたちの首が飛び、残された部下たちが路頭に迷うだけ。……それでも、たかが一人の子供の命を救うために、己の部下たちの命と生活を捨てるというのですか? それが、あなたたちの言う『正義』ですか?」




「ぐ……ッ」




ガイムが、ギリッと奥歯を強く噛み締めた。




ゼンガルもまた、苦渋に満ちた顔で俯き、拳を強く握りしめる。




ヴェリーナは氷のような表情を崩さなかったが、その細い指先が、怒りか無力感からか微かに震えていた。




彼らは理解してしまったのだ。




反逆すれば、自分たちだけでなく、自分たちを慕う部下たちまでが『処分』の対象となる。エノクという狂気の女王と、心を殺したビターという完璧な傀儡の前にあっては、彼らの良心や誇りなど、何一つとして機能しないのだと。




重く、窒息しそうな沈黙が円卓を支配した。




誰も、反論の言葉を口にすることができなかった。




「……理解していただけたようですね」




ビターは三人の完全な沈黙を確認すると、再び淡々と、業務報告でもするかのように口を開いた。




「明日の『聖誕祭』。目標は、裏都市から広場へ抜け、バベル・スパイアへと至るルートの完全封鎖。及び、反逆者どもの殲滅です」




ビターは円卓の中心に置かれた王都の地図を、冷たい指先でトントンと叩いた。




「各隊は所定の位置につき、ネズミどもが一匹たりとも地上へ這い出てこないよう徹底的に叩き潰しなさい。そして――あの紫髪の少女を発見次第、いかなる手段を用いても、最優先で抹殺すること」




ビターは振り返り、会議室の重厚な扉へと向かって歩き出した。




「命令は以上です。明日の健闘を祈りますよ、隊長各位」




バタン、と。




冷酷な音を立てて扉が閉ざされ、総隊長は姿を消した。




後に残されたのは、圧倒的な無力感と絶望に打ちひしがれた三人の隊長たちだけだった。




ガイムはやり場のない怒りに任せて壁を殴りつけ、ゼンガルは深く重いため息を吐き、ヴェリーナは無言のまま地図を見下ろしている。




ドロステ聖騎士団。




かつては民を守る誇り高き剣であった彼らもまた、エノクの敷いた狂気のルールに縛られ、逃げ場のない蜘蛛の巣の中でもがく『哀れな駒』に過ぎなかったのだ。



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