第三話 禁忌の欠片
俺たちは延々と続く地下道の通路を何度も右や左に曲がって進んでいた。
もっとも、俺は先を進む彼女たちと距離を置き、はぐれないように後ろから進んでいるだけだったが……。
「アルシェ」
『なあに♡』
俺は前に進む彼らに聞こえないように、小声で彼女に話しかけた。
でも、調子狂うよな。
「いや、その可愛さ満点の答えかた、悪くないんだけどさ……。いいのか? 最愛の人がいるんだろう?」
『あら、妬いてくれてるの? それはご褒美と言っていいぐらいの嬉しい言葉ですわ。でも、シェンファはシェンファですもの。私にとっては変わりませんわ』
いや、変わるだろう!
と言うか、全く意味のわからない回答だぞ?
もしかしてネット彼氏みたいな感覚で、リアルとバーチャルは別腹とでも言うのか?
まぁそれは置いといて……。
「さっきの話、どうも腑に落ちなくてさ。事実として俺は向こうの世界の人間だ。ならば姫さんの加護も無しに門を越えた俺は、『異形のモノ』になって然るべきではないのか?」
『ふふふ、正解であり正解ではありませんわ』
「どういうこと?」
『向こうと此方は時の流れだけでなく、世界の理が違うもの。違う理の世界にやって来たシェンファと彼は、既にこの世界から見れば『異形のモノ』になっていますもの』
「やっぱりオタもか?」
彼女の意味したことは何となく理解できた。
軽く走っただけであのスピード、しかも体力は全く落ちていなかった。
それにアルシェが必死に言った『手をあげるな』という言葉を裏付けるかのような俺の膂力、違和感どころの話じゃない。
そんな俺の反撃に、オタは悶絶して目を回しただけで生きていた!
「俺も奴も肉体的にぶっ壊れていると?」
『それだけではありませんわ。この世界には魔法が存在しますが、理の違う世界から来た方々には一切通用しないの。だって向こうは、魔法自体が存在しない世界だから……』
化け物レベルの物理強化に魔法無効化かよ! この二つが揃えばとんでもないチートじゃないか?
これではオタが言った『勇者』も、まんざら嘘ではなくなるし、奴が舞い上がるのも無理はない。
だからこそ、この世界の人々は救世主として向こうの世界の人間を求めている訳か?
それで勝手にホイホイ呼び出して魔王と戦わせる……、あまり愉快な話ではないな。
「じゃあ禁忌として書かれていたっていう話も……」
『まんざら嘘とも言えませんわ。そんな非常識な力を持つ人たちを『異形のモノ』として扱うのは、むしろ当然のことだもの。そして禁忌の中にはシェンファにとって、とぉっ~ても不愉快な話もあるの……』
これ以上に不愉快なこと?
表情が見えず声だけなので確信は持てないが、アルシェが言い辛そうにしている様子は推し量ることができた。
「大丈夫、感情に任せて怒ることはない。先程の一件で俺も反省した」
『先ずひとつ、『異形のモノ』となったシェンファは、感情の起伏も大きく、性格も少し変わってしまったの』
「……」
確かにそれは分かる。
さっきの姫様に対する俺の行動、あのキレっぷりは驚くもので、本来の俺ではないみたいに好戦的だった。
『だからこの世界の人々は、基本的に異形のモノを恐れるの』
そう言うことか、そもそも途轍もない力を持ち、魔法すら通じない暴れ者、そんな者は誰だって本能的に恐れるよな?
『ここからが本題なの。私も後で知ったことだけど……。禁忌には幾つもの秘密が刻まれているらしいの。その内容が余りにもこの世界にとって衝撃的なことなので、ずっと昔にそれを記した石板は分断され、各所に隠されているらしいわ。ほんの一握りの者たちだけが、今も内容を知っているみたいだけど……』
いや、この前振りだけでも相当ヤバい気がするが……。
『分断された禁忌の欠片のひとつとして、『異形のモノ』に関するものが、召喚門の出口であるこの神殿に受け継がれているわ』
「それが俺を不愉快にさせると?」
『肝心なのはこの先の話、召喚の門は時が満ちれば勝手に向こうから人を引き込むことがあるの』
「巫女の存在なしに?」
『そう、巫女は召喚された者と魂の絆を結び、運命を共にすることで、その人を『抑える』存在でしかないの。そんなこと、当人たちは何も知らされていないけどね』
「ははは、まるでアルシェも巫女だったみたいな口ぶりだな?」
『ま、まぁね……』
「そもそも魂の絆って何だ?」
『巫女によって導かれた者は、それより先は巫女と運命を共にするの。なので言葉の違う異界から来ても、巫女とだけは話ができるし、心が惹かれるの。それによって巫女は、召喚した者を抑える役目も兼ねているの』
ははは、ぶっちゃけ説明を聞いても良く分からん話だが、オタはこの先、ずっとあの姫さんの世話係かよ?
ご愁傷様。
「なのでオタは此方で俺たちの話が理解できたと?」
『そうね、シェンファはこっちの言葉で話していたから理解できなかったと思う。でも、あの子の答えは彼にも理解できていたみたい。
なので彼女の言葉から、会話の流れを掴んだのだと思うわ。それに、シェンファが直接彼に向って話していた時だけ、彼方の言葉を使っていたわ』
「そうなのか? 俺は全く意識していなかったけどな」
器用に使い分けていた意識はないし、いつの間にか俺はそんな事をしていたのか?
そもそも俺がこちらの言葉を話せること自体が不思議な話でもあるし……。
『それで……、話を進めていい?』
「ああ、済まなかった。続きを頼む」
『古の時代には、自然にこの世界に招き入れられた人を『渡り人』と呼んでいたらしいわ。
渡り人はこの世界に色んな知恵を授けてくれたし、最初はこの世界の人々も、彼らを好意的に受け入れていたらしいの。でも……、渡り人たちが災厄をもたらした悲しい出来事は、沢山あるの』
確かに……、な。
それは簡単に想像できる。
突然知らない世界に送り込まれた者が特別な力、この世界で無双できる力を得たら……。
中には、『俺TUEEE』となって調子に乗って暴れ出す者、力で世界を支配しようとするような者も必ず出てくるよな。
そもそも性格が凶暴化している前段もあるしな。
『だから今も『渡り人』が酷いことをした伝承は残っているし、やがてこの世界の人々は……、それを防ぐ行動に出てしまったの』
それが『異形のモノ』に関する禁忌か?
彼らを世界に送り出してはならないという内容で?
『そんな人たちの存在を恐れた神殿は、『渡り人』を危険な存在、『渡り者』として名称を改め、此方に来たばかりで何も知らない『渡り者』を、あの場所で殺していったの。でも……、中には難を逃れて逃げ延びた人もいて、その人たちがいつしか世界を滅ぼす側の存在に……』
「まさか! それが魔王だと?」
それって全部マッチポンプ、自作自演と言われても仕方のない話じゃねぇか!
召喚の門は時として魔王を生む源泉ともなるのか?
突然この世界に送り込まれた者は、残酷な禁忌に支配された世界で理由もなく迫害され、殺されるような仕打ちを受ける。
そうなると……、この世界と住まう人々を激しく恨むのも当然だ。その結果、世界を憎しみ滅ぼす存在、魔王へと堕ちていく。
片や魔王を打ち倒すために、この世界の人々は召喚の門を使って向こうの世界から救世主と呼ばれた者を呼び寄せ、かつての同胞と戦わせる。
召喚された者は、自分たちを『受け入れない』世界を救うため、命を懸けて戦うことに……。
これがこの世界の歪んだ構造なのか!
やってられないな。
「こんなこと……、永遠に続く負の連鎖じゃないか!」
『この世界に魔王と呼ばれる存在が幾度となく誕生するのも、全ては此処から来ていると私は思っているわ』
「この事をあの姫さんは?」
『知らないわ。私が運良く知ることのできた禁忌の欠片はこの四つ、最後の話はココ以外に隠された一つに記されていたものよ。多分あの子はこの神殿にあった三つの禁忌、『異形のモノ』に関する記述と、『理』に関する記述、『門』の役割に関する禁忌を知ってしまったと思うの』
だから姫さんは、俺の姿を見て真っ青になったのか?
そして、直ぐ俺を殺すように、と。
自身はその三つしか知らないから、安易に救い手を求めて世界を渡ったと。
「なら禁忌は他にもっと?」
『有るわ! 私も有るとしか言えないけど、この世界の歪みを示す禁忌の欠片は、今も何処かに眠っているの。限られた者たちだけが真実、禁忌に記された中身を知っているだけ』
おおかた真実を知っている者たちは、この世界を守ると言う大義名分の下で、世界を渡った者たちを殺し続け、殺し損ねた者(魔王)を討伐するためにまた召喚する。
おそらく召喚された者も、討伐が終わればさっさと切り捨てられるだろうな。巫女もそれと一緒に……。
巫女となった者は生贄となるだけかよ!
ちょっとあの姫さんが可哀想になってきたな。性格は気に入らないが、話していて世界を救うため必死になっていることは俺にも伝わったし。
『シェンファ、無茶と分かっていても貴方にお願いがあるの』
「ははは、アルシェの『お願い』は無茶ばかりだけどな」
『ごめんなさい。結局私も、シェンファの力を借りなければ何も出来ないの。そう言う意味では利用していることになるし、不快に思われても仕方ないわ』
「今更だな。『生き延びたかったら私に従うしかないのよ』、とでも言った方が似合うんじゃないか? いや、それはあの姫さんに相応しいセリフか?」
『ふふふ、そうかもね。シェンファ、ありがとう。私の言葉を信じてくれて、本当にありがとう。
そしてお願い、この先であの子が『真実』に辿り着けるよう、陰ながら導いてあげて?』
「そりゃあ一番の難題じゃねぇか? アルシェもさっきの捨て台詞と舌を出した顔を見ただろう?」
あ、見えたのかな?
今更だけど、自分の言った言葉に疑問を感じた。
『正確には見えていると言うより感じている、かな? 貴方の中に居る私の一部を通して、ね』
やっぱりそれって、怖いんですけど?
まぁ得体の知れない『妖精さん』よりは、だいぶマシに思えるようになったけどさ。
『それに、ううん、今はまだ……』
「何だよ、その思わせぶりな言葉は」
『女の子の気持ちって、ちょっとした事で大きく変わるのものよ。かつて、私が辿った道と同じように……』
それを期待して、今の彼女を見捨てず導けってか?
期待できるのか? かなり期待薄だけどな。
「はいはい、善処します」
『……』
「不服か?」
『だって私は知ってるもん。『はいはい』も『善処します』も、全くやる気はないけど一応頑張りますって時に言う言葉だって、そう聞いたもん!』
「なっ! 誰がそんな余計な事を……」
『ブーメラン、それだけ答えておこうかなぁ』
訳の分からない回答だったが、それよりも大事なことがある。
おそらくアルシェは、この不幸な連鎖を断ち切ってもらう事を願って、俺をこの世界に導いて来たのだろう。
その気持ちには応えたいが……。俺は教育者でも人格者でもないし、性格的に大人でもない。
あんな子供(姫様)を果たして導いていけるだろうか?
今の俺は、成り行き任せで前に進むしかないと感じた。
日本で犯罪者や精神異常者として一生拘束されるよりマシ、ただそう自分に言い聞かせながら……。
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明日(7/18)は、【自ら掘った墓穴】をお届けします。
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