第四話 自ら掘った墓穴
先導する姫様一行の後を着いて行きながら、俺はずっと思案に暮れていた。
姫様を『導く』と言っても、何をどうすれば良いか皆目見当も付かないし、そもそも俺はこの世界のことを何も知らない。
俺自身が導きを必要としているからだ。
『どうしたの? ずっと黙り込んで』
「いや、何をどう聞けば……、今の俺は質問すべきことすら何も分かっていない状態だから……」
『うん、なんかこの状況、ちょっと懐かしいなぁ~。一気に説明しても混乱させると思うから、順に少しずつ説明するつもりだけど?』
「じゃあ因みに、善処しますとか、ブーメランって言葉、どこで知った?」
『そっちなの?』
そもそもだが善処しますなんて言葉、政治家しか使わないだろ!
ブーメランがこの世界にあるかどうかは知らないが、さっきのはよく皮肉で使われる言葉だ。
そんな言葉がこの世界にある訳ない!
『それは内緒♡ 。でも……、私がシェンファに向かって使う日がくるなんて、思ってもみなかったわ』
何で嬉しそうな声をしているんだ?
もう訳が分からんが……、大事の前の小事って話もあるしな。
「まぁいいか……。そもそもこの世界は今、どうなっているんだ?」
『うん、じゃあ、ちょっと長くなるけど、ざっくりと説明するね』
◇
そこでアルシェによって説明された概要は……。
(この世界の構造)
この世界は大きな大陸の中に三つの領域が形成され、十二の国、聖域、魔境に大別されていること。
・今の俺たちがいる場所は古の時代にオノゴロと呼ばれた聖域、ルリエラポルト聖王国の領域内であること
・魔境はかつてヨモツクニと呼ばれた場所で、異なる理で存在する魔物や、かつては人であったものの成れの果て、亜人や命を失ってなお彷徨える者たちが存在する地であり、時折降臨する魔王の拠点となっていること
(この世界の現状)
この世界の中心(地理的ではない)にある聖域には、ルリエラポルト聖王国が誕生して十二の国の盟主となっていること。
・そもそも魔王を倒すことができる救世主を招く召喚門は、聖域(アメノ神殿)にしかないこと
・そのため聖王国は絶大な権威を持ち、各神殿を預かる神官や彼らを束ねる聖王の権力は強大であること
・そもそも聖域は古の時代から存在し、世界の人々が暮らす始まりだったと言われていること。
・召還門もその時代からあったらしく、ずっと昔から渡り人を世界に送り出していたこと
ここまで聞いた時点で、ふと俺は思った。
オノゴロもヨモツクニも、そもそも日本神話に登場する話だし、もしかするとアメノ神殿ってさ、アメノミハシラだったりするのか?
これらは偶然の一致なのか、それとも『渡り人』がこの神話を伝えたのか、そもそもこの世界が……。
ここで俺は思い浮かんだ謎を考えるより、言われた事を咀嚼し、理解することに集中した。
(この世界の危機)
この世界には五十年から百五十年に一度、魔王と呼ばれ世界に住まう人々を滅ぼさんとする者が現れること。
・その度に聖王国が十二の国に呼び掛け、救世主を召喚して世界を救ってきたこと
・救世主を召喚できると言われた巫女は、神託によって十二の国の中から王女が選ばれていたこと
・召喚ができる巫女を指名した神託が下るのは珍しく、百年に一度の奇跡とも言われていること
『でもね……、今はこれまでにないことが起こっているの。人々が魔王との戦いを耐え抜いているなかで、突如としてもう一人の魔王が現れたの』
は、そんな展開、聞いたことがないぞ?
まあそれも、ラノベ世界の話だけどさ。
「それで、どうなった?」
『新たな魔王はとても強くて、これまで居た魔王をたった一年で倒していまったわ。そして……、更に強力な軍勢でもって、人々に襲い掛かってきたの。
まるでこの世界の全てを呪い、全てを壊そうとしているかのように……』
「アルシェから禁忌の話を聞いた俺からすれば、この世界の自業自得にも思える話だけどな。
向こうの世界に居た立場で考えれば、俺たちは人として認められることもなく殺されるか、聖王国の良いように使い捨てられるだけだからな」
そう考えるとあの姫様もオタも、可哀そうな立場と言える。聖王国の権威を強化するためだけに使われ、その後はきっと使い捨てにされるのだろう。
もちろん、まだ勝てると決まった訳でもないが……、命懸けで戦わされることは事実だ。
裏の事情を一切知らずに……。
『だからこそ、あの子たちが何も知らずに、ただ戦いの道具にされるのは避けたいの。この世界に隠された事実を知って、その上で行動してほしいと思っているわ』
「ちなみに巫女と認められた者は……、あの姫様以外に居るのか?」
『生きている巫女は……、もう居ないわ』
あれ、違ったか?
てっきりアルシェもまた、巫女と呼ばれた存在のように思えたんだけどな。
まぁ、百年に一度ってことは、前回の巫女は当然もう生きていないだろうし。
「俺とアルシェの二人で、世界の真実を解き明かすことはできないのか?」
『私もそうしたい、本当にそうしたいのだけど……、無理なの。今の私にできるのは、シェンファを言葉で支えて願うことだけ。ごめんなさい、本当に……、ごめんなさい』
アルシェ……、泣いているか?
これまでずっと明るく、俺を導いてくれていた彼女が?
俺は胸が締め付けられるような思いでいた。
「なし、なし! 俺はどうにかして姫様を導くから、何も知らない俺をアルシェが導いてくれ!
それ以上の贅沢は言わないから」
『ふふふ、相変わらずシェンファは優しいよね? ちょっとツンデレだけど』
ってかさ、ツンデレまで知ってるのかよ!
俺が好んで使う言葉もよく知っているし、『オタ』なんかそのまま理解しているのか完全スルーだったぞ?
そんな会話をしていると、いつの間にか通路の先が徐々に明るく見えるようになって来た。
やっとこの薄暗い地下道を出ることができるのか?
そんな時、兵士の一人が後ろを進む俺たちの元に駆け寄ってくると、膝を付いて一礼した。
「申し上げます! 姫さまと勇者さまは、この先にある町でご休息を取られるとのことです。
どうか神聖槍騎士さまも、ご同行くださいますよう」
神聖槍騎士? 誰のことだ。
『あらあら、シェンファのことを神殿を守護する特別な身分の槍騎士、神聖槍騎士と勘違いしたみたいね?
まぁ……、それはそれで好都合かもね』
「どうしてだ?」
俺は彼に聞こえないよう、敢えて咳払いして誤魔化しながら口元を押さえて聞いた。
『だって私がシェンファの立場を取り繕う時、神殿に勤めていた者と言ったでしょ? 神殿に勤める短槍術の達人で、ゼロスさんと騎士の誓いを交わせるぐらいの立場、更に禁忌を破ったあの子に諫言できるぐらいの人って考えれば、神殿直属の護り手である神聖槍騎士しかいないもの』
そうなのか? そんな事情は知る由もないが、上手く誤魔化せるならそれでいい。
それは置いといて……、さっきの言葉にはもうひとつ、聞き捨てならないことがあった。
「先ほどの『勇者』って、誰のことだ?」
もちろん俺は誰を指しているか分かっている。
だが、どんな経緯で彼らがそう呼んだのか、それを知りたかっただけだ。
「その……、お連れした救世主さまを、今後は『勇者』さまと呼ぶようにと。姫さまを介して我らにそう達せられましたので……」
ちっ! オタめ、早速ラノベの世界に走り出したのかよ!
いっそ今後は、小鹿の勇者とでも呼んでやろうか?
「事情は承知した。だけど、魔王軍の追撃は大丈夫なのか?」
「はっ! 我らは秘密の地下通路を真っすぐ抜けたため、魔王軍は山二つほど向こうです。追撃されたとしても山越えはできず、大きく迂回することになるので、早くとも五日はかかるかと……」
『彼らは此処に来れないわよ。聖域は特別な場所であり、魔王の影響を受けた者や魔物は立ち入ることができないの」
そうなのか? さらっとアルシェは説明したが、あの神殿は聖域ではないのか?
『あ、補足だけどアメノ神殿は元々、北の剣王国の領地だった場所を、聖王国が併合したの。なのであそこは聖王国であっても聖域ではないわ』
そう言うことか。ならここは安心して良いと言うことだな。
俺は改めて伝言を伝えに来た兵に向き直った。
「了解した。俺にも気を遣って知らせてくれたこと、感謝する」
「とんでもございません。ゼロスさまと騎士の誓いを交わされた方であれば、我らにとってゼロスさまと同格、まして神聖槍騎士さまともなれば、お立場は貴族。今後ともどうかよろしくお願いいたします」
ははは、貴族ってか。ちょっと心苦しいけどな。
ん、彼はどうして跪いたままなんだ?
他にも何かあるのか?
「あの……、今後はお立場でお呼びするのも失礼かと思い、できればご尊名を伺いたく……」
あれ、何と名乗ればいいんだ?
瀬上史音なんて名乗ったら、あっち側の人間としてバレバレだしな。
ならば行きがかり上のアレで良いか?
「あ、ああ。俺の名はシ……」
『駄目ぇっ! 絶対にシェンファと言っちゃダメ!』
名乗ろうとした瞬間、慌てたアルシェの声が被った。
でも何故だ?
ずっとアルシェは親しげに俺をそう呼んでいたからこそ、取り敢えず『こっちでの名前』に使おうと思っていたのだけどな。
「シ?」
目の前の彼は言葉に詰まった俺に対し、不思議な顔をしているが……。
どうすれば?
『この際だからシオンで!』
それは……、絶対に遠慮したい。自分で自分の地雷を踏み抜くなんて愚かな事はしたくない。
まして、そんな事をすれば俺は、名前を呼ばれる度に羞恥プレイの餌食にされてしまう。
でも、俺には和風の名前しか思いつかないぞ?
『もう仕方ないでしょ。すぐに『シ』から始まる名前が他に思い浮かぶの?』
ならばシェンロ……、いや、ダメだ。そんな名前を名乗ったら、ストーリーの展開で七つの玉(禁忌の欠片?)を集める話になってしまう。
くそっ!
「シ……、シオン……、だ」
『よくできました♡』
何でだよ? 嘘はないけど、俺が最も使いたくなかった名前だぞ!
言っている自分が、恥ずかしくなってしまったじゃねぇか。
「は! ありがとうございます。私はゼロスさまより左列槍士を拝命しておりましたサドレスと申します。
今後は神聖槍騎士シオンさまのお名前を仲間内でも周知し、失礼のないように務めさせていただきます!」
そう答えたサドレスは、嬉しそうに戻っていったが……、お願いだから名前は広めないでくれ。
ホントにお願い……。
「で、アルシェ!」
『はい♡』
「何でシェンファがダメなんだ?」
『だって……』
「だってじゃない! あんなに必死で言うから俺も……」
『シェンファって、今の魔王と同じ名前だもん』
「はぁっ?」
頼むからそんな爆弾発言、今更になって聞かせないでくれよ!
他にも何度か大事なことを伝え忘れていたこともあったし、もしかしてアルシェは……、天然か?
『そんな名前、神聖槍騎士はおろか、魔王と戦う側に誰一人としていないもの。それに……、シェンファをシェンファと呼ぶのは私だけの特権よ。これだけは他に譲る気はないわよ』
いや……、前半の理由は理解できる。だけど後半の理由は理解できないぞ。
何より魔王が俺と同じ名前だと?
まぁ俺自身からは、一度もシェンファと名乗ったことはないけどな。
「アルシェ……」
『内緒♡』
おい! いきなり回答拒否かよ!
ただ確かに……、俺の苗字はご先祖様が崇めていた、罪や穢れを水で清める神様(瀬織津姫)から『瀬』の一字をいただき、瀬神と名乗ったものらしい。
瀬神はそのまま『神様』を指し、『史』は時代や情勢の変遷や過程の記録を示す言葉だし、『音』には人々に知れ渡った噂や評判という意味もある。
なので俺の名前は、意味からすると『人々に広まった神(瀬織津姫)の歴史や逸話』となる。これはすなわち『神話』とこじつけることも可能だ。
それに因んで神話と名乗ることも、実のところ俺ならやりかねない。
魔王の名前と同じだと聞かされる前だったら……、だけどな。
そもそもラノベ世界が好きだった俺は、過去に似たような妄想をしたこともあったし、何よりも増して中国語で発音された二文字が成す、音の響きがとても好きだった。
だからこそアルシェが呼ぶのを敢えて受け入れていたのだけどさ……。
ただこの先で俺は、アルシェ以外から名前を呼ばれるたびに、とても憂鬱な気持ちにされることは間違いないようだ。
自ら掘った墓穴とはいえ、とても複雑な気分になったのは言うまでもない。
最後までご覧いただきありがとうございます。
明日(7/19)は、【不幸な行き違い】をお届けします。
どうぞよろしくお願いします。




