第五話 不幸な行き違い
サドレスが報告して来た通り、しばらく歩いたあと俺たちはやっと地上に出る事ができた。
そこで初めて見た地上の世界は……正に一面の銀世界だった!
既に雪雲は去った後なのか、明るい白雲の切れ間から差す陽光が辺りを眩ゆく照らし、木々に積もった雪の結晶が光を浴びてキラキラと輝いている。
「ははは、眩しいな。此方でも雪は降るんだ?」
『もちろんよ、しかもこの聖域は周囲を山に取り囲まれた高地ですもの、これぐらいの雪が降ることも珍しくないわ。地下通路の出口は秘密の場所だから、この辺りも道が整備されていないけど、街道に出れば雪道でも普通に歩くぐらいはできるわよ』
そう言われて前を見ると、兵士たちは必死になって雪を踏み固め、細く一筋の道を作っていた。
あれってさ……、俺も経験があるけど結構な重労働だぞ? しかも彼らは長靴のような現代の防寒具を装備している訳でもないので、精神的にも肉体的にもかなり辛い作業だと思う。
「それで町に寄ったあと、彼らは何処に向かうんだ? 此処まで来ればもう安全(ゼロスとの約束は終わり)と判断して良いのか?」
『もう少し……、かなぁ。魔将ゼノスがここまで来ることはないけど、まだ巫女一行が『安全に』旅ができるとは思えないもの』
「でも奴らは、聖域に入れないんだよな?」
『うん、魔王軍は、ね。だけど今の『あの子』はまだ世間の常識を知らないから、いろんな面で無防備なのよね……』
その辺りの事情は俺にはよく分からないが、アルシェはあの姫様のことをよく知っているような口ぶりだな?
それはさておき、そうなると俺はどうすれば良いんだ?
『多分だけど……、彼女たちは聖都に向かうと思うわ。聖王や神官たちに、救世主の候補者が見つかったって報告すると思うの』
「候補者?」
『今の段階では、ね。魔王と戦える程度の力量を示して初めて『救世主』と認められるの。今のオタさんの力では絶対に無理だし、この先でどうなるかも分からないもの』
無常な話だな。無理やり連れて来られてそれか?
それを含めて、この世界の禁忌を知る者たちには当たり前のことなのか?
『これはオタさんに限った話ではないの。いくら世界を渡ったことで『異形のモノ』になったとはいえ、それだけでは戦う術を知らないし、今の状態で魔王と戦っても瞬殺されてしまうと思うの』
「そんなに差があるのか?」
『そうね、たとえば将来は最強の戦士になる人でも、生まれた直後の赤ん坊では何もできないでしょ? オタさんもそれと同じ。少なくとも二年、ううん、事情が事情だから五年ぐらいは指導者(監視者)が付いて、とぉっ~ても厳しい修行の毎日ね』
「いや、そんな呑気に構えていいのか?」
『神殿を奪われた以上、もう替えはきかないもの。奪還できない限りは切り札を温存すると思うし、そもそも候補者が見つかったなら、上の人たちは安全な場所に逃げて時を待つでしょうね』
ちっ、結局自分たちは何もせず、ただ他力本願かよ。
なんか……、自称『勇者』としてイキリ始めたオタが、少し可哀そうに思えてきたな。
『なので私たちも途中であの子と別れるわ。シェンファが安心して修行に専念できように』
「俺もかよ!」
『もちろん♡ 今のシェンファでも神魔シェンファには瞬殺されるし、魔将ゼノスにも完敗するわね。
向こうで戦った時にゼノスは、本来の力の半分も発揮できていなかったと思うもの』
マジか! 本来ならば初激で一発アウトだった気がするし、俺の攻撃も奴は敢えて受けていただけだった気がする。
もし警官たちが乱入してこなかったら俺は……。
『それにさ、……』
「そんな体たらくでは姫様を守ることもできなってか?」
『よく分かっているじゃない』
確かに俺はあの時、アルシェからもダメ出しされていたもんな。
ってか、誰と比べて言ってるのかは知らないが、本物の英雄と比べられても困るぞ。
それに英雄って言えば……。
「俺としてはその役割、オタに譲りたいのだけどな」
『無理だと思うわ』
うわっ、即切りか?
言った俺自身も大いに同意するけどさ。それでも奴は『選ばれし救世者』ではないのか?
『そもそもの話だけど、本来ならオタさんは資格がない人だもの』
は? 資格が無いってどういうこと?
召喚されておらず、無理やり連れて来られたからか?
『基本的に『あの子』が受けた加護は水属性で力の象徴は雪と同じ六花。本来の召喚であの子に選ばれる人には相性があるの。招く前段階で巫女の呼び掛け(力)に共鳴し、その声に応えた者が救世主として世界を渡って来るものだもの』
「オタはその段階を踏まえていないと?」
『違うわ。オタさんはそもそも共鳴していないの。あの子の加護や力の根源(六花)に共鳴するのは特別な人、シェンファの様に水の加護を受けた人や、雪にまつわる加護を受けた人しか……』
俺に水の加護があるだと?
いや、それは無いだろう。向こうの世界には神様の加護なんてないからな。
ただ……、もしかして俺が感じていないだけで、あったりするのか?
確かに神社でお守りやお札とか、祈禱で加護を願ったりお祓いを受けるような風習はあるが……。
「そもそもの話だけどさ、俺に加護があるのか? お参りやお守りとか、ここ最近は何もしていなないぞ?」
『ううん。シェンファの加護は特別な中でも更に特別なものよ。シェンファの名前の由来……、もう一度思い出してみて』
名前の由来って、神話の話だよな?
そもそも瀬神という苗字は、俺の先祖が穢れを祓う女神様を敬って……。
まさか!
「瀬織津姫なの……、か?」
『大正解♡ シェンファには水の護りで邪を祓う、とぉっ~ても強く特別な力の加護があるわ。これはシェンファが直接受けたと加護と言うより、ご先祖様から綿々と受け継がれているみたいなもの、かな?
なので本来、選ばれるべきは救世主はシェンファだったのよね……』
「俺が、あの姫に? だけど彼女は……」
そう、あの時の姫様は確かにオタを指差していた。
そして『見つけた!』と叫んでいたはずだ。
『彼女は巫女としてとても優秀よ。シェンファの存在を感じた時、即座に救世主と理解したもの。
ただ……、ちょっと運が悪かったのと慌てん坊だったのよね』
いや、運も何も無いと思うが……。どう言うことだ?
しかも慌てん坊って可愛く言うけどさ……、それってこの世界を揺るがすことだろ?
「舌を出して『ちょっと慌てて間違えちゃいましたぁ〜』で済む話でも無いと思うけどな」
『あの時にシェンファは、ゼロスに叫んでそのまま転んじゃったでしょ? 彼女の位置からは転んだシェンファが見えなかったし、『力』を感じた位置にはちょうどオタさんが立っていたの』
あの時かよ! 確かにそうかもしれない。
俺からは彼女が見えたが、向こうからは注意して見ないと、地べたに倒れこんでいた俺は見えなかっただろう。
『そしてちょっと思い込みが激しいから、オタさんが『異形のモノ』となって力が増したとき、改めて『本物』と思い込んでしまったのよね』
早とちりで思い込みが激しい……、か。それって致命的な話じゃねぇか?
ただ…、相性なら俺と姫様も最悪だぞ? 今でも上手くいくとは微塵も思っていないからな。
『加護の相性が良ければあの子の力は増し、それはシェンファにも返ってくるのよ。でもあの二人にはそれが無いわ。むしろ減るかも……』
それってゲームとかで良くある成長補正とか、戦いで自身にバフ(強化)が、敵にはデバフ(弱体化)が掛かるとか言う意味か?
姫様とオタでは逆に、味方にデバフが掛かって互いに弱くなるって……、罰ゲームみたいじゃないか!
これではますます、巻き込まれただけのオタが可哀そうに見えてきたぞ。
ただそれよりも、だ。
「アルシェに導かれた俺は、本来の救世主として陰ながら彼女を支えて導けと?」
「はい、よくできました♡」
雪の中で俺を歌舞伎町に導いたのは彼女だ。
あの時は『門を閉じさせる』という理由だったが、結果的に彼女は俺を姫様の元に導くつもりだったのだろう。
まあ……、今更文句を言っても始まらないけどさ。
それが『不幸な行き違い』によって俺とオタが取り違えられた結果、益々ややこしくなった訳だ?
中々の無理ゲーだよな。
ここで俺は大きくため息を吐いたが、愚痴を吐いても始まらない。
俺にはもう、他に選択肢はないのだから。
「それで……、俺はこの先どう動けばいい?」
『そうね、聖都はもちろんダメだけど、それなりに大きな町や神殿のある場所も危険かもね。
そこに辿り着く前に、あの子たちとは一旦別行動をするしかないわ。神聖槍騎士ってそれなりの立場だもん、すぐに嘘がバレちゃうもの』
いや、嘘を付いたと言うより、勝手に勘違いされたんだけどな。
ただ俺も神殿の人間や、この世界の秘密を知る人間との出会いは極力避けたい。
俺たちの世界から来た者に対し残酷な仕打ちを行なっている奴らに会ったら、俺だって冷静では居られない。ある程度ケリが着くまで顔を合わせない方が身のためか?
「分かった。俺も『真のラスボス』に出会うのは、時期尚早だと思う」
『ふふふ、中々面白い言い方ね。先ずシェンファを鍛えるとしたら短槍術からかな? あの子やゼロスの生まれた西の国に行きましょう』
「俺はアルシェを全面的に信じているからな。その辺りは頼む、としか言えないぞ。ここまで俺を嵌めたことも、今となっては思うところはないからさ」
『まぁ……、そう言われても仕方がないのは分かっているは。私も誠心誠意……、あれ? 此方に誰か来るわ』
そう言われて前を見ると、先頭の方からサドレスと他に二人が、雪をかき分けながら俺の下にやって来た。
「シオンさま、これより我らは最後尾に付き、痕跡を消して参りますのでどうかお先に」
なるほど、雪の上を歩いたら痕跡が残る。
そうなると街道から足跡を辿れば、秘密の通路の入り口が露見してしまうからか?
最後尾の俺が通ってから、足跡や道を消して回るつもりなのだろう。
「手間を掛けるが姫様の安全のためだ。よろしく頼む」
「はっ! シオンさまのお心遣いに感謝します!」
「シオンさま、街道に出れば先行した者たちが飲み物をご用意しているはずです。どうかそれまで、ご不便をお掛けしますがご容赦ください」
「シオンさま、日が落ちる前には町に到着する予定です。町ではどうか、私にも一手ご教示ください」
頼む……、シオンの連発はやめてくれ!
俺の心のHPがガリガリ削られていく……。
「「シオンさま、私にも是非!」」
「くぅっ……」
『うんうん、シェンファが人気者で私も嬉しいな〜』
いや、アルシェ……、俺が複雑な気持ちになっているのを見て、絶対に楽しんでいるよな?
この短時間に何回シオンと言われたと思っているんだ? 俺は再起不能になるぞ?
そもそもアルシェが事前に話してくれていれば、名前を考える時間は十分にあったんだからな。
半分は……、いや、大部分はお前のせいなんだぞ!
これもまた、アルシェの『天然』によって起こった不幸な行き違いに他ならない。
俺は複雑な気持ちのまま街道まで出ると、小休止のあと町に入った。
ここで初めて、俺はこの世界で暮らす人々の営みを知ることになる。多少の雑音と共に……。
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明日(7/20)は、【最初の難関】をお届けします。
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