第六話 最初の難関
俺たちは凍てつく街道を体感時間で二時間ほど歩いたあと、アメノ神殿への玄関口とされる町ポーラスに入った。
玄関口と言われている割に、神殿から徒歩五日の距離も離れているのは不思議だったが、アルシェ曰く……。
『アメノ神殿は元はといえば北の剣王国領、ポーラスは古より聖域とされた聖王国の領域内だもの。聖域は周囲から隔離された場所だから、ある程度離れた場所にあって当然なの』
そんなものなのか?
俺には良くわからんが、それが普通の話みたいだから気にせずにいよう。
もちろん町に入る際、何のトラブルも無かった訳ではない。
原因はもちろん俺だ。
そもそも俺の衣服は向こうの世界のまま、此方ではとても『奇抜な』怪しい格好だったからね。
「怪しい奴、身分を示すものを提示するか、通行証を見せろ!」
そう言って町を守る衛兵たちに取り囲まれると、たちどころに剣や槍を突き付けられた。
ちっ、面倒臭いな。
そんなもの有るわけないだろうが……。
どうしようか?
「無礼者! 神聖槍騎士シオンさまに対し、失礼にも程があるぞ!」
「お前たち、神聖槍騎士シオンさまに武器を向けるとは、神殿に武器を向けると同じ、覚悟はあるのだな!」
「神聖槍騎士シオンさまは、巫女姫さまと勇者さまを守護されているのだ! それ以上何の説明が必要か!」
「くっ……」
なんで俺はここでも、トラウマを抉られるような目に合うんだ?
頼むから……、シオンの連発は止めてくれ。
言っているのはサドレス始めとするあの三人ではなく、他の兵たちだったが……、既にそこまで包囲網が広がっているのか?
『うんうん、いつの間にかシェンファを尊敬する人たちが増えて、良いことよね〜』
アルシェ! 拗ねるぞ?
「「「し、失礼しましたぁっ!」」」
もちろん衛兵たちは即座に剣を収め、最敬礼して道を開けてくれたけどさ。
心のHPを削られまくった俺は、ちっとも嬉しくないぞ?
◇◇◇
町の入り口をちょっと賑わしたのち、無事に?町へと入ると、食事や宿の手配するサドレスたちとは一旦別れ、俺はひとりで町を散策することにした。
「町の建物は中世ヨーロッパ風だけど、所々に中華風の要素も入った感じか? 雑多な感じで交じり合ったように見えるな?」
『そうね、こちらではかつて『渡り人』がもたらしてくれた物の名残も沢山あるの』
「渡り人は忌み嫌っても、もたらしてくれた物は受け継がれているんだな? 俺としては複雑な気持ちだが……」
『ただ……、文明の発達はイマイチだそうよ?』
どういうことだ? アルシェの言葉はまるで他の世界から来た者から、感想を聞いたような言いっ振りだぞ?
イマイチと言うからには、他と比較しないと出てこない言葉だ。
そういう意味では……。
『あ……、も、もちろんそれは、過去に召喚された救世主の残した言葉で、私も記録を読んだだけよ』
まぁ、そう言うことにしておくか。
どうせ肝心なことだけは、何を聞いても『内緒♡』と言われるだけだしな。
『この世界の戦いは主に単純な武器と魔法、そして生活にも魔法があるから、別に便利な道具が必要ないの。
なのでちょっと発展が歪って思われるらしいわ』
歪か……、なるほどな。
周囲を見渡すと店によっては窓にガラスを使用しているが、俺の知る窓ガラスではない。どれもステンドグラスやクラウンガラスと言った、発展初期のものばかりだった。
これだけで見ると中世ヨーロッパと同程度の文明、あとはそれの中期か後期かによっても大きく変わるが……。
この辺りはおいおい知っていけばいいか?
ただ……、先程から良い匂いがしてて、ずっと気になっているんだよな。
そう言えば俺は、もう半日以上何も食べていなかったし……。
「それよりも、俺は腹が減ったんだが?」
『うん、この世界にもシェンファの口に合うものが有るわよ。でも、その前に必要なものがあるわよね……』
「お金か?」
『そう、サドレスさんたちに頼めば、それなりに都合してくれると思うけど、その先のこともあるし、独自のお金は必要だもの。
先ずはお金の調達に、レッツラゴー!』
「……」
アルシェさん、レッツラゴーって……、簡単に言ってますが、具体的にどうするんだよ?
またこの世界に似合わない、しかも昭和の匂いがするレトロな言い回し、どこで覚えた?
俺の母は同じ言葉をよく使っていた気がするが……。
そのせいで俺は、子供の頃は訳も分からずただ真似てよく使っていたけどさ、正直言って今の時代はもう使わない言葉だぞ?
そう言えばアルシェは、俺より年上と言っていたが……、まさか俺の母と同世代なのか?
いかん、姿の見えないアルシェの顔が母親の顔に被って……。
『シェンファ、もしかして今、とぉっ~ても失礼なことを考えたりしていなかった?』
ちっ、鋭いな。そもそもアルシェは謎が多すぎるんだよ。
いつも『内緒♡』と言っている割には『チラ見せ』が多いし、これも意識してやっているのか、それとも天然でダダ漏れなのか?
多分……、後者だろうな。
「いや……、今の俺が持っているのは少額の日本紙幣に硬貨、あとは電子決済のものばかりで一文無しだぞ? それで資金が調達できるのか?」
俺は自身の考えを隠すために、話題を元に戻した。
アルシェのことはおいおい知っていけば済む話だし、先ずは先立つ金が必要だ。
『そうねぇ、シェンファのカバンの中には何が入っているの?』
そう言えば俺は仕事に行く途中だったな。
ポケットには財布とスマホ、リュックの中には着替えと充電器と他には……、大した物は入っていないよな?
『要らない服は売ってもいいと思うわ。シェンファが今着ている服も高く売れると思うけど?』
「この寒さだからな、インナーと一番上の防寒用ブルゾンだけは絶対に売りたくない……。売れるとしたら着替えや上着、後は役に立たない小物しかないぞ?」
現代日本の防寒服を舐めるなよ!
この世界のものとは比較にならない保温性と防寒力があるからな。それらは絶対に手放したくはない。
『小物って?』
「ボールペンが数本に蛍光マーカー、マジック二色に……、後は付箋や電卓ぐらいか?」
『文字が書けるものね? それは多分いけると思うし、フセンにデンタクって何?』
ここで俺は付箋が書類などの目印として重宝するもので、何度も繰り返し使えること。
電卓は太陽光で動くもので、難解な計算を瞬時にやってくれるものと説明した。
『それよ! 絶対に高く売れるわ! 後は……、ストーリー次第ね』
ストーリー?
どういうことだ?
『ここは私に任せておいて』
いや……、これまでの経緯もあるし、それが一番不安でたまらないのだが……。
◇◇◇
そのあと俺は、アルシェに言われるがままポーラスにあった一際目立つ大きな商店に入った。
『ここなら相応しいかな? アメノ神殿との取引を一手に担う商会だし、他の街でもこの規模の商会はなかなかないわ。それに……、色々と都合が良いかも』
どう言うことだ?
何が相応しいのか良く分からないが、俺には場違いな感じが半端ないぞ。
その予感は店に入るなり的中した。
言われた通り店に入った俺は、胡散臭くて怪しげな格好だったこともあり、即座に店から追い出されそうになった。
『あちゃー、ダメだったかしら……』
ただ幸いにも……、アルシェが呟いた時に対応が変わった!
「も、もしや貴方様は……、先ほど町に入られた神聖槍騎士様では!」
「「「!!!」」」
どうやら店の従業員の中に門での一件を見ていた者が居たらしく、そのあとは思いっきり店員たちの態度と俺たちへの扱いが変わり、丁重に招き入れられることになった。
『いい、ここからよ! 交渉にはハッタリとストーリーが大事なの。今度こそ私の言う通りに話してね』
いつの間にか賓客として最上級の扱いを受け、俺は応接室らしき場所に通されていた。
向かいに座っているのがこの商会のオーナーらしいが……。
「この度は神聖槍騎士さまへの失礼の段、深くお詫び致します。どうか、どうかお許しくださいませ。
神殿との取引が無くなってしまったら、我らはこの町で商売どころか暮らしても行けませんので……」
いきなり土下座する勢いで謝られてしまった……。
ってかさ、神殿も神聖槍騎士も、どんだけ偉そうにしてるんだよ!
『いい、ここから先は『あの時』みたいに勝手に言葉を変えちゃだめよ、分かった?』
そこからはアルシェが言った通りに言葉を続けた。
「故あってこの身なりだ、誰も咎めるつもりはない」
「おおっ、ありがとうございますっ! 寛大なお言葉には心より感謝いたします。我らでできることなら何なりと……」
ははは、交渉の前段でいきなりマウント取っているじゃないか!
ちょっとだけアルシェを見直したぞ。
「これからする話は他言無用だ。万が一にでも話が漏れれば、其方の商会はおろか命まで失うと覚悟してもらおう」
(なんだよ、いきなりその脅し文句は……)
「も、もちろんですっ」
「魔王軍がアメノ神殿に侵攻していることは知っているな? それを受けてアメノ神殿の神官たちは苦渋の決断を下した。万が一魔王軍に神殿を奪われれば、今後我らに未来はないからな」
(ってかさ、神官たちはただ逃げ出したんじゃなかったか? 道すがらサドレスたちからは、そう聞いたけど?)
「はい、仰る通りだと……」
「幸いにも神殿に居られた巫女様は、本来ならば十二年の時が満ちてのみ開かれる門を開き、我らの救世主となるお方の召喚に成功したのだ」
(いや……、成功したもなにも、強引に連れ帰っただけだろう。しかも『間違っちゃいました~』って話だよな?)
「な、なんと!」
「我らは召喚に成功した巫女さまと、招いた救世主さまを護衛し、聖都までの旅の途上だ。既にそのお二方もこの町に入られている」
(これだけは事実だな)
「おおおっ! では我らも早速ご挨拶に」
「ただ救世主さまに関することは決して口外しないように注意しろ。聖王様の発表に先んじて噂が広がれば、神の御心に背いて不敬にあたるからな。故に神聖槍騎士たる私も、こうして身分を偽っておるのだ」
(ははは、実はこの神聖槍騎士って立場、意外と便利だな)
「は、ははっ!」
「そしてここからが本題だ。我らも魔王軍の追撃を避けるべく、裏道より密かに神殿を出た。巫女さまや救世主さまに万が一のことがあってはならないからな」
「も、もちろんでございます」
「だが出立を急いだ我らは、十分な金銭を持参することが叶わなかった。神殿の財貨は、聖域を守る十二国連合軍に投じられていたこともあるしな」
「それは無理もないことかと。それでは我らが、御一行の費えを献上して……」
「それはならん! 救世主さまをもてなすのは神殿、ひいては聖王さまの務め。滞在する町々で内々に『もてなし』を受けることは目をつぶるとして、そもそもの路銀を徴発したともなれば、聖王様や神殿の沽券にもかかわること」
(そうなのか? まぁ俺は言われた通りに復唱しているだけだけどさ)
「で、では我らは……」
「救世主さまは非常に律儀で慈悲深い方でいらっしゃる。そんな我らの苦衷を見兼ね、異界から持ち寄られた非常に貴重で高価な品々を、費えとして我らに遣わされたのだ」
(はぁ? 律儀で慈悲深い? そんなはずないでしょう! オタは町への道中もイキリ倒していたし……)
「さすがは巫女姫様より救世主として認められたお方ですな。なら我らも喜んで買取に応じ……」
『シェンファ、ここで思いっきり勿体ぶって』
アルシェに言われた通り、俺は手の平を差し出して首を振り、彼の言葉を遮った。
「我らも当初はお断りした。聖王さまのお顔を潰すことにもなりかねんからな。だが……、救世主さまは『救うべき人々に迷惑を掛けることはできない』と仰ってな、我らも困り果てていたところよ」
(本当ならさ、どちらの顔を潰しても全然問題ないんだけどな)
「神聖槍騎士さまの苦衷、我らもお察しいたします。私共にできることがあれば……」
『はい、これで交渉成立ね!』
(どういうことだよ?)
「そこで我らは、双方のお顔を潰さぬよう、協力者を探しているのだ。我らが世界を救ってくださる救世主さま、その方が異界より持ち寄られた御物を初めて購入する栄誉に預かりたいと思う者、口外できぬとも内々に聖王国と聖王様、そして救世主さまに尽くす意思がある者、そんな者に心当たりがあれば紹介してほしいと思ってな」
(ははははは、これって思いっきりペテンじゃないか)
「もちろん心当たりはありますとも! この私めが、是非その栄誉に!」
そこからはもう流れるように簡単に話が付いた。
商人にとっては重宝する付箋やマーカー、ペンなどもアルシェが驚くほどの高値で交渉がまとまった。
そして……、満を持して本日の逸品の登場だ!
俺は電卓の便利さを分からせるため、デモンストレーションとして商人に言われた通りの計算をしてみせた。
だが……。
「おそれながら……、どれも違っております」
あれ? 電卓を使ってことごとく計算を間違うなんてあり得ないんだけど?
一体どうしてだ?
『あああっ!』
……、アルシェさん、またフラグですか?
嫌な予感が満載なんですけど?
『シェンファ、ごめんなさい! この世界は全ては十二が単位なの!』
12進数かよ! なら計算が全部狂う訳だよ。
ってかさ、それを先に言ってくれないかな?
言われてみれば召喚門の周期も十二年だし、国の数も十二(正確には十三だけどさ)だし、聞いたところ時間も一年も全て十二が基本になっていた気がする。
「おお、そうであったわ。救世主さまの言葉によると、異界は我らの世界とは数の理も違っておったな。もう一度やり直してみせよう」
「は、はい……」
そこから電卓君の無双が始まった。と、思いたいが……。
なんせ数字を十二進数から十進数に戻し、そこで計算した後で再び十二進数に戻す作業がめっちゃ手間だったけどさ……。
それでも四則演算なら電卓の独壇場なので、単純な計算に加え、桁数の多い難解な計算も次々に解いてみせた。
「おおっ!」
「おおおおっ!」
「おおおおおおっ!」
最初は若干引き気味だった商人も、一気にテンションが爆上がりし始めた。
最後にはもう身を乗り出さんばかりになって「我らに子々孫々まで誇れる栄誉を!」とか言って、最後には目の前に持ち運びできない量の金貨が積み上げられていった。
「最後にもう一度念を押すが、この件は他言無用だ。一切の口外を禁じる」
「もちろんです!」
でもさ、この電卓は実際に使えないけど良いのか?
彼らに10進数の概念がないし……。変換作業を踏まえないと数字は違ってくるからな。
まぁ……、彼らにとっては実用の道具ではなく、芸術品や宝物扱いだから良いのか?
ならちょっとオマケも付けておくか。
「ただし、ここまで誠意を見せてくれたからには、その志に応えてやりたい」
『え? シェンファ、何を言ってるの?』
「協力してくれた其方には、以降は内々に救世主さまを『ユウシャ』または『ユウシシャ』と呼ぶことを許可する」
「ユウシャ……、でありますか?」
「そうだ、この世界を『憂う』者という意味の『憂者』、この世界で自ら資金の調達を募られる、すなわち『融資』を願った者として『融資者』、そう言って内々に讃えるが良かろう」
『ぷっ!』
「はっ! 心ある者たちで密かに!」
『シェンファって……、ひどいよね』
いや、そういうアルシェも思わず噴き出しただろうが!
そういう意味では同罪だぞ?
こうして俺たちは最初の難関、資金調達を無事に乗り切った。
ちょっとだけ、オマケを付けて。
◇◇◇
巫女姫たち一行が去ったのち、ポーラスに住まう人々は密かに救世主を指して『憂者』や『融資者』と呼ぶようになったと言われる。
もちろん当人も事ある毎に『ユウシャ』と自称し連発していたため、いつしかそれは公然の名称となり、諸国の間にも定着していくことになる。
ただシェンファとアルシェだけは、旅行く先々でこの名称を聞くたびに、大きく噴き出していたといわれる。
最後までご覧いただきありがとうございます。
明日(7/21)は、【交渉の結果】をお届けします。
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