第二話 最悪の出会い
俺は彼らを驚かさないように走るのを止め、ゆっくりと、そしてわざと足音を響かせるようにして、地下道のひときわ明るい場所へと進んでいった。
「誰だ! 所属を名乗れ!」
「全員、短槍を構えよ!」
「姫様を守って円陣を!」
俺が彼らの視界に入る前に警戒して戦闘態勢を整える声と、ガチャガチャとした金属音が響き渡り、地下道はにわかに物々しい雰囲気に包まれた。
「俺だ、向こうの世界では、お前たちが逃げれるよう協力したと思うが?」
大きな声でそう言ってから、俺はゆっくりと彼らの視界に進み出た。
「あ、貴方は!」
「確かに……」
「ど、どうして?」
俺の顔よりも手にしていたゼロスの短槍を見た兵たちは、一瞬だけ驚いたものの、その後は一様に安堵の表情を浮かべていた。
やはり若いな……。
甲冑を脱いで兜を外していた姫さんの顔を改めて見たが、せいぜい中学生年齢、十三~十五歳がいいところだろう。
だが……、姫さんだけは俺を見て青い顔をして震えていた。
「魔将ゼノスに降ったの? いえ、そうに違いないわ! だって、私の加護なしに世界を渡るなんて……、有り得ないもの! 今すぐ彼を斃して!」
「は?」
何で俺が奴に降らなければならないんだ?
何で俺が此処に居るのが有り得ないんだよ?
ってか、いきなり『斃して』は酷くねぇか?
彼女の言葉によって、これまで安堵の表情を浮かべていた兵たちも再び殺気立ち、短槍を構えて切っ先を俺に向けているし……。
『あああっ!』
なんだアルシェ、その変な慌てようは?
まさか……。
『大事なことを忘れていたわ。彼女の言っていることは、ある意味で正しいの』
「どういうことだよ?」
『禁忌が記された禁書によれば、巫女の加護なしに向こうから渡って来た者は、『異形のモノ』になって暴れ狂うか、魔王の眷属になってしまうと書かれているの。なので、勝手に世界を渡らせることは禁忌とされているのよ!』
それを先に言えよ!
なら俺はどうすりゃいいんだよ!
『ここは……、私の言う通りに話してくれる? なんとか取り繕ってみせるから! いい? 言った通りに、よ』
「あ、ああ……」
『巫女姫であるラ・アルシュ殿下の言葉は正しいです。ですがそれは、この神殿にある禁書に書かれている内容、それを密かに読まれたのでしょう。ただ殿下、そこに書かれていたのは真実の一部でしか……』
「お前の言ったことは正しいよ。ここにある禁書を勝手に読んだんだろう? でも中途半端なお前が知らないこともあるんだよ。お前の言っていることは、正しくもあり正しくはない!」
『もう、シェンファ! 勝手に言い回しを変えないでよ!』
「いいから続けろ!」
呆気に取られている彼女たちにをよそに、俺はアルシェの言葉を『ちょっとだけ』変えて話し続けた。
なんせ会う前から『思うところ』があったのに、実際に会ったら開口一番に『斃して』だからね。
「確かに巫女の加護なしに向こうから来た者は、『異形のモノ』となって凶暴化したり、魔王の眷属になるらしいな? だが俺は向こうの世界の者ではなく、元々此方の世界の者だ。過去にこの神殿から向こうに流されただけ、でな。こちらの言葉が話せるのが、その証拠ではないか?」
何だよそれ! まるでとって付けたような話じゃねぇか。
そんなモノを誰が信じる?
「そ……、そんな記録、神殿には残っていないわ」
あれ、反応は悪くないな?
記録はないって言っている割に、その前段の話はあり得ることとして姫さんは受け止めているのか?
引き続き俺は、アルシェの言葉を少しだけ俺流に変化させて言葉を続けた。
「当たり前だ、そんな不祥事の記録が残っている筈がないだろう。不届き者が『やらかした』ことに対し、あの神殿がご丁寧に記録を残しているとでも? 今回、お前が『しでかした』ことと同じく、な」
「くぅっ、そ、それは……」
「いえ、巫女姫様に対する暴言の数々、許す訳には参りません!」
おや、姫様が大人しくなったと思えば、今度は兵たちがいきり立ち始めたか?
面倒くさいな……。
『だ・か・ら・シェンファが勝手に言い回しを……、もう、ちゃんと私の言う通りに話してくれるかなぁ』
「俺は神殿に籍を置くものとして、神への冒涜を咎めているだけだ。勝手に禁書を読んだ上、時が満ちる前に禁忌とされた門を開き、向こうに渡ったこと。
この罪はたとえ王族、巫女姫であろうと許されるものではない。それでもお前たちは、何の咎めも受けないとでも思っているのか?」
「いえ……、それは……」
ははは、そういうことか?
アルシェの言葉はなかなかクリティカル入るな。
「俺は神殿に告発する代わりに、事情を考慮して『今回の不祥事』を口頭で注意しているだけだ。
叱る立場に身分の上下もないだろう? お前たちはコイツへの無礼を咎めるの前に、神殿への冒涜を咎めるべきではないか?」
「「「……」」」
あ、全員が完全に撃沈した。
この世界では神殿の権威って、俺の想像以上ってことか?
「わかったわ、貴方が理性ある『ヒト』であることは認めてあげるわ。それで……、ゼロスは? 他の皆は?
もちろんちゃんと連れ帰ってくれたんでしょうね?」
なんだコイツは?
あの戦いの中で、そんな事ができるとでも思っているのか?
それに加え……、まるで俺を使いっ走りのように、上から目線で言ってくるのも癪に障るな。
俺は努めて冷静でいるよう心掛け、大きく息を吐いた。
「ゼロスは……、『この先でお前を守って欲しい』と俺に託し、安らかな顔で逝ったよ。他の者たちも既にこと切れていた」
そう言った瞬間、姫さんは泣きそうな顔になったあと、思いっきり俺を睨みつけてきた。
そして一気に感情を爆発させた。
「何でよ? 何で置いてきたのよ! 何の役にも立ってないじゃない!
貴方は強いんでしょ? なら、どうしてゼロスたちを連れて来てくれなかったのよ?
ゼロスたちを冷たい異界の地に置き去りにして、それで良いと思う訳?」
ああ、ダメだ……。一気に感情が……。
俺は無意識に、感情と敵意をむき出しにして詰め寄る彼女の襟首に手を掛けようとしていた。
『シェンファ! ダメぇっ!』
アルシェの狼狽した声が頭の中に響いたが、そんなものはどうでも良かった。
不思議なことに怒りや憎しみ、そんなマイナスの感情が増幅され、まるで俺を支配するかのように一斉に動き出している気がする。
ただ、ブン殴ることだけは何とか思い止まったけど……。
「それに、あのまま置き去りにされたらゼロスは……、ぐえっ」
「「「「姫さまっ!」」」
あれ? 何でこんなに軽いんだ?
本来なら、相手がたとえ中学生程度の少女でも、片手で襟首を持って持ち上げるなんて芸当は、とてもじゃないが俺の膂力ではできないはずだぞ?
なのに今は……。
俺の右腕は、強引に彼女を俺と同じ目線まで引き上げ、彼女は宙に引き上げられて浮いた両足を、苦しそうにバタつかせていた。
「お前、度し難いな? お前が言った仲間への気持ち、巻き添えになった向こうの世界の人たちに対しても、同じだと言えるのか?」
『お願い、シェンファ!』
「お前が勝手に世界を繋いだせいで、向こうでは何の罪もない人たちが沢山殺されたんだぞ?
本来なら死ぬべき定めになかった人たち、彼らの無念と、彼らを失った家族の気持ちにもなってみろ!」
「「ぶ、無礼者!」」
そう言って周りの兵が突き出した短槍を、俺は無意識に空いていた左手で薙ぎ払った。
「「「!!!」」」
そうすると何故か短槍は見事にひしゃげ、それを手にしていた者たちは反動で盛大に吹き飛んだ。
あれ? どういうことだ。
ただ……、ちょっとやり過ぎたか?
自分自身も驚く展開になってしまったことで、とりあえず俺は姫さんの足が届くよう手を下した。
だが彼女は一切怯んでいないようだった。
「私たちだって、この世界を救うためにどうしようもなくやったのよ。私たちには……、どうしてもこの世界を救う力を持った、救世主が必要なのよ!」
「ほう? この世界を救うためなら、何の関係もない彼方の世界の人々が死んでも構わないと?」
「そ……、そんなつもりは無かったわよ?」
「つもりがなくても危険はあったのだろう? 禁忌とされていることをやって置いて、いまさら知りませんでしたとでも言うのか?」
もし彼女が、彼方の世界で巻き込んだ人たちを気遣う素振りがあったら……。
もし彼女が、不用意に門を開いたことを反省している素振りがあったら……。
俺だってこんなことはしていない。
いや、もしかしたら口にしないだけで、彼女もそんな思いに苛まれているのかも知れない。
だが……、態度に見えていないものを慮れるほど、俺は大人ではないし、何故か俺の心は湧き上がる感情の奔流に支配されていた。
「そもそもお前が言った『この世界を救うため』に、向こうの世界の人たちは関係あるのか?」
その時だった。
俺の腕を予想外の人物が掴んできた。
「そのへんで良いでしょう。彼女も自分が犯してしまった罪の大きさは理解しているのです。
此方に来てから、ボ、ボクを『勇者』として……、無理やり招いたことを詫びてくれました」
はぁ? 勇者だと?
お前はラノベの読みすぎじゃねぇのか?
そもそも自分のことを、恥ずかしげもなく『勇者』ってよく言えるよな?
あの時は俺に縋り付き、まるで生まれたての小鹿のようにガクガク足を震わせていただろうが!
「彼女には大いなる使命があるのです。それを聞いてボクも立ち上がりました。犠牲になった人たちには申し訳ないですが、より多くの人々を救うために必要なことだったと……」
「一万の命を救うために百の犠牲を、ってか? そんなもの糞くらえだ! そんな事を言っている奴らに限って、必ず自身は救われる多数の側に居るのだからな!」
「やれやれ、キミこそまるで駄々っ子のようだね。ならばボクも力づくで……」
「『オタ』は黙ってろ!」
「ぐぇぇぇぇぇっ!」
『あちゃー』
横から割り込んだ『オタ』が実力行使に出ようと右腕を振りかざし、体重を前に移動して拳を突き出した瞬間、俺は反射的に身を捻って躱すと、そのまま奴に回し蹴りを加えていた。
見事にカウンターが決まったのか、オタは無様な悲鳴を上げつつ盛大に吹き飛び、地下道の壁にめり込んでいた。
因みにだが、どうして俺が名前すら知らない自称勇者を『オタ』と呼んだか、それには理由があった。
歌舞伎町での惨劇があった際、俺の腕にすがりついた奴のリュックには、俗に『痛バッグ』と言われる証、『大きいお友達』を示す子供向けアニメの缶バッチが幾つも付いていたからだ。
別に俺はオタクを卑下している訳ではない。
一目見てそれが理解できる程度に、俺自身も方向性は違うがオタクだと自覚しているし、だからこそ彼もまた、系統の違う同類と理解していた。
『シェンファ、お願いよ。落ち着いて。彼は貴方と同類だから死なずに済んだけど、此方の人なら今の蹴りで死んでいたわよ』
あ……、そうだった。
絶対に手をあげないよう言われていたんだっけ?
『今のシェンファは、世界を渡った影響で少し凶暴……、ううん、感情が振れやすくなっているの。
だから……』
確かにそうか? 今の俺は驚くほど好戦的な感情に支配されていることは否めない。
どれだけ怒っていても、女性の胸ぐらを掴んで持ち上げるなど、本来の俺からしたら絶対に有り得ない話だ。
「ごめん……」
「???」
いや……、自己嫌悪に駆られた俺が謝ったのは、コイツらではなくアルシェに、だ。
だが彼らは、怒ったりしょげたり、コロコロと態度が変わる俺を不思議に思ったのだろう。
もちろん俺も、色々と大人げなかったと反省しているけどさ。
『さぁ、シェンファ』
うん、分かってる。
今はいつもの俺だ。短慮に走ることもない。
「姫様に非礼があったことは詫びたい。ただ、今後は世界の人々を導く巫女になっていただくため、犠牲になった者たちの痛みを知り、より優れた導き手に成長してほしかった。そんな『ゼロスの願い』を託された俺も、ちょっと『教育的指導』が過ぎたと反省している」
実際にゼロスから頼まれたのは『姫様たちを守る』ことだけどね。
この際は方便として使わせてもらった。
「ゼロスさまが……」
「そうだな、あの方ならきっと……」
「確かに……、あり得る話かも」
あれ? 『ゼロスの願い』と言った途端、兵たちから一斉に殺気が引いたぞ?
もしかしてこれまで、コイツらもこの姫様に散々苦労させられてきたのか?
「ともあれ、俺はゼロスと騎士の誓いを交わし未来を託された。この先は巫女の『護衛』として、一行が無事に脱出できるよう誓いを果たすつもりだ」
「「「おおおっ!」」」
「ゼロスさまは死してなお、姫さまや我らを……」
「ゼロスさまと騎士の誓いを……、であれば!」
「そうだ! 騎士の誓いとは命より重いもの、それを背負われての諫言だ!」
え? そうなの?
兵たちは納得したかのように武器を引いたけどさ、そんな話は聞いてないぞ?
「あれほどのお力に、堂々と姫様に諫言できる胆力、だからこそゼロスさまは!」
「その役目、今後は誰が担うのかと心配でしたが……、これで!」
「そうだな、我らの気苦労もこれで少しは……」
おいおい!
この姫様は……、どんだけ彼らに気苦労を掛けているんだよ!
思わず彼らの心の叫びを垣間見てしまったじゃねぇか!
「でもさ、この方は……、もしかして救世主より強いんじゃないか?」
それは……、気のせいだ。
そんなもの俺は知らないし、そもそも俺は一般市民だからな。
「だよな、向こうでも今でも、あの強さ……、半端なくないか?」
頼む、黙ってくれ! 繰り返すがそれは気のせいだ。
俺は余計なことに巻き込まれたくないからな。
『ふふふ、彼らはシェンファの事をちゃんと認めているようね』
「いや……、頼むから放置で!」
一部の兵たちの不穏な言葉が気になったが、ここは敢えてスルーしよう。
俺は約束以上に彼女たちに関わるつもりもないし、後は『自称』勇者のオタに任せれば良いのだから。
「わ、分かったわよ。私も貴方を殺せと言ってしまったことだし、言われた通り巻き込んでしまった人たちには、心から申し訳ないと思っているもの。
彼らの立場からすれば、私も奴らと同類よね……」
ほう、ここに至って少し素直になったが、それぐらいの器量はあるのか?
あれだけ非礼を働いた俺にそれが言えるとは……。
さっきまでの取り乱した様子も、いつの間にか収まっているしな。
「でも……、次から私に対して相応の敬意を払うこと、非礼は一切許しませんからね。敵ではないと分かったけど味方でもないわ。ゼロスの遺言に従い護衛に就くことは許しますが、基本的に別行動ですからね。
私は貴方が……、大嫌い! で・す・か・ら!」
睨みつけたまま、そう言った姫様は思いっきり舌を出してきやがった!
それが姫様のすることかよ!
『まぁ……、まだ子供ですからね。大目に見てやってくださいな。私だって最愛の人と初めて会ったときは、冷たくて意地悪な人と思って苦手でしたし……』
ははは、アルシェにもそんな事があったのか?
取り敢えず、この姫様とは一線引く方が身のためだな?
「俺と同意見だな。お互いに極力関わらない方が気苦労も少なく、快適に過ごせると思うぞ。お互いの精神衛生上、一番良いご命令かと」
「ホントに嫌な奴!」
そう言って彼女は背を向けて身支度を始めると、その後は一切後ろを振り返ることなく歩き始めた。
その様子に慌てた兵たちは、目を回していたオタを揺り起こして立ち上がらせると、彼女の後に続いて歩き始めた。
これが俺と姫様との出会い、いや、出会いの前に『最悪の』と付け加えた方がいいだろう。
良くある恋愛ストーリーのように、最悪から最良に変化することは絶対にない。それだけは何故か確信に近いものを感じていた。
この日より俺は、アルシェに導かれて新たな世界へと進み出す。
最後までご覧いただきありがとうございます。
明日(7/17)は、【禁忌の欠片】をお届けします。
どうぞよろしくお願いします。




