第一話 門の向こう側
異界からの訪問者と襲撃者、俺の理解の及ばない事態が進行するなか、取りうる選択肢は限られていた。
そこで、俺は、半ばなし崩し的に異界へと繋がる門を超えていた。
確実に言えるのは、このまま日本に残っていても刑務所か精神病院行き、加えて俺のことがネットにも晒され、家族に迷惑を掛ける。
訪れるのは、そんな未来でしかない。
何よりも『壊れている』俺の周りには不自然なことばかり起きていたし、それらの疑問に決着を付けたかったのも事実だ。
俺は何故、彼方の言葉を突然話せるようになったのか?
俺は何故、使った事もない短槍が使いこなせたのか?
俺は何故、妖精さんからシェンファと呼ばれたのか?
そもそもだが俺の知る『彼』とは、一体何者なのか?
俺は何故、あんな悪夢を見て、壊れてしまったのか?
俺の頭に棲みついた『妖精さん』の正体は何者なのか?
それらの疑問を解決したい思いに加え、心の奥底から『何が何でも向こうに行け!』と叫ぶ声があった。
そのため俺は、いきがかり上とはいえ導かれた声に従って、これまで住んでいた世界と決別し、思ったよりもあっさりと新たな道を踏み出す決断に至っていた。
◇◇◇
彼らがやって来た世界へと通じる白亜の門に足を踏み入れた瞬間、まるで薄い水の膜を通り抜けるような軽い抵抗のあと、視界がぐにゃりと曲がって一切の平衡感覚が失われ、宙に浮いたような気分になった。
そして……、次に気が付いた時には、いつの間にか門の向こう側に立っていた。
門の先は地下にあるのか薄暗く、視界が慣れるまで少しの時間を要したが、各所に灯された篝火のような照明がぼんやりと内部を照らし、徐々にその全容が分かるようになった。
「ここは一体……」
俺は思わず息を飲んで地下に広がった風景を見渡していた。
門があった場所を始め二百メートル四方はあると思われる広大な空間は、数百はあると思える白い石柱が整然と並んで天井を支え、床にたまった水はその光景を鏡のように美しく壮麗な姿を反射していた。
例えて言うならトルコのイスタンブールにある地下宮殿 、バシリカ・シスタンに似ている気がする。
俺も実物は見たことがないが、目の前に広がる青と白の幻想的な世界を見て、思わずそう思っていた。
『ふふふ、私たちの世界へようこそ! ここはルリエラポルト聖王国の外延部にあるアメノ神殿よ。
今シェンファが居るのは、神殿の最深部にある召喚門が設置された特別な場所なの』
「ではさっき通った門は何だ?」
そう、俺は召喚された訳ではない。
行きがかり上、半分無理やり連れてこられたことになるから、そういう意味では召喚に近しいが……。
『本来ならあの門は、異界の地から救世主を此方の世界に導くためのものなの。
ただ今回は『召喚』ではなく、両方の世界にとって危険の大きい、『転移』の門として使われたけようだけど……』
救世主? 転移? 次々と訳の分からない言葉が出てくるな。
もちろん俺は、その言葉が意味するものをラノベの知識で知っている。だが、実際に自身の身に起こったこととなると、簡単に受け入れることができないのも事実だ。
「何故、今回は危険の大きいことをしたんだ?」
実際に歌舞伎町に転移門が開いたことで、向こうの世界で災厄が起きてしまっている。
あのようなことが起きると分かっていてなお、門が開かれたのか?
『基本的に理の異なる世界に干渉するのは禁じられているの。だから十二年に一度の時が満ちるまで待たなきゃダメなの』
「それが満ちていなかった、と?」
『うん、そこで初めて、『巫女』の力を授かった者が向こうの世界に住む救世主と繋がり、招き入れるために召喚門は使用されるの』
なるほど、今回は大きく事情が異なり、そういった手順を全て無視した、そういうことだな?
『時が満ちるにはまだ六年ほど待たなくてはいけなかったの。でも、それでは間に合わないと思った『あの子』は仕方なく……。本来なら召喚のための門を、世界を渡るために転移門として開いてしまったと思うの』
何気に訳の分からない話を連発してくれたが、正直言って俺の理解を超えているぞ?
いや待て! 『あの子が転移門として開いた』だと?
「おい! じゃあ今回の惨事の原因は……、全てあの『お姫様』ってことか?」
『それは、その……、あの子も必死だったし、仕方がない状況だったのよ。まぁ……、あの子はちょっとだけ思い込みが激しく、思慮が足らずに突っ走っちゃう点は、私も認めざるを得ないけど……』
「つまり、暴走する思い込みの激しい『お馬鹿』ってことか?」
何故、俺の質問に黙っている?
それは俺の指摘が正しいと認めているか、他にフォローしようがないと言っているようなものだぞ?
『そ、それより今は、急いで彼女たちの後を追いましょ。もうすぐ『彼ら』もこちら側に帰ってくるし、こっちの世界に戻ったら本来の力を発揮して襲ってくるわ。それに対して今のシェンファでは……。
だから急いで!』
「げっ、それを先に行ってくれ! で、この先どこに向かえば良いんだ? あの『お姫様』たちは?」
『私の言う通りに進んで。この最深部に通じる道は迷宮になっているので、下手に進むと出られなくなっちゃうのよね。秘密の脱出路は彼らも知らないはずだけど……』
そう言われた俺は仕方なく『妖精さん』の指示に従い、無言で迷宮を走り抜けた。
途中で何度も右、左へと曲がり、一時間ぐらいは走った気がするが……、不思議なことに俺の体力は全くと言って良いほど消耗していなかった。
もちろん俺も、長時間走ることを意識してペースを落としたつもりが、実際の移動速度は俺の全力疾走より早かった気もする。
「なぁ……、妖精さん。ひとつ聞いていいか?」
『何よそれ、妖精さんって私のこと?』
「そうだよ! 人の頭の中に勝手に棲んでる不気味な存在でしかないだろう?」
『失礼ね、私にもちゃんと本体はありますよ~だ。シェンファが一目見ただけで惚れちゃうぐらいの、とぉっ~ても美人なんですからね』
そう言われても実物が見えない以上、何の有難みもない。むしろ自分で自分を『美人』って言うこと自体、どうなんだ?
それに俺にとっては、違う誰かが頭の中に棲んでいること事態が、不気味で堪らない話なんだけどな。
「なら今俺と話している『妖精さん』や、ずっと呼び掛けていた『あの声』は何だよ」
『これまではシェンファの中にある私、私の『魂の欠片』が呼び掛けていたの。だけど門が開いたお陰で、やっと直接呼び掛けることができるようになったの。今は私の精神がシェンファに宿っているわ』
「うわっ、それって妖精さんの一部が俺の中にあるってことかよ! 怖くねぇか?」
『ホントっ、シェンファは以前からずっと口が悪いよね。それとも……、やっぱりアレかな?』
「何だよ!」
『好きな女の子には、つい憎まれ口を叩いちゃうってやつ? ふふふ、そう考えると、お姉さんとしてはとても可愛く思えちゃうけどね』
どう考えたらそういう思考になるんだ?
妖精さんは、俺の想像以上に思い込みの激しい『天然』なのか?
だが、それ以上に……。
「まじかよ、年上なのか! 幾つなんだ?」
『ええ、まぁ……。いろいろと事情があって結果的に、ね。それに女性に年齢を聞くのは失礼よ』
「それに何で俺がシェンファなんだ? それは夢の中で出ていたあの男だろう?」
『そうね、なら今後はシェンファと呼ばずに、シオンと呼びましょうか?』
「そっ、それは……、ゴメン!」
『なら以後は私のことも『妖精さん』ではなくて、アルシェと呼ぶこと。良いわね?』
そう言われた俺は、止むを得ず従うほかなかった。
今はまだ謎ばかりだ。これから先、アルシェに聞かなくてはならないことが山ほどある。
今の俺が彼女の支えを失えば、見知らぬ世界で路頭に迷ってしまうからね。
「わかった、その代わり……」
『待って、もうすぐ『あの子』たちに追いつくわ』
そう言われてみると、俺が門のあった場所から持ち出した松明の明かりの先に、より明るい一角が見えてきた。
ここで俺は走るのを止め、ゆっくりと歩き出した。
だだ、やっと追いついたことで、新たな疑問が頭に浮かんだ。
「なぁアルシェ」
『はい♡』
言われた名で呼んだ途端、あからさまに声のトーンが変わったが……。
もしかして意外とチョロいのか?
「彼らが戻るため門に入ってから俺が入るまで、僅かな時間差しか無かったはずだ。なのに追い付くのにここまで時間が掛かったのは何故だ?」
正確な時間は分からないが、彼らが門に入ってから俺が入るまで、タイムラグはおそらく二分から三分程度しかないはずた。
しかも彼らはほぼ全員が手傷を負っており、足手まといの姫様と向こうから連れ込んだ男も居る。
そうなるとどう考えてもおかしい。
彼らを追いかけた俺は、曲がり角では都度速度を落としたものの、直線は全力疾走に近い速度で、しかも休憩なしに一時間近く走り続けていた。
これ自体が不思議なことだが、そんな速度で走ったにもかかわらず、これまでずっと彼らに追いつけなかったことはおかしい。
『あ、それは……、門が理の異なる二つの世界を無理やり繋いだからなの。門が繋がっている間、向こうの世界と此方の世界では時の歩みが異なってしまうみたい』
「マジか……」
『マジよ。向こうで一を数える間に、此方では百を数え終わっていると、神殿の禁書に書かれていたもの。
そうでないとシェンファが此方に来た時に、私も悠長に構えていなかったわ』
百倍の時間差……、となると彼女たちは三時間から五時間、俺たちに先行して逃げていることになる。
それならば今の状況にも納得がいくな。
『先に確認したいのだけど、シェンファは合流したらどうするつもり?』
「本当ならあの『お姫様』をブン殴りたいぐらいだ。ただ相手はまだ子供、しかもお姫様だからな」
『やっぱり怒っているのよね?』
「俺はこの世界の常識は分からない、かと言って王族に畏まる気もさらさらない。ただ王女様であっても、人として言って当然のことは言ってやりたい」
『ふふふ、やっぱり貴方は同じね。でも、できる限り優しく伝えてあげてね。あの子なりに世界を救うため、身体を張って一生懸命頑張っているの』
「どうやらそれが空回りしているようだけどな。不用意に門を開き、結果的に『奴ら』を招き入れた事は彼女の罪だ。それはきちんと理解してもらう」
『それは本人も悔やんでいると思うわ。確かにシェンファの言う通り、『考えなしに行動』してしまうことや、『お馬鹿』で『思い込みが少し激しく』て、この世界でも『常識には疎い』ところがあるのだけと……』
「いや、俺はそこまで言ってないぞ? アルシェの方が辛口じゃないか? 聞いていると彼女のことを、救いようのない『お馬鹿』と言ってるように聞こえるぞ?」
『あっ、それは……、まだ成長過程ってことなの。まぁ、経験者は語るって感じよ。あの子もいずれは……』
「いずれ、ね。まぁ外見だけ見ればまだ中学生ぐらいの子供にも見えたしな。ただ、だからと言って許される訳じゃない、時には本人のために……」
『彼女に対して『教育的指導』も必要ってこと? ふふふ、それって私もよく言われたなぁ。『憎くて言ってるんじゃない。良い方向に成長を促すための教育的指導』だって、ね』
「何だよだよそれ! 聞いているだけで上から目線だし、それを言った奴って相当に捻くれてるよな?」
『もう、自覚があるならもう少し……。ただ、今のシェンファにはひとつだけ大事なお願いがあるの』
「なんだ?」
『この世界では自分自身や仲間の命を守るための戦闘以外は、絶対に手をあげないで』
いや、そもそも俺は喧嘩や殴り合いとは無縁の陰キャだぞ?
そんな事をする訳がないし、理性的な性格だと思っているんだけどな。ただし、『壊れて』いる時を除けば、だけど……。
「理由を……、聞いても良いか?」
『うん、今のシェンファは普通に接したつもりでも、人を殺してしまうぐらい力が強くなってるの。それだけは覚えておいて』
なんだそれ? 全く意味が分からないし。
ラノベ世界よろしく、世界を渡った俺が何らかのチートでも授かったとでも言いたいのか?
「ああ……、分かった。気をつけるよ」
この時の俺は何も考えずアルシェの言葉に返事をしていたが、この時点では彼女の言葉が意味する本当の危険を理解していなかった。
世界を渡った俺を無自覚に変えた変化、肉体的なものだけでなく、精神的にも元の俺とは違うモノになりつつあった変化を……。
そしてこの先で俺は、本来なら運命の相手となるはずだった『彼女』と、最悪の出会いをすることになる。
本日より本編公開です! これからもどうぞよろしくお願いします。
プロローグの先行公開より頑張って作成を進めて、ある程度継続して連載できる貯金はできたと思います。
最低でも200話を超える長編を目指しておりますので、どうかこれからもよろしくお願いします。
なお時折、世界観をイメージしやすいよう具体的な地名を挙げることがあります。
今回は『バシリカ・シスタン』です。
ネットでも写真が多く掲載されていますが、私自身も一度は行ってみたい場所のひとつです。
よかったら是非、検索してみてください。
明日(7/16)は、【最悪の出会い】をお届けします。




