第五十話 メシアが遺した遺物
翌朝、俺とオタが手ぐすね引いて待っていたところにヴェント商会の一行が訪れた。
期待通りウェントス商会長も現れて買い付けや搬出の陣頭指揮を採っているようだったが、俺は彼だけを呼び出し、今は俺とオタとラルシュ以外は他に誰も居ない食堂へと誘った。
「やあウェントス君、待ちかねたよ。今回はヴェント商会の活躍には大いに感謝しているよ。そこで、だ。内々に面白い商談をしようと思ってね」
「はい?」
「なお今からする話は他言無用だ。あくまでも特別にヴェント商会だけに行うものと心得てほしい。
万が一に出立前に話が漏れれば、巫女様や救世主様にも大きな迷惑をお掛けし、商品が神殿に没収されかねないものだからな」
「は、はぁ……」
『ダメよ、今のシェンファの話し方は、ただ怪しさ満点だもの』
あれ、ダメだったか?
以前にポーラスの町でアルシェに言われた通りに話したことを、ただ再現したつもりだったが……。
確かに隣を見ると心なしかラルシュも引き気味だった。ただオタは夢中でタブレットを操作しながら、予定の作業に取り組んでいるのか、耳に入っていないようだったけどさ。
「コホン、実はな、救世主様は異界より世界を渡られる際、この世界にはない不思議な魔道具も共に持参されてきたんだ。救世主さまの持ち込まれた珍しい『遺物』は、いつの時代も高値で取引されると聞いたが?」
この言葉でウェントス商会長も何かを悟ったらしく、微妙に口角が上がり目付きが変わった。
商人としての血が騒ぎ始めたか?
「もちろんでございます。せっかく私共にお声掛けいただいたのです。ご提示いただく物の価値に応じ、それなりの価格で買い取らせていただきます」
うん、感触は悪くないな。
これは短期決戦のほうが手っ取り早いか?
「では……、先ずはこちらだな」
そう言って俺はいきなり重要なカードのひとつを切った。
元々はオタが『推し』とのツーショットを大事に包んでいた包装用紙を丁寧に開くと、そこには硬質カードケースに収められていたラルシュの写真が入っていた。
しかもただの写真ではない。
「おおおおおっ、何と神々しい! しかも……、このような精巧な絵は見たことがありませんぞ!」
それを見た途端にウェントス商会長のテンションが爆上がりしたけど、それも当然だろうな。
昨夜オタと俺で厳選したラルシュの写真を、更に画像加工ソフトを使ってエフェクトを入れて神々しさをマシマシに仕上げた代物なのだから。
「な、何と! 此方は巫女様の周りに不思議な光芒が! これはまさか……、精霊が顕現しているのですか? いや、そうに違いない!」
いや、それは違うよ。
背景に映っていた夜景の光源が色んな色で『玉ボケ』しているだけで、その夜景の風景写真に昨日の夜に撮影したラルシェの映像を合成しただけだから……。
そもそも街の明かりやイルミネーションなんて見たことのない者にとっては、精霊がラルシュの周りに顕現したように見えるんだろうな?
◇
実は昨日……。
東屋から宿舎に戻ってこれまでオタの撮影した画像をタブレットで見ていたなかで、俺とラルシュは発見してしまったんだ。
オタが隠し撮りして保存していたラルシュの画像の数々を……。
その数は軽く数百枚…… 、閉口してしまうほどだった。
「こ、これは……、私、ですか? ど、どうやって……」
ラルシュは最初こそ混乱していたけどさ、途中からは完全にドン引きしていたのは言うまでもない。
隠し撮りという概念がない世界でも、やはり『キモイ』と思われるようだった。
「オタ、ナイス! これは使えるじゃないか!」
それを見て俺は、最も相応しい小遣い稼ぎの方法を思いついた。
そこから俺は申し訳ないとは思いつつも何とかラルシュを説得し、彼女のポートレートを商人との取引に使うことを了承してもらった。
ある交換条件を飲むかわりに……。
「仕方ありませんね、私にもシェンファとの『つーしょっと』という物をいただけるなら、ここは目を瞑っても構わないですわ」
そう言ったラルシュは、東屋で散々オタのチェキアルバムを見ていたからね。このような発想に至っても無理はないが、何でそれが俺とのツーショットなんだ?
俺は会いに行ける『推し』でもなく、いつも隣にいる存在だぞ?
ただ改めて撮影会が始まると、何故かラルシュのテンションは爆上がりしてしまった。
もともとオタはカメラ(主にポトレ撮影)でもオタクらしく、撮影の腕が凄かったのも理由の一つだが……。
撮影の都度、モニターにしていたタブレットで画像を見せられて変なスイッチの入ったラルシュは、目付きが変わると自室に戻り丁寧に梱包されていたはずの衣装まで引っぱり出してくる始末だった。
ただ夜のため部屋では光源も弱く、オタのLEDライトで何とか対応するにも限界があったので、改めて早朝に日が昇ったあとも撮りなおすことにったが、その際には何故か俺まで正装させられる羽目になってしまっていた……。
そして翌朝は早朝から……。
「最初の数枚は二人も視線を別の方角に、シェンファはあの木を、姫様は東家の方角を見て! ダメだよ視線を動かしたら! 違う未来を見ていた二人が、徐々に同じ方向を見るってストーリーなんだから!」
またある時には……。
「姫様はボクが手を打つタイミングで回転するんだ、最初はちゃんと裾を持って回転したら綺麗に広がるようにね! あと、回転する際は軸がブレないように気をつけて。スカートが綺麗に広がらなくなっちゃうから」
そしてまたある時には……。
「シェンファ、表情が固いよ、片手は姫様の腰を抑えて……、そう! そんな感じで裾を持ち上げだら直ぐに腕を戻す! じゃ本番行くよ!」
オタの指示はプロみたいに細かく、演出にもこだわっており、そして言葉は饒舌かつ手厳しかった。
思わず『コイツ、もしかしてこっちが本職か?』と思ってしまったぐらいだ。
結局1~2時間の撮影会が終わった後には、オタのタブレットに新たに俺とラルシュの、まるでウェディングフォトのような写真の数々が納められたフォルダが追加され、ラルシュはプリントアウトされた自身のポートレート二枚と俺とのツーショット二枚、それらを大事に硬質ケースにしまうと胸に抱えて上機嫌で喜んでいた。
まぁ……、お陰で俺の心も痛まずに済んだけどさ。
◇
そして話は戻る。
「おおっ! これは巫女様の神力が見えますぞ! こ、この絵はどれよりも増して神々しいぃっ!」
ははは、これに目を付けるとは流石だな。
この写真だけは、ちょっとだけハイライトやシャドーを加工したものの、オリジナルに近い本物だ。
中央に映るラルシュの周辺には、彼女の魔法によって無数の六花が巨大な結晶となって顕在化しており、同じく発生したダイヤモンドダストと共に朝日を受けてキラキラと輝いている。
実のところ俺もラルシュも一番気に入っている一枚だ。
興奮した様子のウェントス商会長の様子に満足した俺は、更に次のカードを切るべくオタに視線を送った。
同時に機械音と共に、小さなチェキプリンターが稼働を始めた。
「それで、だ。ウェントス君、我々はこの巫女様の神力を封じた絵を満足の行く対価で購入された者には、ある特典を用意しているのだよ」
あれ? 何かオタの口調が移ってしまったような気がするが……。
俺は彼にも分かるよう、チェキプリンターを指さした。
「な、なんと! これは生きているのですか?」
もちろん生きているはずがないし、驚くのはこれからだ。
俺は排出された用紙をゆっくりと彼の目の前に差し出した。
「おおおおおおおおおっ!」
今日一番の驚きの声だな。
中々良い感じだし、作戦は成功と確信した瞬間だった。
何故ならそこには、巫女と救世主に挟まれたウェントス商会長本人が写っていたからだ。
もちろん事前に仕込みはしていた。
商会長が最初にこの部屋を訪れた時点で、何も知らないうちにラルシュとオタが彼を挟んだスリーショットを撮影していたからだ。
まぁ……、カメラマンは俺でオタの機材を借りて写真を撮ったから、腕はイマイチだけどね。
その後オタは、俺が話をしている間に画像を切り抜き、以前にオタが隠し撮りしていた聖域の写真、真っ白な建物が神秘的に並んだ背景に貼り付けていたからだ。
「巫女様と救世主に囲まれた特別な絵だ、これは得難いものだとは思わないか?」
そう、この先で世界を救う予定の二人と一緒に描かれて(写って)いるのだ。これは現時点で『持てる者』の自己顕示欲を最大化させるものに他ならない。
「ど、どうか、どうかこれをお譲りください! そのために金額は言い値でお支払いいたしますとも!」
「そうだね、俺たちは敢えて値段を指定しない。提示された額に文句も言わない。ただそれによって、この先は誰に遺物を販売するのか、相手を見定めたいと考えている」
俺はそう言って彼らの判断に任せた。
その方が今回の作戦の価値が見定められるからね。
結局、その後に出した商品も前振りの印象が強烈だったためか、ウェントス商会長は全部まとめて購入することになった。しかもとんでもない価格で!
ただウェントスも商人らしく幾つかの追加要望(条件)を追加してきたが、それらは些細なものだったので快諾した。
因みにその条件とは……。
ひとつ、ラルシュの各種写真をあと3セット用意すること
ひとつ、追加で彼が紹介する三人とスリーショットを撮影し、それも併せて引き渡すこと
ひとつ、それらの対価は全てヴェント商会が一括で支払うこと
ひとつ、今後も救世主の遺物の販売は、ヴェント商会に独占販売権を与えること
まぁ、流石は商売人、転んでもただでは起きないよな?
裏を返せばヴェント商会は少なくとも三人の有力者に対し、ラルシュとオタのスリーショットを題目として交渉を進め、遺物を売りつける気だろうな?
セットで買った写真は商売のネタ、同業者や取引先に対し有利な交渉材料として使い、もしかしたらスリーショット事態の権利を商品として売ることだって考えられる。
ヴェント商会が最も利益を得る形を考え、俺たちが提供する商品を最大限に利用するに違いない。
最終的にまとまった商談は以下の通り。
◆販売品
・写真(巫女) 16枚(4枚4セット)
・プレゼント用スリーショット 4枚(※現在は1枚のみ制作済)
・双眼鏡 1台
・硬質カードケース 8枚(写真保管用)
・サイリウムライト 8個
※上記に加えデモンストレーションで1個消費済
◆対価
・写真代金 金貨 4,000枚/1セット
・その他遺物 金貨 2,000枚
・独占契約料 金貨 2,000枚
「「「……」」」
金額を聞いたときは俺やオタはもちろんだが、金銭感覚が全く違うラルシュでさえ絶句していた。
別に吹っ掛けた訳でもなく全て向こうの言い値だが、俺たちの悪ノリがンデモない金額になってしまった。
だってさ……、日本円に換算したらざっと二十億だよ? 有り得なくないか?
まぁ日本でも有名な画家の絵画は数千万円から数億円、時には数十億円になることだってある。
こちらの世界でもプレミアが付くものなら、相当の価値になってもおかしくはないけどさ……、それでも俺とオタは原価を知っているからね。
「お支払いについては額が額ですので、全て商業組合を経由するのはいかがでしょうか?
それならば持ち運びも安易で、大きな町であれは自由に引き出していただけますが……」
あ、あれか? 確かにそっちの方がありがたいな。
俺は懐から自身の物と神殿から預かったものの二つを取り出した。
「これか? そもそもこのふたつ、違いが俺にはよく分からないのだが?」
「はい、その証は五種類ほどございます。西風様が今お持ちのものは最上級のものと貴族の方々が使用される『証』にございます。基本的に貴族用も二種類ございまして、王族や上位貴族に向けて発行されるものと、それ以外の貴族に……」
ウェントス商会長の説明によれば要するにこうだ。
・最上級 神殿向け (預入 金貨一万枚以上)
・第二位 王侯貴族向け(預入 金貨一万枚以上)
・第三位 貴族向け (預入 金貨一千枚以上)
・第四位 富裕層向け (預入 金貨一千枚以上)
・別枠 商人向け (預入 金貨百枚以上)
「正確には我ら商人向けも幾つかランクがあるのですが、商人口座の最上位でご用意させていただきます。それを使えば、どこであっても商人に対する商取引を優位に進めることが可能です」
「ちなみにその証というもの、指定した金額三つに分けることはできるかい? これはボクだけが受け取れるものではないからね」
「可能でございます」
オタが言葉を挟んだ。
そもそもだがオタは、売れたら金額に関わらず三等分しようと言ってくれたが、俺とラルシュは断った。
俺からすれば被写体となったラルシュとオタで折半、それが道理と主張したが二人は頑なに断ってきたんだよね。議論した結局、6:2:2で落ち着いたんだけどさ。
ラルシュはともかく、俺は貰いすぎじゃね?
そもそもの目的がオタのお小遣い稼ぎだったはずだよな?
とっくにお小遣いのレベルはぶっ飛んでいるけどさ。
「じゃあボクには一万二千枚を、巫女様には四千枚、西風様にも四千枚を手配してほしい」
「ではご出立の際に、ご指定の割り振りでご用意させていただきます。今後ともどうぞ良しなに……」
そう言って満足げな顔で商会長は食堂を出て行った。
なんかこうなると馬車や武具など個別の買取依頼が、どうでも良くなってしまったのは気のせいだろうか?
まぁそれらは兵士たちに分配したり、俺たちの当面のお小遣い(本当の意味で)にすればいいか?
予想外の収入に、俺は既にどこか燃え尽きた感じになってしまっていた。
最後までご覧いただきありがとうございます。
早いもので次回からは第四章に入ります。明日(9/03)は、【東風は吹かず】をお届けします。
どうぞよろしくお願いします。




